Game10:他チームの動向(2)
同時刻。レッドチーム。
ジョージーナはギュッと目を瞑ってその場に屈み込んでいた。本当は耳も塞ぎたかったが生憎後ろ手錠の為それは出来なかった。
男達が殺し合う恐ろしい音や叫び声が響く。彼女にとって地獄のような時間がしばらく過ぎた後……音は静かになっていた。
「……ジョージーナ。もう終わったよ。大丈夫。あいつらは『居なくなった』」
「……!」
彼女を抱きかかえる感触に目を開けると、アルフレートが微笑んでいた。その笑みを見るだけで彼女は安心できた。
「そのまま振り返らずに進もう。決して後ろを振り返っては駄目だ」
「わ、解ったわ」
襲ってきた連中の死体が転がっているのだろう。そんな恐ろしい物は頼まれても見たくなかった。しかし同時にやはりアルフレートが非常に頼りになる事が解って、とても安堵している気持ちもあった。
見ると彼の片手には長いサーベルのような武器が握られていた。確か襲ってきた男達の内の一人が持っていた物だ。彼女の視線に気付いた彼が笑う。
「これでもっと君の事を確実に守ってあげられるよ」
「そ、そうね。とても頼もしいわ、アルフレート」
ジョージーナも引き攣った笑みを浮かべた。その時上空を飛ぶヘリの駆動音が聞こえていた。EBSのロゴが入ったヘリがトランクを投下していた。
「あ、あれって……」
「ああ、あのネイサンって奴が言っていた物資だな。『キー』の在り処のヒントもあるとか」
「じゃ、じゃあ早く行かないと!」
他のチームに横取りされてしまう。アルフレートも頷いた。
「そうだな。とりあえず他の連中の出方を窺うって意味でも、早めに行っといた方がいいか。よし、じゃあ悪いけどジョージーナ。また君を抱えさせてもらうよ?」
「え、ええ、大丈夫よ。お願い」
彼女は若干頬を赤らめて頷いた。アルフレートはサーベルを腰に差すと、ジョージーナを『前で』、『両手で』抱えた。
「……!」
古典的な歌劇や映画などで男性が女性を抱える際によくやる『あの』ポーズだ。いわゆる王子様とお姫様のアレである。そして映画俳優のような美丈夫のアルフレートは、王子様役が非常に様になっていた。
ジョージーナは走る彼の腕の中で揺られながら、まるで本当に自分が物語のお姫様になったような気分に浸っていた……
****
同時刻。ブルーチーム。
倒れた男の眼球にサバイバルナイフの刀身が深々と突き刺さる。男の身体がビクンと跳ねた。当然即死だ。血と脳漿が飛び散る感触にレックスは震えた。刑務所に入って以来、久しく味わっていなかった感触。側にはこのナイフの持ち主だったもう一人の男が、首から血を流して事切れていた。
血の匂いは彼にセントルイスの路地裏の光景を想起させた。懐かしい光景。あれこそ自分がいるべき場所だ。柄にもなく郷愁に浸った彼は、凶器を突き立てる感触と血の匂いをより味わいたくて、既に死んでいる男の頭や首に何度もナイフを突き立てた。その度に血が噴き出し、レックスは幸せな気分に浸った。
「あ、あの……もう死んでます、よ……?」
だがその幸福な気分を不快な女の声が遮った。彼は露骨に舌打ちして、声を掛けてきた女を睨んだ。女がビクッと身体を硬直させる。
ヴィルマとかいう自分の息子を虐待して殺したクズ女だ。人間的にはクズだが外見的にはまあ悪くはない。レックスと同じアフリカ系でスラッとした長い手足が目を惹く。そんな女が刺激的な格好で、手錠足錠で拘束されているのだ。普通なら存分に獣欲を刺激される所だが、この女の為した所業を知ってその気も萎えた。それに実際そんな場合ではない事も確かだ。
「ふん、ただの景気づけだ。俺のやる事に意見するな」
「ひ……!? す、すみません! そんなつもりじゃ……」
ちょっと凄んでやると露骨に腰が引けて卑屈な態度になる。その卑屈ぶりにも苛々させられたが、このゲーム中に限って言えば都合が良かった。
とその時ヘリの駆動音が聞こえ、EBSのロゴが入ったヘリがトランクを投下していくのが見えた。
「来たな。まずはアレを手に入れるぞ」
「……っ」
レックスはナイフを仕舞うと、ヴィルマの同意も得ずに彼女を強引に肩に担ぎあげた。手荒い扱いにヴィルマが小さく呻くが知った事ではない。彼女を荷物のように運びながら、レックスは一路トランクの投下地点目指して走り出した。
****
同時刻。グリーンチーム。
