Game14:セカンド・ギミック


「これで食い物と水は一安心だな」


 ディエゴの言葉にダリアも嬉しそうな様子で頷いた。敵や殺し合いの脅威とはまた別にそれも切実な問題ではあったので、その懸念が当面解消したのは大きい。


「ん? これは……」


 男のポケットを探っていたローランドが何かを見つけたらしく手を引き抜いた。その手には二枚の紙が握られていた。


「どっちも地図だ……。カジノホテル……スリーセブン。もう一枚は……警察署? 何か数字が書いてある」


「カジノホテルとはここの事だろう。恐らくそちらはトランクに入っていた最初の手がかりだ。この二人は次の『アイテム』を探し当てるのには成功していたようだな」


「アイテムだって? トランクに入ってたのは『キー』のヒントじゃないのか?」


 ディエゴの疑問。だがアンジェラには事前に説明されていないこのゲームの仕組みが何となく理解出来てきていた。



「いや、恐らくその警察署とやらに行くと、次の場所のメモが置かれているのだろう。そして次の場所に行くと更に次の場所のメモが……。それを辿りながら最終的に『キー』の場所へ行き着くという仕組みだ」



「な……なんだってそんな面倒な仕組みを? 最終的に『キー』に行き着くなら一緒じゃないか! ただ遠回りになるだけだろ」


 ローランドが疑問符を浮かべる。ダリアも同じ表情だ。だがディエゴは主催側の意図が読めたらしい。


「そうか……それでこの死体という訳だな?」

「うむ」


 アンジェラが頷く。だがまだ解っていないダリアが首を傾げる。


「ど、どういう事だよ? この死体が何か関係あるのか?」


「つまり……『各ポイント』ごとに何らかの『ギミック』が待ち構えているって事だろうな。この広いデトロイトでサバイバル以外に参加者を確実に戦いに追い込みたいなら、予め敵が待ち構えている地点に俺達が行かなきゃならんように仕向ければいい。そうだろ?」


「……ッ!」

 ディエゴにそこまで言われてようやくダリアも理解出来たようだ。その顔が見る見る青ざめる。ローランドも似たような状態で慌てて周囲に視線を巡らせていた。



 ブルーチームの二人は、このカジノホテルに待ち構える『敵』にやられたのだ。



「だ、だったら早いとここんな所から出ようぜ!? なんでここで呑気にお喋りしてんだよ!?」


 ダリアが叫ぶが、アンジェラは冷静にかぶりを振った。


「闇雲に出口を目指せば恐らくこやつらの二の舞だ。全員が危険を正確に認識した上で一丸となって行動せねば乗り切れんと判断したからだ。解ったらお前も周囲を警戒しろ。そろそろ『敵』が……いや、正確には番組や視聴者が痺れを切らす頃だ」


「え…………あっ!?」


 ローランドが何かに気付いたように指をさす。全員がその方向を見やって……絶句した。



 マシンの影から姿を現したモノ。それは一言で言うなら『怪人』とでも形容すべき存在であった。



 黒と白のタキシード姿に黒いシルクハットを被っていた。しかしその素顔は見えず、まるで笑っているような形の目と口だけが開いた仮面を被っている。その手には長いステッキのような物を所持していたが、『怪人』がそのステッキをまるで鞘のように抜き放つと、下から円錐状の尖った武器が出現した。


 円錐部分には赤黒い血がこびり付いていた。ブルーチームの女を刺した名残りであろう。この『怪人』がここで待ち構える『ギミック』という訳だ。その首には紫の首輪が光っていた。


「ア、アンジェラ……あいつは……」


「おでましか……。マシンの影で我々を待ち伏せていたのだろうが、番組側にせっつかれて尻を叩かれて出てきたようだな」


 『怪人』が仕込み杖をこちらに向けて構えた。ダリアがヒッと小さく息を呑んで身体を硬直させた。アンジェラ自身もそうだが、拘束されている女達に出来る事はない。精々戦いの邪魔にならないように下がっている事だけだ。


