Game7:他チームの動向(1)

 同時刻。レッドチーム。


「……だから俺が殺した『民間人』は、爆弾を抱えた女子供の自爆兵だったんだ。だがこの国の政府は内戦後のコロンビアと和解するのに当たって、スケープゴートを立てる必要があった。『民間人』を大量に虐殺した俺はそいつにピッタリだったって事さ。その仕上げがこのデスゲーム強制参加って訳だな」


 アルフレート・ヴィエナートと名乗ったその男性は、そう言って乾いた笑いを立てた。ジョージーナは彼の境遇に深く同情した。


「わ、私も……証拠を改竄したのは事実だけど、遺族から賄賂を貰ってなんていなかった。ただ娘さんを強姦された挙句に殺された遺族の方が余りにも可哀想で……。それに全く反省する様子もない犯人が憎くなって、こんな奴の弁護なんて絶対にしたくないと思って……」


 彼女は後ろ手錠の両手を拳に握る。アルフレートがかぶりを振った。


「……君は弁護士より検事になった方が良かったんじゃないかな?」


「私も自分でそう思うわ……」


 ジョージーナが嘆息すると、彼は苦笑したようだった。


「俺は軍に、君は法曹界にスケープゴートにされてここにいる訳だ。俺達は似た者同士かも知れないな」


「え、ええ……そうかも知れないわね」


「連中はこのゲームに放り込んだ時点で俺達を抹殺できたと思ってるはずだ。だがそうはいかない。俺は必ずこのゲームに勝ち残って連中の鼻を明かしてやる。君だってこのまま奴等の思い通りになって死ぬなんて悔しいだろう?」


「それは勿論、悔しいわよ……」


「なら話は簡単だ。必ず優勝してお互いに今度こそ正しい人生をやり直すんだ。ちゃんと自分に適した道を選択してね。二人で十万ドルあれば大抵の事はやり直せるさ」


「……ッ!」

 正しい人生をやり直す。それはジョージーナにはまるで天啓のように聞こえた。


「え、ええ! そうね! やり直すのよ! 私、絶対に死にたくない! 今度こそ間違えたりしない!」


「その意気だ! 俺に任せてくれ、ジョージーナ。必ず君を自由にしてみせるさ」


 アルフレートが歯を見せて笑った。彼は優しく頼りがいがあり、そして体格も良く顔もハンサムで、まるで映画スターと見紛う美丈夫だ。ジョージーナは頬が赤くなり、胸の動悸が激しくなるのを自覚した。


「お、お願いね、アルフレート? あなただけが頼りだわ……」


 彼女はむしろ自分から積極的に彼に近付いて、その厚い胸板に自ら身体を預けるのだった。



****



 同時刻。ブルーチーム。


「あ……が……。や、やめ……」


 苦し気に呻くヴィルマは、レックスと名乗った男の手で顎を鷲掴みにされて宙吊りに近い状態にされていた。


「……俺達ギャングは社会の落伍者だ。クズの犯罪者達の集まりさ。だがそんな俺達にも鉄の掟がある。それが何か解るか? ガキは……子供は絶対に殺さないって掟だ」


 レックスの手の力が増々強くなる。後ろ手錠に足錠までされているヴィルマは一切抵抗も出来ない。


「それも自分の息子だと? 断言してやる。貴様は生きる価値もないゴミ以下の糞だ」


「た……助、け……」


 締め上げられながらも無様に足掻いて命乞いするヴィルマ。するとレックスの手が外れて、ヴィルマはそのまま地面に崩れ落ちる。咳き込んで必死に酸素を取り込む彼女をレックスは冷たい目で見下ろす。


「ふん……息子を死なせておいて自分は生き延びたいか。糞らしく生き意地が汚い奴だ。だがここではその生き意地の汚さこそが重要だ。死にたくなければ俺に絶対服従しろ。口答えしたり言う事を聞かなかったら、その度に一枚ずつ生爪を剥がしてやる。解ったか?」


