Game22:『仲間』との約束


「……ふぅぅ。どうやら無事に切り抜けたか?」


 鰐が動き出さないのを確認して、ディエゴが詰めていた息を吐き出す。側にダリアが駆け寄ってくる。アンジェラは巨大鰐の方に向かう。


「おい、ローランド! どこだ! 返事をしろ!」


 首輪が爆発していないので死んではいないはずだが、まさか巨大鰐の下敷きになって溺れ死ぬ寸前だったりしたら事だ。と、彼女の呼び掛けに応えるようにしてザバッと水音が上がった。


「けほっ……ごほ……ぼ、僕なら無事だよ、アンジェラ」


 全身ずぶ濡れのローランドが水の下から姿を現した。賢明にも電磁棒のスイッチはオフにしていたようだ。オンのまま水中にダイブしていたら大変な事になっていたかも知れない。


「お、おぉ……無事だったか。心配したぞ」


 ローランドの姿を見て露骨にホッと胸を撫で下ろすアンジェラ。だがそれを見てローランドは目を丸くしていた。


「き、君がそんなに僕の事を心配してくれるなんて意外だね」

「……っ! か、勘違いするな! 首輪の事があるからに決まっているだろう!」


 反射的に怒鳴り返していた。だがハッと我に返って、バツが悪そうにそっぽを向く。


「……ま、まあ、今回は良くやってくれた。見事な働きだった」

「……! ありがとう、アンジェラ」


 ローランドはにっこりと微笑んだ。何故か気恥ずかしい気持ちになり増々顔を赤らめてしまうアンジェラ。一瞬何を話していいか解らない微妙な空気が生れかけるが、幸いと言うかここにいるのは自分達だけではない。



「しっかしこんな化け物まで用意するとはなぁ。金掛け過ぎだろ、このゲーム。……ん? どうした?」


 ぼやきながらこちらへ歩いてきたディエゴがアンジェラ達の微妙な空気に首を傾げる。アンジェラは慌てて取り繕った。


「な、何でもない! それより障害は排除したのだ。こんな所さっさと脱出するぞ!」


「何だか解らんが……まあその意見には賛成だな」


 ディエゴは肩を竦めてダリアを促して歩き出す。何故か上機嫌のローランドと、対照的にやや不機嫌な様子のアンジェラもそれに続く。


 先頭を歩くディエゴが突っ伏して水に浮かぶ巨大鰐の脇を避けて通り過ぎようとした時、『異変』は起きた。



 ――ザバァァァンッ!!!



「……っ!?」

 完全に弛緩して気絶していたはずの巨大鰐が突如として息を吹き返して、反射的にその時最も至近距離にいたダリアに対して襲い掛かった!


「あ……」

 ダリアが硬直する。


「ダリアッ!」

 ディエゴが咄嗟にタックルしてダリアを突き飛ばす。全ては一瞬の出来事だった。巨大鰐はその凶悪な顎と牙で……ディエゴの胴体を挟み込んだ!


「がふぁぁっ!!」

「ディ、ディエゴーーーー!!!」


 ダリアの絶叫。ローランドはアンジェラを庇うようにして距離を取るのが精一杯であった。


「ぐ……そ……! この……くたばり損ないの、畜生があぁぁぁぁっ!!!」


 巨大鰐に咥えられ、口から盛大に血を噴き出しながら悪態を吐いたディエゴは、持っていた槍の穂先を深々と鰐の無事な方の目に突き刺した。


 眼球から脳に直接槍を差し込まれた巨大鰐は、今度こそ完全に死んで水中に浮かんだ。だが同時にその最後の足掻きで、自らを殺した人間を道連れとした。巨大鰐の凄まじい咬筋力は死の間際更に恐ろしい力を発揮して、ディエゴの胴体を完全に嚙みちぎって両断していたのだ。


