Game11:邂逅と提案

『いやー、予想通りというか、脱落したチームはいなかったみたいだね!』


『そうですかぁ? 私、正直ホワイトチームは脱落してもおかしくないような気がしてました』


『僕もちょっとヒヤッとしたけど、アンジェラが上手くサポートしてくれて助かったよ!』


『それにしてもホントにジョージーナは羨ましいですねぇ! お姫様抱っこですよ!? しかもあのアルフレートに! 彼女ったら、状況も忘れてうっとりとしちゃってまあ……!』


『ははは! まあまあ、デボラ! しかし早速凄惨な殺しのシーンが見られて、視聴者からの反応は上々みたいだよ! 特にエドガールは流石というか、今ので一気に会員の皆様がブラックチームへチャンネルを合わせたみたいだしね』


『まあ! ホントに!? 私なんて繊細だからちょっと気分が悪くなっちゃいましたよ!』


『さて、ゲームはいよいよ最初の物資投下が始まった所だ。東地区に一個、西地区に一個ずつトランクが投下されたよ!』 


『でも……投下されたはいいけど、どうやって開けるんですか、これ?』


『ははは、それなら心配ご無用さ! ロックを解除する為のナンバーは、予めトランクの外装に刻印されているからね!』


『それなら安心ですね! でも東西の地区に一個ずつという事は、それぞれ三チームずつが対象という事ですか?』


『そういう事になるね。流石に一個のトランクに六チームが全部かち合っちゃうのは番組としても避けたい所だからね!』


『東地区はレッド、グリーン、ブラック。西地区はブルー、イエロー、ホワイト。トランクを巡って争うのか、それとも……!? どんな展開になるのか増々目が離せません!』


『それでは視聴者の皆様、引き続きチャンネルはそのままで!』



****



「やはり遅かったか……」


 草木が伸び放題となった公園跡。かつては子供たちが使っていたのだろう鉄製の遊具が無残に錆びて、ボロボロに朽ち果てた姿を晒していた。


 そんな公園の跡地の丁度中央辺りにトランクが転がっていた。外装にEBSのロゴが入ったシルバーのトランクだ。ただし既に開け放たれて、中に入っていた物は粗方持ち去られた後だったが。


 恐らく他のチームが先に到達してトランクを開けたのだろう。アンジェラは溜息を吐いた。こうなる事は覚悟していた。移動速度に差がある以上、他のチームに後れを取るのは予想出来ていたからだ。


 だがそれは解っていた事なので落胆はない。彼女が今やるべき事は他にある。彼女は周囲に誰も潜んでいない事を確信すると、ローランドと連れ立ってトランクに近付いた。



「……何も残ってないみたいだね」


 トランクを覗き込んだローランドが解りきった事を確認する。


「物資と言ってたけど、何が入っていたのかな?」


「『キー』の在り処に関するヒント以外の話なら、恐らく水や食料の類いだろうな。武器も入っていると言っていたが、少なくとも銃器ではないな」


「じゅ、銃!? でも、何故そう言い切れるんだい?」


「簡単だ。そんな物が手に入っていたら、間違いなくここで待ち伏せして他のチームを『排除』しようとしていただろうからな」


「な……!?」

 ローランドが今更その可能性に気付いたように慌てて周囲を見渡していた。その姿にアンジェラは再び嘆息した。


「落ち着け。もうここにはいないようだ。ヒントに従って移動を開始したのだろう」


 そういう意味では鉢合わせしなくてむしろ良かったかも知れない。恐らく他のチームも最初の『ギミック』をクリアして武器を手に入れていただろうから、まともにぶつかっていたらローランドでは歯が立たない可能性が高い。話し合いが通じる相手ならいいが、そういう奴ばかりではないだろう。


(それよりも問題は……)


 水や食料などの物資の方が問題だ。水……は恐らく贅沢さえ言わなければ確保は可能なはずだ。何と言っても以前は大勢の人間が生活していた大都市なのだ。池や水路の跡なども数多く残っている。もしかしたらビルや施設の貯水槽にも水が残っているかも知れない。


 だが食料となると、何か残っていたとしてもとっくに腐り果てているだろう。最悪、この物資を入手したチームを襲って食料を奪わなければならないかも知れない。


(……いずれにせよチーム同士で争い合う理由が出来る訳か。全く……悪趣味な事だ)