 恐怖に竦むヴィルマは喋る余裕すらなく、物凄い勢いで何度も頷いた。


「ふん、解ったらさっさと立て。もうじき最初の物資投下が始まるはずだ。そいつの確保を優先するぞ」


 レックスに睨まれて、不自由な身体を四苦八苦させながら必死に立ち上がるヴィルマ。レックスはそれに冷笑を浴びせると、踵を返して歩き出す。ヴィルマも慌ててその後について歩き出した。



****



 同時刻。グリーンチーム。


「ま、待ちな! や、やめ……ちょっと! 今はこんな事してる場合じゃないだろ!? く……」


 ナタリアは自らを抱きすくめて所構わずキスしたりまさぐったりしてくる腕から逃れようと、必死に身をくねらせる。だが後ろ手の手錠と両足を拘束する足錠がそれを阻む。いや、例え手足が自由だったとしても逃れるのは難しかっただろう。


 彼女を抱きすくめるのは二メートルを越える大男で、体重も二百キロ近くありそうだ。その体格に見合うだけの筋肉に包まれた身体は、人間というより一種の熊か何かに見えた。


 後ろでゲートが閉じられた瞬間彼女に襲い掛かってきた短絡ぶりから考えて、実際人間というよりはもっと本能的な野獣に近い存在だと冗談抜きに思えた。


「うるせぇ! どうせくたばるんなら、やりたい事やってくたばった方がマシだ! へへへ、こんないい女がこんなエロい格好で縛られて横にいるんだ。ヤれって言ってるようなモンだろが!」


 男は吼えながら自分のズボンに手を掛ける。ナタリアは大いに焦った。そして必死で頭を回転させる。


「な、なんだい、アンタ。最初から諦めてるのかい? そんなデカい図体して情けないねぇ!」


「んだと、コラ!?」


 どうやら非常に短気な性質らしいので、敢えて挑発的な物言いをしたら案の定食いついてきた。手応えを感じたナタリアは内心でほくそ笑んだ。


「アンタ、随分強そうじゃないのさ。なのに諦めてるって事は、つまり他の男にビビってるって事なんだろ?」


「何ぃ!? バカ抜かせ! 俺は格闘王のアダム・キルパトリックだぞ!? あんなもやし連中、一捻りで潰せるわ!」 


「だったら何も問題ないじゃないのさ。他の連中を全部ぶっ潰せば、アタシ達の『優勝』だ。そうなりゃアンタは大手を振って娑婆に戻れるんだよ? ここで諦めてアタシだけ抱いて死ぬかい? それとも五万ドル手にして娑婆に戻って、色んな女を好き放題抱くかい? 考えるまでもないだろ!」


「ぬ……!」


 アダムが唸った。いつしかナタリアを襲う手が止まっていた。彼女はこの機を逃さず一気に畳み掛ける。


「アンタとアタシが組めば絶対『優勝』できるさ! 作戦はアタシが考えるよ。アンタはアタシの言う通りに動いて敵を潰す。シンプルに行こうじゃないのさ。適材適所ってやつだよ!」


「…………」


 アダムは腰を引いて立ち上がった。そしてナタリアの腕を掴むと強引に立ち上がらせる。


「……本当にお前の言う事を聞いてりゃ『優勝』出来るんだな?」


「あ、ああ! 勿論さ! 保証するよ!」


「へへへ、いいぜ。そういう事ならやってみようじゃねぇか。頼むぜ、『相棒』?」


 大きな手で背中を叩かれてつんのめるナタリア。


「……っ! ああ、こっちこそ頼むよ、相棒」


 アダムの巨体を恨めしく見上げながらも、当面の危機が去った事にホッと一息付く。後はこの単細胞のゴリラを上手く使って何としてもこのゲームを勝ち抜くのだ。ナタリアは再び猛然と思考を回転させて作戦を考え始めた。  



****



 同時刻。イエローチーム。


「おい、だから何もしないって言ってるだろ。そんな野良猫みたいに警戒するなよ」


 ディエゴが困り果てたように見据える先には、ギャング風の少女がまるで噛み付かんばかりにこちらを睨んで肩を怒らせていた。と言ってもその両手は後ろ手に手錠を掛けられ、両足も足錠で長い鎖に繋がれていたが。


