Game25:過去からの刺客
最初に入ったビルは、大手自動車メーカーの本社となっていたビルだ。当然だが内部は朽ち果てており、入ってすぐのホールと思しき場所には展示車や試乗車の残骸が、至る所に乱雑に散らばっていた。
『キー』がある場所はこのビルを抜けた先、中央にあるホテルの支配人室だ。よってここは通り過ぎるだけの場所だ。だが……
「……何か気に食わないねぇ」
ホールに散らばる車の残骸を眺めながらナタリアが呟く。アンジェラもそれには同意だった。先程から彼女の第六感とでも言うべき感覚が盛んに警鐘を鳴らしている。
「ああ……このままあの車の群れを通り過ぎるのは自殺行為だな」
車の残骸には身を隠す場所がいくらでもある。不用意に分け入ればどこから不意打ちを喰らうか解ったものではない。あのカジノホテルでのスロットマシンエリアを思い出した。同時にそこで女性の方が奇襲を受けて脱落したブルーチームの姿も。
車の陰から忍び寄られて無防備な女性陣を狙われるのは非常に不味い。ブルーチームの二の舞だ。
「どうする? 罠にみすみす飛び込む気は無いよ」
「ああ、解っている。……こちらから行くのが不味いなら連中から出てきてもらうしかないな」
「連中から? そんな事が出来るのかい?」
ナタリアが首を傾げる。アンジェラは少し意地の悪い笑みを受かべて彼女を見た。今度はこちらが試す番だ。
「出来るさ。忘れたか? これは『デスゲーム』だぞ? それも全国ネットで生中継されている、な」
「全国ネットでって、そりゃそうだけど、それが何か…………あっ!」
ナタリアがハッとしたようにアンジェラの顔をまじまじと見つめてきた。どうやらこれだけのヒントで気付いたらしい。やはり頭の回転が速い。因みに相方のアダムの方はそもそも考える事を放棄している様子だった。
「そうか……くく、なるほどねぇ。視聴者の皆様やプロデューサーに隠れ場所から蹴り出して貰おうって訳かい」
楽しそうに口の端を吊り上げるナタリア。つまりはあのカジノホテルで『怪人』を釣り出した時と同じ要領だ。
「ああ。幸いこっちには我々の分とお前達の分を合わせれば、まだまだ水や食料にも余裕がある。尤もそんな持久戦になるまでもなく、視聴者やプロデューサーが焦れる方が遥かに早いだろうがな」
「あはは、気に入ったよ! 精々高みの見物してる奴等を、やきもきさせてやろうじゃないか!」
ナタリアはこの作戦が気に入ったようだ。ローランドとアダムにも方針を伝えると、全員でその場にドッカリと座り込んだ。ここを動く気は一切ないという意思表示だ。男性陣はリュックから水を取り出し、相方に飲ませてから自分も口を付ける。その場で齧って食べられるような固形栄養食を齧る。徹底持久戦の構えである。
そんな感じで時間にして精々五分程度だろうか。廃車の残骸から気配が動いた。
(ふん、思ったより早かったな。堪え性のない奴等め)
心の中で視聴者達を嘲る。他のメンバー達に視線で合図を送る。ナタリアも頷いた。ローランドとアダムは素早く相方を抱き起して立ち上がらせる。
その時には既に車の残骸から二人の人間が現れていた。だがその姿を見たアンジェラの目が大きく見開かれた。その二人は今までのギミックとは違って、仮面やヘルメットで顔を隠しておらずその素顔を露出させていた。だから……解ってしまった。
「お、お前達……ヴィクター!? それにダミアン!? な、何故ここに……!?」
「あん? 知り合いかい?」
