デスゲーム2120 ~エスケープ・フロム・デトロイト

ビジョン

Game1:凄腕傭兵

 南米、某国……


 熱帯地方特有のうだるような暑さとジメついた空気は、例え一般の人々が寝静まった夜中であっても変わる事はない。


 そんな寝苦しい夜、しかし街から外れた場所にある、木々に半ば囲まれたような形で聳え立つ巨大な邸宅は、夜中の十二時を回っているにも関わらず、大勢の人間が動き回っていた。


 邸宅の周りや広い庭などを巡回しているその人間達は全員が男性であり、人相の悪い面貌に殺気立った雰囲気を纏わせ、極めつけにその手には自動小銃を構えていた。


 そんな男達が何十人も警戒しながら巡回しているのだ。この邸宅の持ち主がまともな市民でない事は明らかだ。



「…………」


 その邸宅から離れた位置にある岩場の陰。暗視スコープで邸宅の警備を確認したエイマーズは、スコープを下ろすと後ろを振り返った。


 そこには10人程の、真っ黒いバトルスーツにプロテクター姿の兵士達が控えていた。頭もマスクとヘルメット、そしてゴーグルで覆っている。それはエイマーズ自身と同じ格好であった。ただエイマーズのプロテクターとヘルメットは、兵士達の物と若干デザインや色が異なっていた。


 それはこの『部隊』の隊長の証。兵士達はエイマーズの部下なのだ。


 手振りで部下たちに合図を出す。作戦開始だ。作戦内容は事前に指示してある。兵士達は無言で頷くと、一言も喋らず殆ど物音も立てずに、夜の森に紛れるようにして散っていった。それを見届けてエイマーズ自身も部下達以上の身のこなしで動き出した。



 屋敷の外縁部を巡回していた男が向きを変えたその瞬間、後ろの木の影に音もなく潜んでいたエイマーズの手が背後から男の口を塞いで引き寄せた。次の瞬間には男の首筋にナイフの刃が走っていた。


「……! ……っ!!」


 反射的に暴れる男を抑え込むと、首を切られた男はすぐに事切れた。持っていた自動小銃を使う暇は勿論、叫び声や物音すら立てさせずに男を排除したエイマーズは、素早く周囲に視線を走らせてから、男の死体を木の影に引っ張り込んだ。


 それから事前に調べた最短ルートを通って屋敷へ近づいていく。屋敷外にいる巡回に関しては今頃部下達が制圧を開始しているはずだ。その混乱の隙を付いて屋敷に侵入する。流石に何人もの巡回が消えれば屋敷内の男達も不審を抱くだろう。その前に可能な限り進んでおく。


 屋敷の外を見張る監視カメラを避けて建物の壁に張り付く。そしてしばらくそのまま時を待つ。すると……


 屋敷の中が俄に騒がしくなった。そして正面玄関の扉が開いて、中から大勢の銃を持った男達が飛び出してきた。彼等は怒号を上げながら庭の向こうに銃を向ける。同時にいくつものスポットライトが庭中を照らす。


 その時には既に外の巡回を粗方排除し終わった部下の兵士達が、配置に付いていた。彼等は敢えて挑発するようにライフルを構えて発砲し始める。すると屋敷から出てきた男達も負けじと銃撃を開始した。忽ち邸宅の庭は銃撃戦の舞台となった。


 頃合いだ。エイマーズは敵の注意が完全に部下達に逸れたタイミングを見計らって、窓を割って屋敷に侵入した。外は激しい銃撃戦で、誰も窓の割れる音を気にしていない。


 姿勢を低くしながら素早く廊下を走る。階段がある。上から人の声と気配。降りてくる。エイマーズは廊下の壁に張り付いて身を隠す。


 階段から銃を持った男が降りてきた。増援のつもりか。エイマーズは壁から身を離して横から男に襲いかかった。


「……っ!?」

 男は慌てて銃口を向けようとするが遅い。ナイフが煌めく。男が悲鳴を上げて銃を取り落とす。エイマーズは腰に提げた拳銃を抜き放ち躊躇うことなく引き金を絞る。男は額に開いた風穴から血を噴き出して即死。


 他に誰も降りてこないのを確認して、素早く階段を駆け上がる。目標のポイントは二階の奥の部屋だ。二階の廊下を進むとすぐに目標の部屋が見えてきた。エイマーズはドアの前まで到達した所で、


「……!」


 廊下の角から何かが凄まじい勢いで飛び出してきた。エイマーズが咄嗟に身を屈めると、その上を豪腕が通り過ぎた。エイマーズは屈んだ態勢から銃口を向けるが、寸前で腕を掴み取られた。


 見ると2メートルはありそうな巨漢が立ちはだかっていた。この屋敷の主の用心棒か。凄まじい握力で掴んだエイマーズの手首を引っ張る。エイマーズは銃を手放し、開いている手で素早くナイフを抜くと、巨漢の腕に斬りつけた。


 巨漢がエイマーズの腕から手を離して飛び退る。この図体の割には素早い身のこなしだ。しかし……


 巨漢がこちらに向けて踏み出してくる。エイマーズはその瞬間に相手の軸足目掛けて蹴りを叩き込む。


「……!?」

 巨漢の態勢が崩れる。どんなに厚い筋肉や大きな体があっても、いや、だからこそ足元は弱点になり得る。苦し紛れに振り回された腕を取ると、足払いを仕掛け完全に体制を崩した巨漢を床に引き倒し、背後から腕を固める。