 タンクトップとショートパンツのみの無防備な格好に加えて手足の自由を封じられている事が、この少女の警戒心を最大限まで引き上げてしまっているのは間違いないようだ。


「う、うるせぇ! それ以上あたしに近付くんじゃねぇ! 男なんて皆同じだ! 女を物扱いして、ただのヤれる道具としか考えてないんだろ! あたしを自由にしようったってそうは行かねぇからな!」


 少女は頑なな態度を崩さない。ここで強引に彼女を制圧する事は野良猫より遥かに簡単だ。だがそれをやるとこの少女が自暴自棄になっていざという時にディエゴに不利になる行動を取ったり、もしくはディエゴを道連れに自爆しようとさえしかねない。 


 彼はこんな所で死ぬ気はなく絶対に『優勝』するつもりなので、その為にはこの少女の自発的な協力を引き出さねばならない。


 ディエゴは警察官としての知識と経験をフルに活かして『説得』を始めた。この手の不良少女などニューオーリンズでも腐るほど見てきた。扱い方は心得ている。彼はその場でドカッと地面に座り込んだ。


「なるほど……君にそう言わしめたのは誰の影響かな? 父親? それとも……母親が次々と自宅に連れ込む『義父』達かい?」


「……っ!!」

 少女が露骨に反応した。やはり粋がっているだけで碌に腹芸も出来ないようだ。ディエゴは内心で当たりを付けた。


「何故分かるかって? 俺の母親も同じようなクズだったからさ。男をとっかえひっかえ……。まだ幼かった俺は常に奴等の憂さ晴らしの暴力に晒されて耐え忍んできたんだ」


「な……あ、あんたも……?」


 少女が自分か身を乗り出すような姿勢になった。彼は裏でほくそ笑んだ。


「ああ、それで十六歳の時ついにブチ切れて、俺を殴ってきた奴のアソコに銃弾を撃ち込んでやったのさ! その時のあいつの顔、凄かったぜ?」


「あ、あたしも……! あたしも、思い切りあのクソ野郎のアソコを蹴り上げてやったんだ!」


 この少女の性格から行ったであろう『自衛行為』に当たりを付けてみたが正解だったらしい。見事に共感を覚えてくれたようだ。


「ははは! そりゃいいな! その一件で警察の厄介になったんだけど、その時に担当してくれた警官に凄く世話になってな。自分もこんな風に弱者の味方になりたくて警官を志したんだ。まあよくある話っちゃそうなんだが」


「…………」


 恐らく今まで誰も彼女にこんな話をしてくれる人間はいなかったのだろう。少女はいつしかディエゴの話に聞き入っていた。


「君がギャングになったのも強くありたいと願った結果だろう? だが君のような女の子がギャングなんていつまでも続けていられる物じゃない。君はまだ若いしやり直すチャンスはいくらでもある」


「で、でも……こんなゲームに巻き込まれちまって……やり直すなんて無理だろ?」


 食いついた。少女が自分からゲームの事を口にした。もう一押しだ。


「そうでもない。むしろこれこそが大きなチャンスなんだ。このゲームは『優勝』さえすれば全ての罪を免除されて釈放されるんだぞ? しかも賞金五万ドルの土産付きだ。優勝者になれば、もう誰も君を弱者だと思う人間はいない。わざわざ暴力に頼って強さを誇示しなくて良くなるんだ。そこに五万ドルもあれば、人生をリセットしてやり直す事は充分可能だろ?」


「じ、人生をリセット……。私は、『弱者』じゃなくなる……?」


「そうだ。でもそれは俺一人じゃ成し遂げられない事なんだ。君の協力が必要なんだよ。一緒に……やり遂げようじゃないか」


 少女はそれでも少し考え込んでいたが、やがて顔を上げた。


「ダ、ダリア……。あたしの名前はダリア・ラモスだ。あ、あんたは……?」


「……ありがとう、ダリア。俺はディエゴ・マダリアーガだ。一緒に戦ってくれるんだね?」


「あ、ああ! やってやるさ! あたしの命、あんたに預けるよ!」


 ディエゴは内心で喝采を上げた。これでようやくスタートを切る事ができる。自分の口車に容易く乗せられた単純な少女への嘲りと共にそう思った。彼女は警察官であるはずのディエゴがこのゲームに参加する……つまり逮捕され服役する羽目になった理由すら聞く事を忘れていた。



