Game9:生き延びる覚悟
「よし、その意気だ! ……ではやるぞ? 準備はいいな? 細かい狙いをつける必要はない。とにかく胴体目掛けて突き刺すんだ」
「ああ……!」
ローランドが枝を握り締めて構える。ローランドの腕では、下手に心臓やら喉やらを狙おうとすると却って狙いを逸れて外してしまう可能性が高い。それよりはとにかく確実なダメージを与える事を優先するのだ。腹にこの枝が突き刺されば、それだけでも充分に致命傷となり得る。
二人組は互いの距離が少し離れている。交差点からそれぞれ左右の家屋に向かって捜索の網を広げているようだ。だが敵がどこにいるか解らない状況で分散するのは、各個撃破を誘発する悪手である。
アンジェラはほんの軽く……より近距離にいる男の耳にのみ届く程度の音で生け垣の草を蹴って揺らす。
「……!」
反応した男が鉈を構えて、慎重に近付いてきた。より慎重を期すなら仲間を呼び寄せるべきだ。やはり素人のようだ。
近付いてきた男が生け垣を回り込むようにして身体を晒した。当然アンジェラ達の姿は見つかる。男の目が見開かれる。だが待ち構えていたこちらの方が反応は早い。
「今だ!」
「……ッ!!」
アンジェラの合図によってローランドは無我夢中で木の槍を突き出した!
「お……」
一瞬、全ての時が止まったように感じた。
鉈の男は、何が起きたのか解らないという風な呆然とした声を上げて……自らの腹に突き刺さった木の枝を見つめた。鉈を取り落とす。
「ぐ……があぁぁぁぁっ!!!」
そして血を吐き出しながら絶叫。地面に崩れ落ちてのたうち回る。即死ではないが、致命傷だ。捨て身の反撃の心配はしなくて良さそうだ。
だが当然というか絶叫を聞きつけたもう一人がこちらに駆け向かってくるのが見えた。ローランドはのたうち回る男を青白い顔で見つめて茫然としている。アンジェラは舌打ちした。
「おい、何してる!? まだ終わってないぞ! その鉈を拾え! 敵が来るぞ!」
「……っ」
木の槍は最初の男の腹に突き刺さったままだ。ローランドは落ちている鉈に飛びついた。駆けてきた男は雄叫びを上げながら斧を振りかざしてローランドに突進してくる。
「斧だけを見るな! 相手の動き全体を見るんだ!」
アンジェラは声を張り上げる。直接戦闘になってしまうと今の彼女に出来る事は他にない。ローランドは必死になって男の斧を躱す。幸い男も素人で、ただ大振りに斧を振り回すだけなので何とか対処出来ているという感じだ。
(くそ……あんな奴、私が戦えれば三秒で殺せるのに……!)
「何をしている、この愚図! 相手の息が切れてるぞ! 今の内に攻撃しろ!!」
余りのもどかしさに気が狂いそうになりながらアンジェラが叫ぶ。発破を受けたローランドは泣きそうになりながら……いや、既に大量の涙を流して顔をクシャクシャにしながら鉈を振るう。
アンジェラから見れば隙だらけの一撃だったが、重い斧を振り回して疲労で動きが鈍っていた男にはそれでも充分だった。男の脇腹に鉈の刃が食い込んだ!
