Game26:ファイナル・ギミック

 中央のホテル棟に入った一行。


「……!」

 しかしそこですぐに足を止める事となった。ホテルに入ってすぐは広いロビーとなっている。ラウンジも兼ねたそのフロアは本来ならソファやテーブルなどが並んでいるはずだったが、それらの家具や調度品は全て脇に避けられていた。


 その広々としたスペースの中央に小さなパイプ椅子が置かれていた。そしてその椅子に脚を広げて腰かけている一人の男がいた。


 アンジェラはその男の顔に見覚えがあった。というより非常に良く知っている相手であった。そして……先程ヴィクターとダミアンに遭遇した事から、恐らくと予想していた相手でもあった。



「やはり……お前もいたのか。ギュンター!」



 アンジェラの声に反応して、その男――ギュンターが椅子からゆっくりと立ち上がる。


「お久しぶりですね、隊長。まさかこんな場面であなたと再び相対するとは思ってもみませんでしたよ」


 ギュンター・ヘルマン。かつてアンジェラが隊長を務めていた傭兵部隊で副隊長だった男。彼女は罠に嵌めた男。そして……万全の状態でのアンジェラに勝るとも劣らない実力を持った腕利きの傭兵でもある。


「あなたが中々死なないから若社長が焦ってましてね。お陰でこんなゲームに参加する羽目になってしまいましたよ」


「ギルバートが……」


 ベルゲオン社のCEOであるギルバートは、アンジェラにとってかつての雇い主であると同時に、恋人でもあった。元々とある目的で近付いただけであったのだが、いつしか本気で彼の事を愛するようになっていた。


 しかしある時アンジェラが行っていたスパイ活動が発覚し怒り狂ったギルバートは、ギュンターに命じて彼女を罠に嵌めて投獄したのだ。裏切られた、と思ったが、よくよく考えれば彼の事を最初から裏切っていたのは自分だった。だから投獄されても、このデスゲームに追いやられても彼の事を恨むまいと己を律してきた。


 しかしギルバートはそれだけでは気が済まなかったらしい。あくまでも心折れないアンジェラの姿に、遂に彼女を殺す事を決意したのだ。


(これが……あなたの答えなのだな、ギルバート)


 深い悲しみの感情と共に、彼との完全なる訣別を決意した。




「因みに……皆さんの求めているモノはここにあります」

「……!」


 ギュンターがそう言って掲げたのは……EBSのロゴが入った銀色の小さなケース。それはあのオリエンテーションでプロデューサーが見本として提示したモノと同じケースであった。


「そ、そいつは……『キー』かい!?」


「ええ、その通りです。私が『最終ギミック』という訳です」


 目の色を変えるナタリアにギュンターは一礼する。


「ただし私もプロの傭兵です。ゲームに参加した目的は彼女の抹殺ですが、『最終ギミック』として雇われた以上この『キー』の奪取は全力で阻止させて頂きます」


 そう言って『キー』の箱を椅子の上に置くと、愛用のコンバットナイフを抜いた。その隙の無い構えと発散される圧力に、すぐにでも『キー』に駆け寄りそうな勢いだったナタリアとアダムも足を止めた。


「早まるな。奴は殺しのプロだ。不用意に攻め掛かればこちらが死ぬぞ」


「……! じゃあどうするんだい?」

「うむ、それは……」


「――作戦会議なんてさせると思いますか?」

「……っ!」


 アンジェラが何か言い掛けた時には、ギュンターがナイフを構えたまま一直線に突撃してきた。恐ろしい程の踏み込みの速さだ。


「ぬらっ!」


 アダムが咄嗟にスレッジハンマーを薙ぎ払う。まともに当たれば側頭部を直撃する軌道だったが、ギュンターは僅かに身を屈めて最小限の動きでそれを回避した。そして反撃にナイフを煌めかせる。


「ちっ……」

 アダムが咄嗟に飛び退く。するとギュンターはそれを追撃する事無く……ナタリアに向かって迫る。


「……っぁ!?」


 ナタリアは顔を青ざめさせて後退しようとするが、手錠足錠の拘束がそれを鈍らせる。腕利きの傭兵であるギュンターから逃れる事は到底適わず、為す術も無くその心臓にナイフが吸い込まれる――


「危ないっ!」


 ――寸前でローランドが突き出した槍がそれを阻んだ。しかしギュンターは驚異的な身のこなしで槍を躱すと、突き出された柄の部分を掴み取った。そして物凄い力で牽引した。


「……!」

 瞬間的な力に抗えずにローランドが前につんのめる。無防備に体勢を崩した彼の頭にギュンターのナイフが迫る。


「ふんっ!」


 だがそこに背後からアダムがハンマーを振り下ろしてきた。ギュンターはまるで後ろに目が付いているかのように、半身を逸らして打ち下ろしを回避した。そして振り返り様にナイフを一閃。


「ぎっ……!?」

「アダム!?」


 アダムは再び飛び退いたが今度は回避が完全には間に合わず、その太い左腕に鋭い裂傷が走った。アダムがスレッジハンマーを取り落とす。ナタリアの悲鳴。


「くそっ!」


 そこに体勢を立て直したローランドが、槍を手放して懐から抜いた電磁棒のスイッチを入れて打ち掛かった。電気ショックがまともに当たればその時点で決着だが……


「ふ……」


 ギュンターは慌てる事無く冷静にローランドの動きを見切って、その手首を掴み取った。凄まじい膂力と握力にローランドが電磁棒を取り落とす。そこにギュンターの蹴りがローランドの腹にめり込んだ。