 こんな番組を開催している時点で今更な話だが、改めて反吐が出る思いであった。



「でもこれからどうするんだい? 『キー』のヒントを持ったチームはもう先に進んでしまったみたいだし、この広い街を当てもなく探し回るというのは……」


「いや、そうでもないぞ……」


 アンジェラは片膝を着いて屈み込んで、地面を注意深く観察していた。そして見つけた。


 これがアスファルトやコンクリートで覆われた、常に大勢の人間が行き交う生きた街であれば、その『痕跡』を見分けるのは遥かに難しかっただろう。だが好き放題に伸びて人工物を浸食する草木や、風などに舞ってアスファルトを薄く覆う土などが、乱雑に踏み抜かれた足跡を残してくれていた。他に人間もいない無人の街なので、その痕跡は消える事無くアンジェラの前に道を示してくれていた。


(……この痕跡が罠でないとするなら軍隊経験者ではないな。となるとレッドやブラックの線はないか。足跡のサイズからするとグリーンも違うか。ブルーかイエローのいずれかだな)


 彼女は最初の『オリエンテーション』時に注意深く他のチームを観察していた。その時の記憶と目の前情報を掛け合わせて、かなり正確に絞り込んでいた。そして『答え』はその後すぐに解った。


「……!」


 人の気配が近付いてくる感覚にアンジェラは顔を上げた。だが先程の『ギミック』とは違ってうなじの毛が逆立つような感触はない。つまり殺気は感じられないという事だ。当然ながらローランドは何も気づいていない。


「おい、一旦あそこの遊具の後ろに身を隠すぞ」

「え……? あ、ああ、解ったよ」


 顔に疑問符を浮かべるローランドだが、前回の経験から一々余計な問答をする事は無くなった。良い傾向だ。2人は歩いて大きなドーム型の遊具の裏に身を潜める。ドームには子供が覗く用の穴がいくつか空いており、向こう側を監視するのには都合が良かった。


「……っ!」

 ローランドの息を呑む気配。公園に歩いて入ってきたのは、男女の二人連れだった。どちらもヒスパニック系の容姿で、男の方は手斧のような武器を持っている。女の方はタンクトップにショートパンツという無防備な格好(つまり今のアンジェラと同じだ)に、後ろ手錠と足錠で拘束されていた。


 ゲームが始まってから初めて他のチームを目にした。そして彼等のシャツやタンクトップの色は鮮やかなイエローであった。 



****



 同時刻。イエローチーム。


 ダリアの歩調に合わせてトランクの投下地点までやってきたディエゴ達だが、案の定というかトランクは開けられていて、中は空になっていた。


「ふぅ……ま、仕方ないな」

「ご、ごめん。アタシのせいで……」


 悄然と俯くダリア。内心では大きく舌打ちしていたディエゴだが、それを表には出さずにかぶりを振る。我ながら演技が上手くなったものだと感心する。


「気にするなって言っただろ? このゲームでは互いの信頼関係が重要なんだ。まだ君にそこまで信頼されていない俺自身にも責任がある事さ」


「ディエゴ……。ア、アタシは……」


 罪悪感に駆られたダリアが口を開きかけるのを手で制した。


「大丈夫、解ってるよ。……さて、これからどうしようか? 正直手がかりもない状態で、この広い街で当てもなく宝探しをするっていうのもな……」


 ディエゴが途方に暮れかけた時だった。



「そういう事情なら私達が力になれると思うが?」

「……っ!?」



 聞き覚えの無い女の声が唐突に聞こえてきて、ディエゴはギョッとして振り向いた。ダリアも身体を硬直させていた。


 ドーム型の遊具の裏から男女の二人連れが姿を現した。男の方は眼鏡を掛けたひ弱そうな感じだが、その手には鉈のような武器を持っていた。女の方はタンクトップの色以外はダリアと同じ格好をしていた。金髪の白人女で、かなり体格が良くショートパンツから剥き出しの太腿を見ても、ほど良く鍛えられている事が一目で分かった。しかしやはり手錠と足錠で拘束されており、その折角鍛えられた肉体を使って戦う機会を奪われているのだ。


 彼等のシャツの色は白。自分達以外のチームと初めて出会った。しかも向こうから声を掛けてきたというのは、極めて予想外の出来事であった。



****



 アンジェラが声を掛けながら出ていくと、男の方は警戒した様子で女の方を庇うような位置取りで手斧を構えた。女を庇う動きが本心なのか演技なのかは解らないが、女の方はそれを不自然には感じていない様子で、むしろ男の背に隠れるような挙動を取った。