男がショックで斧を取り落としてその場に倒れる。脇腹に鉈が食い込んだまま無茶苦茶に狂乱する男。ローランドは自身もショックを受けた様子で飛び退いていた。
「斧を拾え! 止めを刺すんだ!」
「う……うぅぅ……!」
ローランドは青白い顔で唸って動かない。アンジェラは怒鳴った。
「早くしろ! そいつらはもう助からん! 苦しみを終わらせてやるんだ!」
「……!」
ローランドは一旦目をギュッと瞑ると、何かを決心したように落ちていた斧を拾い上げた。そして、
「うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
振りかぶった斧を、思い切り男の頭目掛けて振り下ろした……
「う……げぇぇぇっ! ぐぇぇぇっ!」
ローランドが朽ちた庭の隅で嘔吐していた。その顔や服は飛び跳ねた返り血に塗れていた。道路を挟んだ反対側の庭では、彼が死闘を演じた場所にそのまま二人の男の死体が転がっていた。どちらも斧で頭を割られて、脳漿を飛び出させていた。
アンジェラの指示で男の死体から鉈を回収したローランドは、道路を隔てた向かい側の家の庭に向かうとすぐに嘔吐した。彼から五メートル以上離れないように追随していたアンジェラだが、ローランドの心情を慮ってしばらくは声を掛けずに待っていた。だがいつまでもこうしている訳には行かない。
「おい、ローランド。私を見ろ!」
「……!」
胃の内容物を全て吐き出したローランドがアンジェラを見上げた。
「つまらん慰めの言葉を言うつもりはない。このゲームを生き残ると決めた以上避けては通れぬ道だ。お前には……これからもこういう殺しをしてもらわねばならん」
「……う、うぅぅ!」
ローランドがまた泣き出しそうになる。
「泣くな! 私を見るんだ! ……慰めは言わんが、礼なら言わせてもらう。ありがとう、ローランド。お前は自らの命と、そして私の命を救ったのだ」
「……っ!」
ローランドが目を見開く。アンジェラは頷いた。
「そうだ。お前は少なくとも私の命を救ってくれた。その事実はお前の中の罪悪感を軽減する事にはならんのか?」
「…………」
ローランドの目に僅かだが生気が戻る。そして彼はまだ血の気の失せた顔をしていたが、それでも何とか立ち上がった。
「……僕の方こそありがとう、アンジェラ。そうだね。僕は君と一緒にこのゲームを勝ち残ると決めたんだ。そしてそれには『こういう事』が付き物だ。頭では解っていたつもりだったけど、実際には全然理解できていなかった。僕に足りないのは覚悟だったんだね。生き延びる覚悟……それはつまり他の人達の命を奪う覚悟って訳だ」
「その通りだ。だがこれで覚悟は決まっただろう?」
ローランドは少し苦笑したようだった。
「ああ……まあね。かなりの荒療治だったけど。でもお陰で目が覚めたよ」
「……よし。いい面構えになってきたな。では先へ進むぞ。私の見立てが確かなら、この程度の連中相手に脱落したチームはいないはずだ。恐らく既に奴等も『戦利品』を手に入れて先へと進んでいるだろう」
「……! そうなんだね。でも進むって言ってもどこへ?」
「うむ。それは……」
彼女が何か言い掛けた時、ヘリコプターの駆動音のような物が聞こえてきた。見上げると予想通り中型程度の大きさのヘリがアンジェラ達の頭上を通り過ぎていく所だった。ヘリの外装には大きくEBSのロゴが塗装されていた。
そのヘリは大きなトランクのような貨物を二つ吊るしており、その内の一つが切り離されて投下された。
「あ……!」
ローランドが声を上げる。投下されたトランクはダウンタウンに程近いビルの陰に落下したようだ。そのままヘリは中心街のビル群を抜けて反対側へと消えていった。恐らくそちらにも残りの一つを投下するのだろう。
「……とりあえずの行き先が決まったな」
プロデューサーの説明によると、トランクの中には生存に必要な物資の他、『キー』の在り処のヒントも同封されているとの事。入手できるならしておきたい。
「でも……大丈夫かな? 当然他のチームだって狙ってるよね?」
「だろうな。その辺りは状況によって臨機応変に対応する事になるが、それでもとりあえずは行ってみるべきだろうな。単に物資やヒントの入手以外にも様々なメリットがあるからな」
「そうなの? まあ、その辺は君の方が詳しいだろうから方針や作戦は任せるよ。それじゃあのトランクが落ちたと思われる地点を目指すって事でいいね?」
「ああ、行くとしよう」
とりあえずの指針を決めた二人は歩き出した。先だっても意識した移動方法の差によって、恐らく物資は先に奪われるだろう。だがそれならそれで構わないとアンジェラは考えていた。
このゲームは『キー』を入手した者、ではなく、あくまで『キー』を使ってゲートを抜けた者が『優勝』となる。そのルールを上手く利用すれば自分達にも充分勝機はあるはずだ。
ローランドの後ろについて歩きながら、彼女はこの先の展開を予測した戦術や戦略を練り続けているのだった。
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