 巨漢が野獣のような喚き声を上げて暴れようとしたので、ナイフを逆手に持ち替えて巨漢の首の後に突き立てた。巨漢は激しく痙攣した後に動かなくなった。



 エイマーズは先程取り落とした銃を拾い上げると、慎重な手付きでドアの横の壁に背中を付け、腕だけで一気にドアを開いた。


 案の定、開いた瞬間に中から銃弾が撃ち込まれた。しかし銃弾は誰もいない空間を虚しく通り過ぎる。


「っ!?」

 中から動揺する気配。エイマーズはその隙を逃さずに拳銃を構えてドアから中に滑り込む。


「くそ! 俺はこんな所でくたばらんぞ!」


 部屋の奥にあるデスクから立ち上がった男が、狂ったように喚きながら拳銃を乱射してくる。この屋敷の主、ドン・ボルダスだ。エイマーズは横っ飛びに射線上から逃れつつ、自らも銃の引き金を絞った。


「……!」


 銃弾は狙い過たずボルダスの心臓に吸い込まれた。ボルダスが仰け反って後ろに壁に激突。そのまま崩れ落ちた。 



「…………」


 ボルダスを射殺した事を確認すると、エイマーズはふぅ……と息を吐いた。屋敷の外ではまだ銃撃音や怒号が響いているが、屋敷内部にはもう敵はいないだろう。いたらボルダスの警護に就いていないはずはない。


 障害を取り除いた事を確認してから、エイマーズはマスクとゴーグルを外した。実を言えば窮屈で仕方なかったのだ。


 取り去ったマスクの下から、流れるような金髪が靡いた。続いて先程までの卓越した戦闘技術と情け容赦なく敵を屠り去った苛烈さからは考えられないような、人目を惹かずにはいられない派手な美貌が覗いた。



「……相変わらず見事な腕前ですね、隊長。それに相変わらずのお美しさ」


「む……ギュンターか……。いらん世辞だ。それより他に敵はいなかったか?」


 ドアの向こうから現れたのは、同じようにマスクを取り去ったバトルスーツ姿の同僚であった。この部隊の副隊長たるギュンター・ヘルマンだ。彼は肩をすくめた。


「ええ、問題なしですよ。もう屋敷内には誰もいません。外の連中も間もなく制圧できるでしょう」


「そうか……ご苦労だった」


 エイマーズは嘆息した。



 ――アンジェラ・エイマーズ。まだ20代後半の若さでありながら、アメリカに籍を置く軍需企業、ベルゲオン社の私設傭兵部隊の隊長を務める『女性』。


 ベルゲオン社に高額で雇われ、公に出来ない『裏』の仕事を処理する部隊だ。今回もベルゲオン製の武器や兵器を不当に買い占め、中東の敵性国家のテロ組織に転売していたボルダスを暗殺する任務を請け負っていた。



「……しかし隊長。一点だけまずい事がありましてね」


「何だ? 何かあったのか?」


 言いにくそうな様子のギュンターの態度に眉根を寄せる。ここに来て変なトラブルは避けたい。


「実は……寝室の方にボルダスの妻と娘達がいましてね」


「……何だと?」


 アンジェラは耳を疑った。事前の情報ではボルダスの家族は別宅の方にいるはずであった。


「家族がいた? それで、お前、どうした? 家族はまだ寝室にいるのか?」


「ええ、まあ……。ちょっと来て頂けますか?」


 歯切れの悪い態度が気になったが、とりあえずギュンターの案内に従って寝室まで赴く。


「ここです」


 彼が促してきたので、ドアを開けて中に入る。そこに広がっていた光景は……


「な…………」



 ――ベッドを染め上げる鮮烈なまでの『赤』。



 そこには喉を斬り裂かれたり、胸を刺されたりした3人の女性が血まみれになってベッドに横たわっていた。ボルダスの妻と娘達だ。当然全員息絶えている。


 降伏した者や非戦闘員は絶対に殺さない。それが彼女のポリシーであり、部下達にも徹底させてきた。


「ギュンターッ!! おま――」


 ――ビシュッ!


 乾いた……消音器からの射出音。振り返った先には銃を構えて薄ら笑いを浮かべるギュンターの姿。


「あ……?」


 首筋に痛み。


(麻、酔弾……?)


 理解すると同時に、急激に身体の自由が効かなくなっていく。目の前の予想外の惨劇に気を取られて、向けられた銃口への対処が遅れた。ギュンターがこの光景を見せたのはそれが狙いだったのだ。


「ギュ……な、何、を……」


「すいませんねぇ、隊長。これは『上』からの指示なんですよ。あなたがベルゲオン社に取り入った本当の理由……若社長がそれに気づいちゃったんですよ」


「……!」


「大層お怒りでしたよぉ? 私の『愛人』になったのはそれが狙いだったのか! ってね」


「う……あ……。ち……」


 違う。いや、最初は確かにそれが狙いだったが、アンジェラはいつしか本当に彼の事を……


 だがすでに不自由な喉と口ではそれを言葉にする事も出来ずに、彼女は床にうつ伏せに倒れ込む。


「ゆっくりとお休み下さい。直にこの国の警察がここに踏み込んできます。くくく、ベルゲオン社からたっぷりと賄賂を受け取った警察が、ね。そして彼等は無抵抗の女性達の血まみれの死体と、凶器を握り締めたあなたを発見するという筋書きです」


 全ては仕組まれていたのだ。だが今更後悔しても手遅れだ。


「この場ですぐにあなたを殺さないのは、若社長のせめてものご配慮です。因みに他の兵士達も全員買収済みですので助けは期待しても無駄ですよ?」


「…………」


 ギュンターの嘲笑を聞きながら、急速に意識が遠のいていくのを感じた。


(ああ……ごめんなさい、ギルバート……。私、は……)


 自分がいつしか愛していた、そして自分を罠にはめた男の顔を脳裏に思い浮かべながら、アンジェラの意識は完全に途切れた……


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