ナタリアの問いに頷く。見間違うはずがない。何故なら彼等は……
「ああ……ベルゲオン社にいた頃の、私の部下達だ……!」
二人の内、ヴィクターが前に進み出てきた。
「お久しぶりです、隊長。お元気そうで何よりです」
「……っ。貴様ら……」
彼等は皆ベルゲオン社に買収されて、隊長たるアンジェラが罠に嵌められるのを黙認したのだ。そして彼等がここにいるという事は、
「彼の……ギルバートの差し金か?」
「お察しの通りです。他の連中はただ金を貰って買収されただけでしたが、俺達は特にあなたへの恨みが深かったので、この仕事に名乗り出たんですよ」
「恨みだと!?」
アンジェラが聞き返すと、今まで黙っていたダミアンが口を開いた。その目は彼女に対する憎悪に濁っていた。
「ああ……そうだよ、クソ女が! 年下の、女の分際でいつも偉そうに指図しやがって! しかも人の事を落ちこぼれ扱いして、特訓だとか抜かして何度も叩きのめしやがって……。毎日、テメェを滅茶苦茶に犯し尽くしてぶっ殺す夢を見ない日は無かったぜ」
「……っ!」
かつての部下から混じり気ない憎悪を叩きつけられてアンジェラは硬直する。そんな風に思われていた事を全く想像していなかった。厳しい訓練を課していたのは、あくまで彼等が任務で死なないようにする為だ。彼等自身の為だった。
ヴィクターがショックを受けているアンジェラを嘲笑う。
「くくく……まあ、そういう訳です。そんな私達にとって、あなたがそうやって無様に拘束されて抵抗できない状態というのは最高のシチュエーションでしてねぇ。たっぷりと今までのお礼をして差し上げますので覚悟して下さい」
ヴィクターとダミアンがコンバットナイフを抜いて向かってくる。アンジェラはそれを呆然と眺めていた。部下に裏切られた原因が自分にもあったという事実が彼女にショックを与えていた。能力的には優れていても、若い女性の身空である。このような経験は初めての事であった。
かつての部下達はそんな彼女に容赦なく迫り、嬉々としてナイフを突き出そうとするが……
「アンジェラッ!!」
ダミアンに向かって槍が突き出される。ダミアンは舌打ちして飛び退った。そこには亡きディエゴから受け継いだ槍を突き出した姿のローランドが。
「俺らを無視すんじゃねぇっ!」
「うお……!?」
ヴィクターの方には怒号と共にアダムのスレッジハンマーが振り下ろされる。人の頭を軽々と砕く凶器からヴィクターが慌てて距離を取る。その隙にナタリアが怒鳴る。
「ボサッとしてんじゃないよ! アンタ達にはまだ働いてもらわなくちゃならないんだ! こんな所でアッサリ死ぬなんて許さないよ!」
「……!」
ナタリアの発破に、呆然としていたアンジェラの意識が覚醒する。そこに更にローランドが喝を入れる。
「アンジェラ! 彼等が何と言おうと、僕にとって君は命の恩人だ! 君がいなければ到底ここまで来れなかった! そしてそれは今も同じだ。僕はこれから彼に戦いを挑む。君の助けがなければ絶対勝てずに死んでしまうだろうね。僕を助けてくれ……!」
「……っ!」
ダミアンに槍を向けて牽制しながらローランドが彼女に助勢を求めた。感謝され助けを求められ、助けざるを得ない状況……。それは今の彼女にとって最高の気付け薬となった。靄が掛かっていた意識が急速にクリアになる。
(そうだ……私は何があっても生き延びると誓ったのだ! そして私だけでなくローランドの命も護らねばならん……!)
