Game24:二人の女傑
『ははは、ほらほら。もういい加減機嫌を直してくれよ、デボラ?』
『……あなたはいいですよ、マックス。ホワイトチームは無事に勝ち抜けましたからね! グリーンチームの奴等があの土壇場で裏切ったりしなければ……。いえ、そもそもパートナーがジョージーナだったのが最悪なんですよ! パートナーがあの役立たずの腰抜け女じゃなかったら、アルフレートは絶対に勝ち残ってたはずなのに……!』
『ははは、まあそれはそうかも知れないねぇ。ゲーム開始前は女性陣は拘束されてるからオッズには殆ど関係ないと思われてたけど、蓋を開けてみれば案外重要な要素だったんだねぇ。アンジェラとナタリアは男性側からすると確実に『当たり』のパートナーだったね』
『ホントにそうですよぅ。でもでも……次の最終ギミックでは、その二人の『当たりくじ』同士がかち合う事になる訳ですよね。どんな展開になるか目が離せませんね!』
『お? ようやくいつもの君に戻ったね! 本当にその通りだね! 二チームが脱落し、ゲームはいよいよ終盤! 最終ギミックが待ち構えるルネサンス・センターが舞台となるよ! グリーンチームとホワイトチームは、これまでのギミックを攻略してきた狡猾さと強運で最終ギミックもクリアできるのか!? またまた互いをどう潰し合うのか!? アンジェラとナタリア、二人の女傑のせめぎ合いにも乞うご期待!!』
『新ルールのデスゲーム『ダムセル・イン・ディストレス』はいよいよクライマックスを迎えます! 視聴者の皆様、会員の皆様は是非チャンネルはそのままで!!』
****
ルネサンス・センター。街の南部、デトロイト川を背にした場所に建つ巨大複合施設だ。川を越えるとそこはもうカナダだが、その前に聳え立つ巨大な壁が視界を遮る。
ルネサンス・センターは、いくつもの高層ビルが連結されて一つのモールを形成しているのが特徴だ。ビル群にはオフィス、銀行、レジャー施設、ホテルなど様々な事業体がテナントを持ち、今はもうないかつての大手自動車メーカーの本社ビルがあった事でも名高い。
「……着いたね。ここがルネサンス・センターだ」
ローランドがビル群を見上げて呟く。
「ここか……。ここに『キー』があるのだな」
後ろ手錠と足錠を着けたままの姿のアンジェラも、釣られて上を見上げる。遂にここまで来た。ここが『最終ギミック』だ。ここをクリアすれば、もうゴールは目前だ。絶対に生き延びてこの悪趣味極まるゲームをクリアしてみせる。アンジェラは改めて固く決意していた。
「念の為もう一度メモを確認しておこう。『キー』の場所はどこだった?」
アンジェラの言葉にローランドは慌ててメモを取り出す。
「あー……五つの高層ビルは互いに連結されてるんだけど、その中央の円形のビルだね。かつては巨大なホテルだったらしくて、その支配人室に『キー』があるみたいだ」
「支配人室か……。あまり高層でなければ良いのだがな」
当然この場所に電気は来ていないはずなので、エレベーターは使えない。全て階段で上がっていく事になる。特にアンジェラは手足を拘束されているので、階段を昇るのにも普段より余計に神経と体力を消耗させられるので尚更だ。
「まあ、ボヤいていても仕方ない。行くか。周囲を充分に警戒しろ」
アンジェラに促されてローランドも神妙に頷いた。既に最終ギミックの領域に踏み込んでいる可能性もある。ここまで来て不意打ちで殺されましたでは洒落にならないので、最初から警戒は怠らずに慎重に施設の中に踏み込む。と……
「む……止まれ、ローランド!」
「アンジェラ?」
戸惑いながらも指示に従うローランド。アンジェラはビルの入り口を鋭い視線で睨み付ける。
「……出てこい。そこにいるのは解っているぞ」
「え……!?」
アンジェラの様子と言葉に、ローランドは慌てて武器を構えてビルの入り口を注視する。すると、
「へぇ……流石にここまで生き残ってきただけあるね。大したモンだよ」
「……!」
若い女の声。その時点で『ギミック』ではなく、他の参加チームだと類推できた。果たして入り口の陰から姿を現したのは、アンジェラと同じく両手両足を拘束されたタンクトップとショートパンツ姿の女であった。タンクトップの色は……グリーン。
そしてその後ろから現れた相方を見てローランドが目を剥いた。それは優に二メートルを超える筋骨隆々の巨漢であったのだ。その肩には巨大なスレッジハンマーを担いでいるが、そんな物を使わなくともその太い腕と拳だけで充分凶器になりそうであった。
「……もう一方のルートの生き残りか」
アンジェラの側のルートでは、自分達ホワイトの他にブルーとイエローの三チームだった。となるともう一方は残り三色、即ちレッド、グリーン、及びブラックだったはずだ。
他の人間の気配は感じられない。このグリーンチームのみが生き残ったという事だ。
(意外だな。いや、そうでもないのか……?)