男が喚きながらスレッジハンマーを振り回してくる。しかしアダムはその巨体に似合わない素早い挙動でハンマーを躱すと、カウンターで男の顔面に拳をめり込ませた。巨大な拳はまるで凶器のように突き刺さり、原型を留めない程に顔面を破壊された男はその場に昏倒した。
もう一人の男が後ろからナイフで突きかかってきた。アダムは素早く反応してその腕を掴み取ると、凄まじい握力に男がナイフを取り落とした。アダムは男を引き寄せて、その頭を両手で挟み込むように掴むと回転させるように捻った。ゴキッと嫌な音が鳴って、男の首が変な方向に折れ曲がった。
「ふん、雑魚共が! 俺様を殺したきゃマシンガンでも持ってくるんだったな!」
アダムが鼻を鳴らすその後ろで、屈み込んでいたナタリアがホッと胸を撫で下ろして立ち上がった。
「ふぅ……一瞬焦ったけど……流石だね、アダム。格闘王ってのは伊達じゃなかったみたいだね」
武器を持って襲い掛かってきた二人の男を素手でアッサリ返り討ちにしてしまったのだ。頭は足りないようだが、その腕っぷしは本物だ。
「はっ! 一捻りだって言っただろうが! ……で、こいつら一体何だったんだ? あの説明の時はいなかったよな?」
「ああ……まあ、番組側の差し金だろうねぇ。ギミックがどうとか言ってたし。多分こういうのはこれが最後じゃなさそうだね」
敵は互いのチーム以外にもいるという訳だ。
「マジか? まあこの程度の連中ならいくら来ても返り討ちだがな」
アダムは楽観的だが、ギミックが一種類である保証は全くない。この分では時間が経てば経つほど他にも何が起きるか知れた物ではない。
「こりゃ、うかうかしてられないねぇ……」
ナタリアがそう独りごちた時、ヘリの駆動音らしき音が聞こえてきた。EBSのロゴが入ったヘリがトランクを投下してそのまま飛び去って行った。
「おい、あれが物資って奴じゃねぇのか!? 他の奴等に取られる前にさっさと行って回収しちまおうぜ!」
「ああ……いや、どうだろうね?」
当然他のチームも皆あの物資を狙っているはずだ。殺到して他の複数チームと鉢合わせでもしたら危険だ。まずは様子を見た方がいいかも知れない。
「とりあえず近くまで行ってみようかい。でもすぐに突出するんじゃないよ? アタシの言う通りにするんだ。いいね?」
「へいへい、解ってますよ。そんじゃまた抱えるぞ?」
アダムは何か小さな荷物でも持つように、ナタリアの身体を小脇に抱え込んで走り出す。もう片方の手には念の為とナタリアが指示して、男達が所持していたスレッジハンマーを持たせておいた。人一人抱えているとは思えない、何ら負担となっていない軽快な走りでアダムはトランクの投下地点目指して駆けて行った。
****
同時刻。イエローチーム。
鉄パイプを持った男が襲い掛かってくる。後ろ手錠と足錠で拘束されているダリアは逃げる事も抵抗する事も出来ない。
「……っ!」
思わず目を瞑る。男が喚きながら凶器を振り上げ――
「危ないっ!」
何かがぶつかり合う音。目を開けると、ディエゴが横からタックルをかまして男を引き倒した所だった。そのまま揉み合いになる二人の男。ディエゴの手には、もう一人の男を倒して奪った手斧が握られていた。
やがて揉み合いを制したディエゴが手斧を思い切り振り上げて男の脳天に叩き込んだ。ダリアは咄嗟に顔を逸らした。
「ふぅ……危ない所だったな。無事で良かった。怪我はないか?」
立ち上がったディエゴがダリアを気遣う様子を見せる。その表情は演技には見えない。
「あ、ああ。その……ありがとう。お陰で助かったよ」
もごもごとお礼を言うダリア。心なしかその頬が赤く染まっていた。ディエゴは苦笑した。
「でもこれで俺の言葉が本気だって解っただろ? 俺は何があっても君を守る。約束だ」
「……っ」
ダリアが言葉に詰まる。恐らく家族にもこういう優しい言葉を掛けてもらった事がないのだろう。その瞳は僅かに潤んでいた。
ディエゴは内心でほくそ笑んだ。全くチョロいものだ。ダリアを守るのは当たり前だ。そうしなければ自分も死んでしまうのだから。なのでディエゴの言葉にも表情にも一切演技は必要なかった。本心で言っているのだから当然だ。
この馬鹿な少女はその『前提条件』も忘れて、彼が本気で自分の事を心配して守ってくれていると思い込んでいるのだ。
その時ヘリコプターが飛んでくる音が聞こえてきた。空を見上げるとEBSのロゴが入ったヘリが、トランクを一つ投下していく所だった。