 上半身だけになったディエゴの身体がアンジェラ達の前に投げ出された。



「ディエゴ! おい、ディエゴォォォ!!」


 涙で顔をくしゃくしゃにしたダリアが、ディエゴの側に屈み込む。


「お……た、な……」


 上半身だけになっても即死していなかったディエゴは、血の溢れる口で何かを喋って手を伸ばす。そしてダリアの頬にゆっくりと手を触れる。 


「ディ、ディエゴ……」

「…………」


 ディエゴの手がゆっくりと下に落ちた。その目はもう何も映しておらず、呼び掛けに反応する事も無かった。……死んだのだ。



 そして……ダリアの首輪から発信音が鳴り始めた。



「ダ、ダリア……」


「へへ……悪ぃな、アンジェラ。アタシ達はここまでみたいだ」


「……っ!」


 ダリアは自らの運命を受け入れたかのように、とても静かで穏やかな表情をしていた。その姿にアンジェラは息を呑んだ。


「ディエゴはアタシを庇って死んだ。アタシなんかを命がけで庇ってくれたんだ。そんな人に最後に巡り合えただけでも、アタシの人生捨てたモンじゃなかったよ」


「…………」


「アタシはディエゴと一緒にあの世に旅立つよ。アンタ達は……必ず優勝して、このクソッタレなゲームを生き延びろよ。『仲間』の約束だ」


「……!」

「ああ……約束する。必ず優勝してみせるよ」


 言葉もなく目を見開いているアンジェラに代わってローランドが力強く頷いた。それを聞いてダリアが微笑んだ。首輪の発信音は増々強くなり、そして――


「じゃあな。アンタ達との冒険、悪くなかったぜ」


 ――ドォォンッ!!


 首輪の爆発音。そして血しぶきが飛び散った。首が半ば千切れるように爆ぜて事切れたダリアは、しかしその無残な死に様とは対照的に満ち足りた表情のままであった……

 





「……何故だ。何故死が迫っていながら、あんな表情が出来る? 死んだら何もかも終わりではないか。それにディエゴが庇っただと? 馬鹿な。奴はただ打算でお前を助けていただけだというのに。そんな事も解らずに、自分だけ満ち足りた表情で死におって……」


 ディエゴとダリアの遺体をせめて水がない所にと、ローランドが一段高くなった台座のような場所の上に運び上げている最中、アンジェラはぶつぶつと小さな声で独り言を呟いていた。


 どの道自分達が優勝する為には必ず殺さなくてはならない相手だった。ぼちぼち切り捨てる算段すら立て始めていたくらいだ。むしろその手間が省けて、自分達にとっては幸運とすら言える展開のはずだ。


(なのに、何故……)


 こんなにも胸が、心が苦しいのか。ダリアが敵の攻撃から自分を庇ってくれた時の光景が脳裏に浮かぶ。仲間なんだから助けるのが当然だと言っていた彼女の顔が浮かぶ。そこには一切の打算はなかった。それは間違いない。


 打算のない人間がいる事を認めたくなかった。だが……


「ディエゴがダリアを助けていたのは確かに打算かも知れないけど、でも最後に鰐の攻撃から庇った時は、彼は本心からダリアを庇ったんだよ」


 二人の遺体を寄り添うような形で台座の上に運び終えたローランドが、アンジェラの方に向き直って口を開いた。アンジェラは鋭い目線で彼を睨む。


「何だと? 何故お前にそんな事が解る? ダリアはともかくディエゴは正真正銘のクズだ。例え死の間際だろうとそんな事をするはずがない」


 するとローランドは肩を竦めた。


「ディエゴは最後に何て言ったと思う。僕にはギリギリ聞き取れた。『俺も焼きが回ったな……』。彼は最後にそう言ったんだよ。勿論間近で屈み込んでいたダリアには、はっきり聞こえただろうね」


「……!!」

 アンジェラが目を瞠って息を呑んだ。ダリアが最後にあんな幸せそうな顔をしていた理由がようやく解ったのだ。薄幸の人生を歩んできた不良少女には、ディエゴの最後の献身はそれだけで充分彼女の心を満たす出来事だったのだ。


「……くそっ! 馬鹿な奴だ……!」


 アンジェラは下を向いて吐き捨てた。その眦から、自分でも意識していなかった涙が一筋零れ落ちる。それは死んだイエローチーム……いや、これまで共に戦ってきた『仲間』への、せめてもの手向けとなった。

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