Game8:ファースト・ギミック

『各チームとも何とか意思疎通して動き出したみたいだね!』


『ホントですねぇ、マックス! レッドチームは割合相性が良かったみたいですけど、他のチームはホントどうなるんだろ!? って感じでしたからねぇ』


『ははは! 確かにね、デボラ! でも皆死にたくないのは一緒だから、最終的にはどうしても協力せざるを得ないんだけどね!』


『んんーー! でも正直、ジョージーナはちょっと羨ましいですよねぇ。アルフレート、素敵ですよね! 私、彼を応援したくて今回はレッドチームに投票したくらいですし!』


『おやおや、そうだったのかい! まあ、オッズに関係なく応援したい相手に投票する人も結構多いからねぇ』


『そういうマックスはどのチームに投票したんですか?』


『ふふふ、僕は完全に大穴狙いさ! ホワイトチームに投票したよ!』


『ええー……それはまた、思い切りましたねぇ?』


『アンジェラは傭兵部隊の指揮官だったらしいからね。その経験に期待って所だね。……おや!? 話している間に早速第一のギミックが『投入』されるみたいだよ!』


『おぉ! 来た来た! 来ました! まずはこれを乗り越えられるかですねぇ! 流石にこれで脱落するチームはいないと思いたいですが』


『どうだろうねぇ? 何と言っても『ダムセル・イン・ディストレス』のルールが足を引っ張っているからねぇ。その条件下で彼等が如何にしてこのファーストギミックを乗り越えるか、まずは注目してみようじゃないか!』


『これを乗り越えれば『武器』も手に入って、俄然面白くなってきますからねぇ! それでは、行ってみましょう!』



****



「……!」

 アンジェラが目線を鋭くした。ローランドは何も気づいていないようだ。急に立ち止まった彼女を訝し気に振り返る。


「アンジェラ? どうしたの?」


 それには答えずに彼女は意識を集中させる。何か微妙に空気が変わったような感触。うなじの毛が逆立つような感触とでも言ったら良いだろうか。実戦で鍛えられてきた彼女の第六感とでも言うべき感覚に抵触する物があったのだ。


 アンジェラは素早く視線を巡らせた。ここは街外れの住宅地の一部であったようだ。朽ち果てた民家やその庭が無残な姿を晒している。元は丁寧に剪定されていたのだろう庭木や生け垣などが、既にその原型を留めない程に成長し伸び放題となっている。


 つまり……『身を隠す場所』には事欠かない。アンジェラはそれらの生け垣の一つに目を付けた。彼女の感覚に狂いがなければ、『ソレ』は彼女達が来た方角、つまり壁の方からやってきている。ならばその生け垣がこちらの身を隠しつつ、通りの様子を窺うのに絶好のポイントだと判断した。


「そこの生け垣に身を隠すぞ。早くしろ!」


「え? 身を隠すって……何で? ゲートの位置関係からしても他のチームはまだずっと遠くに……」


 案の定事態を飲み込めていないローランドが呑気に首を傾げている。アンジェラは苛立った。傭兵部隊の元部下達なら疑問など差し挟まずに指示通りに動いてくれたというのに……!


「いいから早くしろ! 死にたいのか!?」

「……っ!?」


 アンジェラが怒鳴ってさっさと歩き出すと、ローランドは訳が分からないながら慌ててその後に続く。生け垣は多少離れた位置にあったので本当は走って駆け込みたいのだが、両足を鎖で連結する足錠がそれを阻む。


 アンジェラは歯噛みした。実は女性の方が拘束されていても速く移動できる方法がある。それは……男性が女性を『抱きかかえて』走る事だ。これなら互いに密着したままでも速く移動ができる。後ろ手錠の為背負ったりは出来ないが、前で抱えたり小脇に抱えたり、もしくは荒っぽいが肩に担いでもいい。他のチームは男性陣の体格からして、急ぐ時は間違いなくこの方法で移動しているはずだ。


 だがこのローランドにそれは期待できないだろう。下手をするとアンジェラの方が体重が重いかも知れないというレベルだ。彼女を抱えたまま転倒でもされたら事だ。


 結果彼女は足錠を着けた不自由な状態で、こういう場合でも自ら歩く事を余儀なくされていた。



 しかし早めに危険を察知できたお陰で、それでも身を隠すのは間に合った。ここからなら隠れながら通りを監視できる。彼女は更に視線を地面に向けて動かす。


「おい、そこの枝を折れ。両手で持てる長さでな」

「枝? これの事?」


 アンジェラの目線を追ったローランドが、庭木から生えている枝を手に取った。丁度彼が手に握り締められる程度の太さだ。


「そうだ。早くしろ!」


 一々確認してきて余計な手間を増やすローランドに苛立ちながら促す。ローランドはちょっとムッとした様子だったが、それでもとりあえず言う通りに枝を折った。この細い枝を折るのにも若干ビクビクと手こずっていて、アンジェラは暗澹たる気持ちになった。