****



 同時刻。ブラックチーム。 


 喉元や胸元、そして剥き出しの太ももの皮膚の上を、鋭いガラスの破片の切っ先が這い回る。彼がほんのちょっと力を込めるだけで、ロバータの滑らかな柔肌はスパッと切り裂かれて血が噴き出すだろう。


「ひっ……」


 無機質で鋭利な凶器の感触にロバータは思わずビクッと身体を動かしかけるが……


「動くな。動けば切れるぞ?」

「……っ!」


 淡々とした警告に硬直せざるを得ない。彼女はギュッと目を瞑って、素肌の上を這い回る凶器と殺人鬼の息遣いに必死に耐えた。後ろ手錠と足錠をされているので、抵抗は不可能だ。いや、なまじ手足が自由でこの異常者相手に抵抗してしまったらもっと酷い事になるのは容易に想像が付いた。


 エドガール・オーバン。つい半年ほど前まで全国を騒がせていた連続殺人鬼。ロバータもニュースで何度か顔を見た事はあった。安全なはずの自宅で眠っている被害者に忍び寄り、死をもたらす死神。一人暮らしだけでなく、同居している家族がいたにも関わらずベッドの上で殺された被害者も多数。家族は誰も気付かず、朝起きて妻や娘、子供にとっては母の無残な死体を目にするという訳だ。


 その犯行の特異性からマスコミに付けられた異名が『ハイドアンドシーク』。そして奴のターゲットは十代から三十代の若い女性……。つまり二十七歳のロバータは、もろにストライクゾーンなのである。


 閉じられている彼女の目から涙が溢れ落ちる。一体自分が、こんな目に遭わなければならない何をしたというのか。ほんのちょっと魔が差しただけだった。湯水のように経費を私的流用する役員。どうせ大量に使われているのだ。その内の一部を自分の懐に入れるくらい何も問題ないではないか。


 だがその役員はロバータの知らない所で、会社の経理担当と結託していた。経理からロバータの着服はすぐに役員に露見し、あろう事か自分が私的流用していた経費に関してまで全て彼女に責任を押し付けたのだった。経理担当がグルで口裏を合わせられている以上、ロバータに抗する術は無かった。


 他人の罪まで被らされて刑務所に入れられた挙句、デスゲームに徴用され何十人もの女を殺害した殺人鬼と組まされ、今こうして殺人鬼が持つガラスの破片を肌に這い回らせている。


「ふ……うふ……ふふふふ……」


 余りの転落ぶりに、悲しみや恐怖、絶望を通り越して可笑しさすら感じたロバータは、涙を流しながら笑っていた。


「…………」


 すると何故かエドガールが凶器を引いて立ち上がった。そして言った。


「憎いか? お前をここに追いやった全ての物が」

「……え?」


 一瞬何を言われたのか解らずに、呆けたようにエドガールの顔を見上げる。


「復讐したいか? お前をここに追いやった全ての物に」

「……!!」


 意味が理解できるにつれてロバータの表情に変化が訪れる。その顔に浮かんだものは……怒り。


「ええ……復讐したいわ! 私がこんな目に遭ってるのに、私を嵌めた連中は今ものうのうと暮らしてる。絶対に……絶対に許さない!」


 それは魂の叫びだった。そしてその願いに応えたのは、悪魔。


「ならばその願い、叶えてやろう。その為の『障害』は全て排除する」

「……!」


 つまりこのゲームに『優勝』して自由を勝ち取るという事だ。その先にロバータの望む物がある。ならばそれを為す為に悪魔と契約を結ぶ事になんの抵抗があろうか。


「ええ……お願い。邪魔する奴等は全て殺して、私を自由にして」


 今、『契約』は為された。そして最凶の悪魔が動き出す……

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