ゲーム開始前のオリエンテーションで見た限りでは、レッドとブラックの男はかなりの実力者だったはずだ。特にブラックの男はアンジェラでさえ肌が粟立つ程の、極めて剣呑な空気を醸し出していた。向こうのルートにも同等レベルのギミックが配されていたとしても、あの連中がそう簡単に脱落したとは思えなかった。
そう……彼等『単身』であれば。
最もひ弱だったローランドがアンジェラのサポートによって生き残ったように、逆にパートナーに足を引っ張られたという可能性は大いにあり得る。
そこがこの互いの命が繋がった『ダムセル・イン・ディストレス』の悪趣味で先が読めない所以で、男だけが突出して強くてもそれだけでは駄目なのだ。ただ守れらるだけの受動的な女がパートナーだった場合は、男の方はその力を十全に発揮できず、思わぬ所で足を引っ張られて共倒れする事になる。
逆にアンジェラのように能動的に動いて作戦も立てられる女なら、パートナーの力を存分に発揮させる事ができる。恐らくこのグリーンの女はアンジェラと同じタイプなのだ。最初に話しかけてきた態度からも、グリーンチームの主導権を握っているのは間違いなくこの女の方だ。
その意味ではレッドとブラックが脱落して、このグリーンが生き残ったというのも納得はできた。
「ふふ……アンタ、相当のやり手だね。そのヒョロい坊やをここまで生き延びさせてきたのもアンタの力だろ? アンタだったら、アタシらがここにいる理由も解ってるんじゃないかい?」
女もこちらのチームを見て、即座にアンジェラと同じ結論に至ったようだ。興味と警戒が綯い交ぜになった口調で問い掛けてくる。
「……この先には『最終ギミック』が待ち構えているはず。それをクリアするまでは共闘しようという事か」
「ご名答。話が早くて助かるねぇ」
女は不敵に笑って肩を竦めた。
「アンタ達にとっちゃ悪い話じゃないだろ? ここで互いに殺しあったら結果は火を見るより明らかだ。このアダムの腕っぷしは本物だよ。その坊やには絶対勝ち目は無い」
「だがここで我等を殺しても、お前達だけで最終ギミックをクリアできる保証がない」
「そういう事。何が待ち構えてるかすら不明なんだからね。どうせアンタらだって、ここに来るまでの間に脱落した他のチームと『同盟』を組んでたんだろ? 特に『サード・ギミック』と『フォース・ギミック』は、単体チームだけじゃクリアは難しかったはずだしね」
「……まあ、な」
当然というか向こうのルートも難易度はほぼ同じだったらしい。アンジェラは即断した。女の言う事は尤もだし、今のアンジェラ達に他の選択肢がある訳でもない。この場でローランドとあのアダムとかいう大男を戦わせるのは極めてリスクが高いし、仮に奇跡的に勝てたとしても女が言うように『最終ギミック』の攻略は困難だ。
「いいだろう。お前達と手を組もう」
故にこの場ではこの結論以外に選択肢はなかった。女は満足げに頷いた。
「よし決まりだ。安心しな。『キー』が見つかるまでは裏切りやしないよ。ただしその後は……」
「勿論互いに敵同士だ。これまでの『同盟』もその条件だったからな」
「あはは! ホントに話が早いねぇ。気に入ったよ! ところでアタシはナタリアだ。こっちはアダム」
「……アンジェラだ。こっちはローランド」
名乗り返すと、ナタリアは何故かローランドの名前に反応した。