 いや、彼女には直接戦えなくとも他にも出来る事があった。それは……


「来るぞっ!」


 ディエゴの警告とほぼ同時に、『怪人』が仕込み杖を突き出すようにして突進してきた。



「ローランド! お前は側面に回り込め!」

「……っ!」


 アンジェラが鋭く指示を飛ばすと彼は殆ど条件反射的な勢いで従った。『怪人』はそのままディエゴに仕込み杖を突き出す。


「ち……!」

 ディエゴは舌打ちして躱すが、切っ先が肩を掠る。鮮血が舞う。ダリアの悲鳴。


「おらっ……!」

 ディエゴが反撃で手斧を振るうが、『怪人』は素早く身をかがめて薙ぎ払いを躱す。中々の身のこなしだ。『怪人』が飛び上がるようにして再度突きを放ってくる。だが今度はディエゴも躱す事に成功した。


 ディエゴも再度の反撃。『怪人』は一旦大きく後ろに飛び退る。すると『怪人』の仮面の奥の視線がアンジェラとダリアの方を向いた。


「……!」

「ひ……!?」


 ブルーチームの時と同じく、戦う力のない女性陣を狙う事にしたらしい。アンジェラは視線を厳しくし、ダリアは恐怖で固まる。二人は手錠足錠で拘束されているので襲われたら一溜りもない。


 『怪人』が容赦なく突進してくる。仕込み杖をアンジェラに向ける。だが……


「今だっ!!」


 鋭く合図。と同時に側面に回り込んでいた影が飛び出してきた。ローランドだ。


「うわあぁぁっ!!」

「……っ!?」


 叫びながら鉈を振るう。アンジェラ達に狙いを定めていた『怪人』は一瞬反応が遅れた。回避が間に合わず『怪人』の脚に鉈の刃が食い込む。


「ぎっ!?」


 『怪人』が初めて肉声を放った。そのままローランドともつれ合うように転倒した『怪人』だが、体力に劣るローランド相手にマウントを取る事に成功した。そのまま仕込み杖の刃でローランドの頭を突き刺そうと振りかぶるが、


「むん!」


 後ろから迫っていたディエゴが手斧を振り下ろす方が早かった。脳天をかち割られた『怪人』が血と脳漿をぶち撒けながらうつ伏せに倒れ込んだ。当然即死だ。


 シルクハットと仮面が割れて覗いた『怪人』の素顔は意外にも年嵩で、60近いと思われる初老の白人男性であった。




「ふぅ……何とか片付いたな」


 ディエゴが汗を拭うような動作で息を吐く。ローランドは『怪人』の下から這い出るようにして起き上がっていた。


「……ローランドを助けてくれた事には礼を言う。だが何故だ? 物資もヒントも手に入った。私達を助ける理由はないはずだ」


 戦闘が終わったのを確認してアンジェラが立ち上がる。そしてディエゴに問うた。


「まあな。だが次の警察署にも恐らくこういう奴が待ち構えてる可能性が高いだろ?」


 『怪人』の死体をつま先で小突きながらディエゴは肩をすくめる。


「ふむ、なるほど。要は自分達の生存率を上げる為という訳か。だが私達はいつそちらの寝首をかくか分からんぞ?」


「アンタはそんな馬鹿じゃないだろ。このローランドだけじゃ今頃はこいつに殺されてた。俺の力は利用したいはずだ」


 お見通しのようだ。ならば変に取り繕う必要はない。


「……確かにな。『キー』の入手が確実となるまでは、な」


「そういう事だ。『キー』さえ見つけりゃ後は敵同士だ。シンプルに行こうぜ?」


「いいだろう。お互いに精々利用させてもらうとしよう」


 イエローチームと正式に同盟関係を結んだアンジェラ。これで少なくとも『キー』を入手するまでは自分達の生存率は格段に上がる。ローランドとダリアにも勿論否はないようだった。



「話がまとまったなら早くここから出ようよ。どこか安全な場所で一休みしたいよ」


 ローランドがボヤくのに頷いた。


「うむ、そうだな。物資とヒントを持ったらすぐにここから出るとしよう。警察署に行く前にどこかで腹ごしらえをしておいた方が良さそうだな」


「じゃあ早く行こうよ! 正直腹ペコだったんだ!」


 腹ごしらえと聞いて目の色を変えるダリアに苦笑しつつディエゴがリュックを背負った。そしてアンジェラ達は足早に、ブルーチームの墓標となったカジノホテルを後にしていった。

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