「ぐぶっ!」


 鍛え抜かれた兵士であるギュンターの、それも武骨なコンバットブーツに包まれた脚による蹴りは、ひ弱なローランドの身体に深刻なダメージを与える。ローランドが吐血した。内臓に打撃を受けたのだ。


 吐血しながら両膝を着くローランドに、容赦なくギュンターのナイフが振り下ろされる。脳天に突き刺さる軌道だ。


「うおおぉぉぉっ!!」

「……!」


 だがそこにアンジェラが体当たりを敢行してそれを阻止した。まさか手錠足錠で拘束された彼女が向かってくるとは予想外だったらしく、ギュンターは一瞬動揺した。だがベテラン傭兵の目ですぐにその『攻撃』が脅威ではないと判断したらしく、その口の端が吊り上がった。


「むん!」

「う……!?」


 屈み込んで足払いを仕掛けると、アンジェラはそれに抗う事が出来ずに無様に転倒した。そこに素早くギュンターが圧し掛かってくる。手錠足錠で拘束されているアンジェラは碌に抵抗できずに、容易く胴体に跨られてマウントポジションを取られてしまう。


「く……!」

「くふふ……勝負ありですね、隊長」



 悔し気に呻くアンジェラの喉元にナイフを突きつけながら嗤うギュンター。完全なるチェックメイト。先制攻撃を仕掛けたとはいえ、アダムとローランドを同時に相手にして終始優勢で二人に手傷を負わせ、そして今こうしてアンジェラの命を手中に収めた。これまでの人間の敵達とは格の違う圧倒的な強さであった。



「ふふ、鬼のエイマーズもこのザマでは戦い様がありませんね。あなたとは一度本気で戦ってみたかったんですが、残念ですよ」


「ほ、本気でだと……? だったらなぜあの時麻酔銃などを使ったのだ、臆病者め! 私に勝つ自信が無かったからであろうが!」


 嘲笑うギュンターに対して手が出ないアンジェラはせめてもの抵抗に相手を罵るが、ギュンターは肩を竦めただけだった。


「挑発しようとしても無駄ですよ。あの時は若社長からあなたを殺すなと言われていましたのでね。流石にあなた相手に、手加減して殺さずに制圧する事は不可能だと判断したまでです」


「ぐ……」

 あっさりといなされてアンジェラは唸った。因みに吐血しているローランドは勿論、グリーンチームの二人も動く事が出来なかった。彼等がアンジェラを無視して攻撃を仕掛けたり、または『キー』を強奪しようとすれば、ギュンターは即座にアンジェラを殺して自分達にターゲットを絞る事が解っていたからだ。





 今の攻防から判断して、一対一ではアダムでも分が悪いとナタリアは判断していた。ましてや隙を突いて再び自分を狙われたりしたら、今度はローランドの援護もないので死は免れない。


「くそ……流石『最終ギミック』は伊達じゃないって事かい」


 相手の男はアンジェラと旧知の仲らしいので言葉を交わす為に殺さずにいるが、それが済んだら容赦なく殺すだろう。そうなったら次は自分達の番だ。あの男がアンジェラとの会話を終える前に打開策を講じなければならない。


 だが流石に咄嗟には何も思いつかなかった。ローランドはダメージで動けないし、アダムを突撃させようにもその前に確実に男のナイフがアンジェラの喉を抉るだろう。それ自体は構わないが、それによって奴と一対一の状況になるのは避けたい。


 打開策が思いつかずに焦るナタリアだが、その時視界の端に光る物が映った。「うん?」と思って視線を向けた時には、『ソレ』は起こっていた。





「では……さよならです、隊長。恨むなら若社長を恨んで下さいね?」

「……っ!」


 万事休すとなったアンジェラは思わず身を固くする。ギュンターが哄笑しながらナイフを突き刺そうとする。その時――



 ――光が煌めいた。



「……ぁぃっ!?」

 ギュンターが苦鳴を漏らしてナイフを取り落とす。その手の甲に……尖ったガラスの破片が突き刺さっていた。


「何奴――」


 しかしそれでも鍛え抜かれた軍人であるギュンターは、誰何しながらも素早く体勢を立て直して立ち上がろうとするが……


 再び光が煌めいた。


「がっ……!」

 今度はその目に正確にガラスの破片が突き刺さった。流石に怯んだ所に三度風を切る音が響き……


「……っ!!」


 ギュンターの喉に深々と今までより大きなガラスの破片が突き刺さった!


「ご……が……」


 ギュンターは信じられない物を見るような目で、自分の喉に突き刺さったガラスの破片を片目で見下ろし……白目を剥いて崩れ落ちた。



「な…………」


 アンジェラも、ナタリアもアダムも、そして勿論ローランドも……。誰もが唖然として言葉も無かった。何が起きたのか理解できなかった。どこからともなく飛んできたガラスの破片が正確にギュンターの急所に突き刺さり、彼を殺してしまったのだ。


 信じられない面持ちでアンジェラはゆっくりと上体を起こす。そしてガラスの破片が飛んできた方向を見やる。ナタリア達も同様に視線を向ける。


 彼女らが見つめる先……ホテルのロビー入り口付近の大きなエスカレーターの残骸から姿を現したのは、一組の男女。女の方は後ろ手錠と足錠で拘束されている。そして彼等の着ているシャツとタンクトップの色は……黒。


 今、デスゲーム『ダムセル・イン・ディストレス』は最終局面を迎えようとしていた。

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