「あれはあのプロデューサーが言っていた物資とやらか? 確か『キー』の在り処のヒントも同封されてるとか言ってたな」
「じゃ、じゃあ早く行こうぜ!?」
「そうだな……。じゃあちょっと急ぎたい所だけど……」
ディエゴがチラッとダリアの方に視線を向けると、彼女は身体を硬直させて顔を強張らせた。男に触れられる事に抵抗があるのだ。ましてや抱きかかえるとなると、まだディエゴもそこまでは信頼されていない。彼は溜息を吐いた。
彼女の男嫌いは身体に触れられるだけで蕁麻疹ができるレベルであった。抱えたりしてショック死でもされては適わない。ここは焦らずに少しずつ距離を縮めて信頼を勝ち得ていくしかないだろう。
「……解った。歩いていこう。でも他のチームに先を越されるのは了承してくれよ?」
他のチームは殆どが女性を抱きかかえて走っているだろうから、それなりの移動スピードを出せるはずだ。足錠をされたダリアの歩調に合わせていては確実に先を越される。ダリアがバツが悪そうに俯いた。
「ご、ごめん。でも、きっとその内に……」
その内では遅いんだよ馬鹿が、と思いながらもディエゴは、内心の苛立ちが顔に出ないように注意しながら彼女に向けて微笑んだ。
「いいんだ。それだけ辛い経験をしてきているんだからね。でも君はきっと心を開いてくれる。俺はそれを信じている」
「ディエゴ……」
「ふ……柄にもなかったかな? さあ、それじゃ行くとしようか?」
「あ、ああ……!」
そうして二人は、トランクの投下地点を目指して歩き出した。
****
同時刻。ブラックチーム。
ロバータは身体の震えを抑える事が出来なかった。これは……純然たる恐怖。ゲートの側から武器を持った二人の男が現れ問答無用で襲い掛かってきたのだ。だが彼女が感じている恐怖は『そんな事』に対してではなかった。
今彼女の目の前には、奇怪な二つの『オブジェ』が廃屋の壁に張り付けられていた。これは襲ってきた男達の『成れの果て』だ。一人は腹の辺りで皮を切られて、そこから『上の部分』を全て『引っぺがされた』。赤黒い筋肉や組織がむき出しになった『何か』となり果てた男。
もう一人は手足の腱を全て切られた上で生きたまま『解剖』され、取り出された自分の心臓が人生の最後にその目で見る物となった。
その光景を間近で見せられていたロバータは激しく嘔吐した。だが……
「目を逸らすな。これがお前の選択した道だ。目に焼き付けろ。お前が復讐したい者達もいずれこうなる」
「……っ!」
彼女が契約した悪魔……エドガールが冷徹そのものな声で彼女に現実を思い出させる。そうだ。彼女は選んでしまったのだ。悪魔と契約してでも生き延びる道を。絶対に復讐を遂げる事を条件に。
一度選択した以上、立ち止まる事もやり直す事も許されない。突き進む他ないのだ。
「く……」
へたり込んでいたロバータは震える脚を叱咤しながら、拘束された不自由な身体で何とか自力で立ち上がった。その様子をエドガールは淡々と何の感情も籠らない目で見つめていた。
その時ヘリの駆動音が近付いてきた。EBSのロゴが入ったヘリがトランクを投下していくのが遠目に見えた。あれはプロデューサーのネイサンが言っていた物資とやらだろうか。
エドガールは物資の投下について何も言わなかった。
「ど、どうするの? 物資を手に入れた方がいい、のかしら?」
『キー』の在り処についてのヒントも同封されているらしいので手に入れれば有利になるだろう。だがエドガールはかぶりを振った。
「必要ない。『キー』の入手は他の連中にやらせる。最後にそいつらを殺して『キー』を奪う」
「……!」
確かに勝利条件はあくまでゲートを潜って脱出する事だ。『キー』の入手は必ずしも自分達でやらなくてはならない訳では無い。だが当然相手側もそれは警戒しているだろう。それが解らないエドガールではないはずだ。
自信があるのだ。警戒していようがいまいが、自分なら必ず殺せるという絶対の自信。
「だがその為にも他の連中の動向は把握しておく必要がある。とりあえず物資の投下地点まで向かうぞ」
「え、ええ……」
エドガールの腕が自分に伸びてきてビクッとなるロバータだが、彼に抱えられた事でその意図を理解した。彼女は足錠をされていて走る事ができない。確かに移動するならこの方がスピードは速い。
図らずも密着した事で感じた悪魔の体温は、意外にも暖かかった……
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