Game6:廃都デトロイト
「…………」
アンジェラは周囲を見渡した。空はまるで今の彼女の気分を反映するかのように、どんよりと厚い雲が覆っていた。
巨大な壁の、白色に縁どられたゲートを潜った先には……荒れ果てた大都市の廃墟が広がっていた。元は多くの人々が行き交う整備された都市だったのだろう。だが数十年に及ぶ自然の浸食は、この打ち棄てられた都市の様相を極端に変化させていた。
民家やアパートと思しき建物は軒並み窓ガラスが割れて中も荒れ果てている。そして壁という壁に蔦やその他の植物が根を張って伸び放題となっている。道路もアスファルトがひび割れて、公園や路肩の雑草が伸びて、そうした割れ目から葉を覗かせていた。
遠目には高層ビル街も見えるが、壁の外装が大きく剥がれ落ちていたり、壁そのものが崩れてシルエットが変化している様がここからでも確認できた。
『旧』ミシガン州の州都デトロイト。前世紀初頭から既に産業の衰退による失業率の上昇で治安の悪化が問題視されていたが、その流れは留まる事無くデモや暴動が相次ぎ、終いには複数のギャング団やマフィアが昼間から銃撃戦を繰り広げるような有様となり、都市としての機能が崩壊。行政機関は他の街へと移され、この街は国から見捨てられた。
更に止めを刺すかのように街全体に新種の伝染病が発生し、州政府はデトロイトを完全に隔離する事を決定。合衆国政府に要請し、多額の予算を割いて街全体を覆う巨大な壁を建設し、人の出入りを厳しく規制した。
ネット上の陰謀論者の間では、政府がデトロイトを完全に破棄する為に新型の細菌兵器の実験に使ったのではないか、などの噂がまことしやかに流れたが勿論真相は闇の中となった。
それから時が過ぎて『伝染病』は完全に落ち着いたとの声明が出されたが、あえて荒廃した都市に戻りたがる酔狂な者もおらず、また巨大な隔壁も取り壊される事無く維持され、デトロイトは完全に外部から隔離された空間と化した。
長らく州政府の管理下にあったこの場所をデスゲームに利用できないか考えたEBSが政府と交渉し、高額の『レンタル料』を支払う事で政府の監視の下、借り受ける事に成功した。
『ケルベロスの顎』が他のデスゲーム番組を差し置いて業界トップとなった背景には、この廃墟デトロイトを丸ごと舞台に使った数々のギミックが人気を博したからという理由が大きかった。
「あ、あの……大丈夫?」
眼鏡を掛けたひ弱そうな『パートナー』が、難しい顔で唸っているアンジェラに恐る恐る声を掛けてきた。今の状況と自らを拘束する枷に苛立っていたアンジェラは、思わず眼鏡の男をキッと睨み付けた。
「大丈夫かだと? 私の状態を見て大丈夫なように見えるか!?」
アンジェラは後ろ手の手錠と、両足を拘束する足錠の鎖を鳴らす。
「これでは何も出来ん! 自分の身を守ることすらな! それともお前が何とかしてくれるのか!? あ!? お前に何が出来る!?」
「……っ! ご、ごめん……僕なんかと一緒になっちゃって……」
激情のままに叫ぶアンジェラの言葉と迫力に、眼鏡の男は顔を青ざめさせて下を向いた。それを見たアンジェラは叫ぶのを止め、そしてフゥーーと息を吐いて気持ちを落ち着けた。彼に責任がある訳では無い。ここで当たり散らした所で無意味だ。
(落ち着け……冷静になれ。頭を冷やすんだ……)
現状をいくら嘆いた所で改善される事などない。そして彼女はこんな所で絶対死ぬ気はない。ならば今やるべきは馬鹿な女のようにヒステリックに喚き散らす事ではなく、現状を分析し、生き延びる道……即ち『優勝』する為の戦略を考える事だ。
「……おい、顔を上げろ。怒鳴ったりして悪かった。お前もこの悪趣味なゲームの被害者という点では私と同じだ。そして私はここで死ぬ気はない。お前だってそうだろう? なら『共通の目的』に向けて協力し合わないか?」
「……!」
男は顔を上げた。そして信じられない物を見るような目でアンジェラを見てきた。
「き、君は諦めていないのか? 僕達のオッズはきっと一番高いと思うよ? 女性陣は拘束されてるから殆どオッズには影響してないはずだ。そして他のチームは皆強そうな男の人ばっかりだったし……」
「ふん、だろうな。だがそれがどうした? そんな物は諦める理由にはならん。大穴だと? 上等だ。私達に賭けた物好き共に精々儲けさせてやろうじゃないか。例え僅かであっても大穴が勝利する可能性が常にあるからこそギャンブルは成り立つんだ。そうだろう?」
「……っ!」
「それに何もしなければどの道死ぬだけだ。なら可能な限り抗う事に何の不都合がある?」
「…………」
アンジェラの言葉を聞いている内に、男の顔に生気が戻ってきたように見えた。男は僅かにだが口の端を上げて笑った。
「はは、君の話を聞いてたら、何だかやる気が出てきたというか、何とかなりそうな気がしてきたよ」
「いい傾向だ。因みにお前に限って言えば、むしろ運が良かったのだぞ? 私は他の女共とは違う。こう見えて軍事に関してはプロだったのだ。他の女には出来んアドバイスだってしてやれるはずだ」
「それは頼もしいね。じゃあ僕も何とか頑張ってみるよ。ローランド・ダンクワースだ。これから宜しく頼むよ」
男――ローランドは握手しようとして、途中でアンジェラの状態を思い出してやめた。彼女は自嘲気味に苦笑いした。
「……アンジェラだ。アンジェラ・エイマーズだ。こちらこそ宜しく頼む」
仕方なくアンジェラはその豊かな胸を反らすようにして名乗った。白いタンクトップを突き上げる双丘と、露出した胸元にローランドが若干顔を赤らめた。そして下に目を逸らして今度は彼女のショートパンツから剥き出しの太ももに視線が行ってしまい、更に顔を赤くしながら目のやり場に困っていた。
その反応でアンジェラも急に今の自分の服装を意識してしまい気恥ずかしくなった。腕で胸元を覆ったりして隠す事も出来ないのだ。
「お、おい! 今はゲームに勝つ事だけに集中しろ! 解ったな!?」
「あ、ああ。そ、そうだね……うん! 解った!」
最後に若干締まりがなくなってしまったが、こうしてアンジェラとローランドの自由を得て生き残る為の戦いが幕を開けるのだった。
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