「済まん、ローランド。もう大丈夫だ! 奴の動きに惑わされるな。お前はとにかく奴を牽制して釘付けにする事に専念しろ。そして私が合図したら、何も考えずに槍を突き出せ!」
「アンジェラ……! 解った! 任せてくれ!」
復活したアンジェラの様子に嬉し気に頷くローランド。少し離れた所では既にヴィクターとアダムの戦いが始まっていた。
「ちぃ! 邪魔だ、デカブツがっ!」
「うるせぇ! テメェらの事情なんざ知った事か!」
激しく争う二人。アンジェラ達はそれに巻き込まれないように距離を取りながら、目の前のダミアンに集中する。
「お前みたいなインテリ眼鏡が俺に勝てると思ってるのか?」
「僕一人じゃ無理だろうね。でも今は彼女がいてくれる」
「はっ! 手足を拘束された無力な女に何が出来る!」
ダミアンが嘲笑しながらナイフを構えて再び距離を詰めてくる。しかしローランドは無理をせずに、アンジェラの指示通りにリーチの長い槍の穂先でダミアンを牽制して寄せ付けない。
ローランドもこれまで死線を潜り抜けてきた経験で、武器の扱いと人を傷つける覚悟が養われていた。既にゲーム開始直後とは別人だ。その動きは中々堂に入ったもので、ダミアンを上手い事遠ざけその場に釘付けにする。
しかしそれでもこれが一対一の戦いであれば、兵士としての経験と訓練を積んだダミアンがいずれはローランドの隙を見つけて勝利していただろう。だがここにはアンジェラもいる。
(ダミアンよ、忘れたか? その手足を拘束された無力な女は、かつてお前を鍛え上げた教官でもあった事を……!)
アンジェラはわざと鎖の音を鳴らしながら自分の姿をダミアンの視界に入れつつ、彼の背後を取る為に回り込むような挙動を取り始める。
(お前の弱点は……)
「……っ!?」
露骨にアンジェラの動きを警戒したダミアンの注意が、完全に彼女の方を向く。しかしそれは眼前で向き合うローランドにとっては大きな隙となる。
「今だっ!!」
「……!」
アンジェラの鋭い声にローランドは反射的に従う。彼から見て横を向いた形のダミアンは、コンバットアーマーから露出した脇腹を晒していた。ローランドは無我夢中でその脇腹目掛けて槍を突き出した。
――ズシュッ!
「お…………」
自分の脇腹に深々と突き刺さった槍の穂先を、不思議な物でも見るような目で見下ろすダミアン。その口から血がこぼれ出す。ローランドが槍を引き抜くと、傷口からも大量の血液が流れ落ちる。どう見ても致命傷だ。
「ば、かな……」
膝を着くダミアンをアンジェラは冷たい目で見下ろす。
「……訓練の時いつも言っていただろう。お前は注意力が散漫だから、もっと目の前の敵に意識を集中しろと。『拘束された無力な女』に気を取られ過ぎたのがお前の敗因だ」
「……!」
ダミアンは目を見開いた。結局彼はアンジェラへの潜在的な恐怖や苦手意識を克服出来てはいなかったのだ。彼女を必要以上に意識して警戒してしまった。それを悟ったダミアンだが、その口から言葉が発せられる事は無く、ただ血を吐き出してゆっくりと前倒しになった。そして二度と起き上がってくる事はなかった。
「馬鹿な奴だ……」
その死体を見下ろすアンジェラの心に去来したものは、勝利への興奮や裏切り者への憎しみなどではなく、ただ憐憫のみであった。
「ふん……確かにアンタ達いいコンビみたいだね。大したモンだよ実際」
ナタリアが近付いてきた。いつの間にかあちらも終わっていたようだ。見ると首の骨を折られたヴィクターの死体が転がっていた。アダムはハンマーを手放していて、どうやら素手で決着を着けたようだ。
仮にも訓練された兵士であるヴィクターを正面から苦も無く打ち破るとは、頭は足りないようだがその強さだけは本物だ。そこにナタリアの頭脳が加わる事で、脳筋ならではの脇の甘さや隙の多さを補っている。彼等の方もまた極めて相性の良いコンビだ。
他チームを蹴落としてここまで辿り着いたのは伊達ではない。最終ギミッククリアまでは心強い味方だが、その後は恐ろしい敵となるのは間違いない。
アダム自体を殺す事は至難の業だろう。やはり何とかして隙を突いてナタリアを殺す以外に方法はなさそうだ。だが他ならぬナタリアがそれを解っていないはずはない。
(厄介だな……)
最終ギミック以外にも頭を悩ませる問題に、アンジェラは内心で舌打ちしていた。
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