 女の方は、あのオリエンテーションで粋がっていたギャング女のようだ。


(ふん……あの時の威勢はどこへやら、随分とその男に懐いているようじゃないか)


 内心で鼻を鳴らすアンジェラだが、とりあえず今の状況とは関係ないので捨て置く。アンジェラが思い切って姿を現した理由は、耳を澄ましていて彼等が物資を奪ったブルーチーム(これで確定だ)を追跡する手段を有していないらしい事が解ったからだった。


 ならば『交渉』の余地があると判断したのだ。


「そう警戒するな。こっちは見ての通り私はこんなザマだし、お前はこのローランドと戦って負けると思うのか?」


「む……」

 男がローランドの方を見て唸った。そして若干だが警戒心を緩めた。


「……お前らが力になれるってのはどういう事だ? この物資やヒントを奪っていった奴等の居場所が解るのか?」


 男が空のトランクを蹴り付ける。アンジェラは肩を竦めた。


「私はこう見えてデルタフォースや傭兵部隊に所属していた。私から見れば奴等はそこら中に痕跡を残しながら移動している。追跡は簡単だ」


「な、何だと……?」


 男と少女が唖然としたようにアンジェラを見やった。まあアンジェラの性別、年齢、外見からして特異な経歴である事は間違いない。


「彼女の能力は僕が保証するよ。こんな僕が武器を持った二人の男相手に勝てたのが不思議じゃないかい? 彼女の危険察知能力と的確なサポートがあっての事さ」


「……!」


 ローランドが口添えしてくれる。見た目からして弱そうで、実際に弱い彼が言うと説得力がある。すると少女の方が声を上げる。


「だ、だったら何でアタシ達に声なんか掛けてきたんだよ? 自分達だけでどんどん行っちまえば良かっただろ!」


「……追跡は出来る。だが正直我々だけで物資やヒントを奪える自信がない。理由は解るな?」


 アンジェラの言葉にローランドがバツの悪そうな顔になって俯く。まあ彼が心許ないのは確かだが、どの道徒党を組んだ方が確実に奪えるのは間違いない。やはりローランドの外見が説得力となって、男が再び唸った。


「勝てる自信がないってんなら、何で俺達の前に出てきた? 今お前が言ったように、俺だってその細眼鏡のインテリに負ける気はしないぜ。だがアンタは戦えなくても危険そうだ。ここでライバルを減らしておいた方が得策かもな?」


 男が威嚇するように手斧を持ち上げる。だがアンジェラは冷静さを崩さない。


「私達を殺すか? それで、その後はどうするんだ? 行く当てもなくこの広い廃都を彷徨って飢え死にするか、どこかのチームが勝利して首輪が爆発するのが先か、賭けでもしたいなら話は別だがな」


「……っ!」

 男が苦虫を嚙み潰したような表情になる。これこそがアンジェラが姿を現しても大丈夫と判断した理由、そして『交渉』の余地があると判断した理由であった。


「……だから俺達と手を組んで、その物資を奪っていった奴等を確実に潰そうって訳か。だがそれこそ、その後はどうする? 物資やヒントを奪った後は、もうアンタ達と組む理由はなくなるよな?」


 最後に残るチームが一つだけである以上、それは絶対に避けられない展開だ。


「無論お前達がもう我々と組む理由がないと判断したなら、その時はいつでも敵同士に戻ればいい。シンプルに行こうじゃないか」



「…………」


 男が難しい顔をして考え込む。少女がそれを不安そうに見やる。


「ディ、ディエゴ……ど、どうする?」


「……いいだろう。一時的って条件で手を組んでやる。とりあえずは物資を奪い返すまでって事でな」


 男――ディエゴがやがて顔を上げると、そう言って頷いた。


「で、でもこいつ等、信用できるのか?」


「信用なんてしないさ、ダリア。利用するのさ。そしてそれはお互い様って訳だ。だろ?」


 少女――ダリアにそう返したディエゴの言葉に、アンジェラもまた頷く。


「そういう事だ。一チームしか優勝できない以上、信用するという行為は不可能だ。互いが互いを利用する……ドライな関係という訳だな」



 とりあえず『同盟』の証としてローランドとディエゴが握手を交わした。この同盟がいつ、どのような形で終わるのか……それは彼等と自分達次第であった。

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