「ローランドだって? どっかで見た顔だと思ってたんだけど……アンタまさか、ローランド・ダンクワースかい? 『スピッツ』だっけ? あの一時期アメリカとロシアを騒がせた凄腕ハッカーの……?」
「……っ!」
ローランドが顔を青ざめさせる。それは肯定しているのと同じ事だ。アンジェラも『スピッツ』の名前は聞いた事があった。ある時期を境に自然消滅して、きっと逮捕されたのだろうと噂になっていたが、まさかローランドがその本人であったとは。
このゲームに参加させられる男性陣は、皆懲役百年前後の凶悪犯ばかりだったはずだ。初めて人を殺して嘔吐していたローランドのような男がそこまでの凶悪犯罪を犯したとは思えず不思議ではあったが、個人的な事情に踏み込むのも躊躇われて聞かず終いだった謎が思わぬ所で氷解してしまった。
「な、なんで、それを? 僕の罪状は当時のメディアには公開されていなかったのに……」
「アタシの『客』には連邦政府筋のお偉いさんも何人かいてね。そっち経由で聞いてたのさ」
ナタリアはアンジェラとローランドの様子を見て、少し面白そうな表情になる。
「なんだい、アンタ達。お互いの素性や罪状を話してなかったのかい? 相互理解は信頼の第一歩だろ? ま、アタシらには関係ない話だけどね」
「く……!」
揶揄するような口調にアンジェラは歯噛みする。だが彼女の方も自分の罪状や背景などを詳しくローランドに説明した事はなかったのでお互い様だ。
「しかし折角の凄腕ハッカー様も、このコンソールは愚か電気すらない場所じゃ、ただのヒョロガリ眼鏡くんって訳だね。こいつは傑作だよ!」
「……っ」
嘲りを含むナタリアの言葉にも反論できず、顔を赤くして俯くローランド。それを見ていたアンジェラの中にムクムクと反抗心が頭をもたげる。
「ふん……そのヒョロガリ眼鏡くんはこれまでのギミックを全てクリアしてきているのだぞ? 確かに私がサポートした場面もあるが、それでも敵を直接倒してきたのはこのローランドだ。少なくとも私にとってはそこの脳ミソまで筋肉で出来てるような木偶の坊より余程頼りになるパートナーだ。精々見くびっているがいい。最後に笑うのは私達だ」
「ア、アンジェラ……」
「んだと、テメェ!?」
顔を上げたローランドは少し感動したように瞳を潤ませ、対照的にアダムはいきり立って詰め寄ろうとする。
「アダム、やめな! ……悪かったよ、お二人さん。少なくともこれから最終ギミックで共闘しようって相手に取る態度じゃなかったね。確かにここまで勝ち残って来た以上、アンタ達は間違いなく強いさ。謝罪するよ」
意外な程素直な態度に、アンジェラは毒気を抜かれる。
「む……そうだな。ここでいがみ合っていても始まらん。お互いに余計な事は忘れるとしよう」
必要があれば躊躇いなく下手に出る事もできる。女……特に若く美しい女は自尊心が強く感情的になりがちで、それが出来る者は意外と少ない。やはりこのナタリアはかなりの策士だ。油断ならない。アンジェラも対抗して余計な感情は引き摺らずに躊躇いなく捨てる。
「ふふ、そうこなくちゃ。それじゃ自己紹介と意思の疎通が出来た所で、ぼちぼちクリアに向けて動き出そうじゃないか」
「賛成だ」
アンジェラもそして勿論ローランドも反対する理由はなく、ホワイトとグリーンの二チーム四人は油断なく警戒しながら、改めてルネサンス・センターの内部へと踏み込んでいった。
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