 だが折れた枝の先はいい感じに尖っている。これなら何とか即席の『武器』として使えるだろう。


「……言う通りに折ったけど、これで――」

「……! 伏せろ!」


 緊迫した声に、今度はローランドも疑問を挟まずに指示に従った。


「い、一体何――」

「シッ! ……あれだ」


「え…………ッ!?」


 アンジェラが顎で指し示した方向……通り沿いに視線を向けたローランドは驚愕に固まる。



 そこに武器を持った二人の男が歩いていた。一人は消火用の斧のような武器を持っている。もう一人は片手で持てる大きさの鉈のような刃物を持っていた。よく見ると二人共、耳にインカムのような物を装着していた。どちらも油断なく周囲に目配せしながら慎重に歩いている。



「な、何だよ、あいつら……」


 ローランドが小声で震える。アンジェラは極力冷静な視線で男達を観察する。二人は迷彩柄のズボンに黒っぽいシャツという出で立ちで、どちらも『紫色』の首輪をしている。アンジェラも小声で答える。


「恐らく……奴等も囚人だな。あのプロデューサーの男が言っていた『ギミック』とやらの一環だろうな」


「え……そ、それじゃあいつらの目的は……?」


「間違いなく私達を殺す事だろうな。恐らく他のチームの元にも差し向けられているはずだが」


「……っ!」

 ローランドの顔が見る見る青ざめた。持っている木の枝を痛いほど握り締める。


「……このまま隠れてやり過ごせるか試してみよう。息を殺し物音を立てるな」

「…………」


 ローランドは引き攣った顔で一切の動きを止めた。だがアンジェラは楽観視していなかった。連中が耳に付けていたヘッドセットが気になった。


 やがて男達が、アンジェラ達が隠れている生け垣のある最寄りの交差点部分に差し掛かった。そして……男達がそこで歩みを止めた。


「……!」

 アンジェラの目線が険しくなる。悪い予感が的中したようだ。男達はどちらもヘッドセットに意識を集中させている様子だ。どうやら何らかの指示が出ているらしい。『指示』を聞き終えた二人が、その場でキョロキョロと何かを探し始めた。


 間違いなく探しているのはアンジェラ達だろう。


(……この首輪か?)


 恐らく自分達の着けているこの首輪に何か発信機的な物が仕込まれているのだろう。だが男達の様子を見る限り大雑把な場所しか解らないようだ。


 アンジェラの目から見れば男達は素人で隙だらけの挙動であった。ここにおびき寄せて一人を殺し、もう一人が慌てて駆け寄ってきた所をやはり殺す。仮に多少冷静で駆け寄っては来なかったとしても、その時には正面から戦いを挑んで殺すまでだ。敵の戦力を分析して、それが可能だと冷静に判断した。……そう、彼女が拘束されていなければ。


 残念ながら後ろ手錠に足錠までされた今のアンジェラはまともに戦う事すら出来ない。そうなると必然的にその『仕事』をやるのは…… 


「…………」


 横で青い顔をして震えている『パートナー』を見やる。アンジェラをして絶望を感じる程の頼りなさだ。しかし彼女はこの男に全てを委ねるしかないのだ。


 相手は二人だ。ローランドでは一人を倒せるかすら怪しいと言うのに。自分達はここで終わるしかないのだろうか。


(……いや)


 彼女は諦めそうになった己を叱咤する。生きる事を諦めるつもりはない。ローランドが一人では勝てそうにないというなら、彼女が勝たせるのだ。小声で話しかける。


「……おい、よく聞け。奴等がここを探し当てるのは時間の問題だ。その前にこちらから仕掛ける」


「……え?」


「奴等は一塊りにならずに、ある程度離れて捜索を行っている。私が今から近くにいる方をおびき寄せるから、そいつで殺すんだ」


 ローランドが握っている尖った木の枝を顎で示す。


「ま、待って! 殺すって……え? 本気で言ってるのかい!?」


「他にどんな方法がある? 恐らく奴等は降伏を認められていない。私達を殺すか自分達が死ぬまで向かってくるはずだ。逃げたりしたら恐らく首輪が爆発するんだろうな」


「……っ!」


「そして私が戦えるならともかく、お前だけでは奴等を生かしたまま無力化できる余裕などあるまい。殺すしかないのだ」


「…………」


 痛い所を突かれたローランドが黙り込む。そう。殺す以外に選択肢は無いのだ。


「しっかりしろ! このゲームを勝ち抜くとつい先程誓い合ったばかりだろう!? それともあれはその場限りの嘘だったのか!?」


「……! い、いや……いや、そんな事は、ない!」


「だったら行動で示せ! 生き延びる為に他者を殺すのは、人間の……いや、動物の本能だ! やらねばやられるのだ!」


「……ッ!! わ、解った……やる! やってやるさ! 僕と君は必ずここから生きて出るんだ!」


 まだ青い顔ながらローランドが唇を噛み締めながら頷いた。とりあえず現状ではこれが限界だろう。余り高望みするべきではない。

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