Game23:他チームの動向(6)
同時刻。レッド、グリーンチーム。
コメリカ・パーク。元々はデトロイトをホームタウンとしていたデトロイトタイガーズという球団の本拠である野球場だ。球場の入り口にはチーム名を象徴するように、大きな虎を象ったモニュメントが鎮座しているのが特徴的だ。しかし……
「おいおい……コメリカ・パークで待ち構えているのが『本物の虎』だと? 冗談きついぜ……!」
アルフレートが広いコートの視界の先にいるモノの姿を認めて呻く。
「いや、ある意味ではこの場所にこれ以上ふさわしい奴もいないだろうねぇ。全く……あのネイサンって男はホント、お約束ってのを弁えてるよ」
ナタリアも口元を引きつらせ、額に冷や汗を浮かべる。彼らの視界の先……十数メートル程の地点に、この場所で待ち構える『ギミック』がいた。
それは人間ではなかった。鋭い爪の生えた力強い四肢。獲物を噛み裂く太い牙。そして……特徴的な黄色と黒の縞模様の毛皮。
虎であった。それもかなり巨大な、恐らくシベリアトラの成体だ。こちらを見ながら姿勢を低くして獰猛な唸り声を上げている。非常に危険な兆候だ。
「ひ、ひぃ……」
それを見たジョージーナが早くも涙目になって腰を抜かし掛けていた。アルフレートは素早く彼女を後ろに庇う位置取りになる。
「大丈夫だ、ジョージーナ。こっちは二人で俺は武器を持っている。アダムは肉体自体が凶器みたいな物だ。虎が相手でも問題はないさ」
アルフレートが激励するも彼女は青白い顔のままだ。
地図を辿ってこの野球場に辿り着いた一行は、グラウンドの中央に段ボール箱が置かれているのにすぐに気付いた。箱には今まで通り補充用の物資と、次のポイントのヒントが同封されていた。しかし今までと異なる点として、メモにはルネサンスセンターの名称と場所、そして『Key』という文字が書かれていた。
次が最終ギミックだと確信した一行は喜び勇んで球場を後にしようとした。そこに現れたのがこの眼の前の虎という訳だ。
(ち……まさか人間以外の猛獣をギミックに投入してくるとはねぇ。あの虎と正面からやり合ったらアダムでも危険そうだね)
ロシア生まれのナタリアはシベリアトラの恐ろしさも良く知っている。ヤツにとっては人間など脆弱で愚鈍な獲物に過ぎない。虎を素手で殺しただの何だのという話は全てフィクションだ。野生の虎と実際に相対したら、それらが如何に馬鹿げた非現実的な話なのかが一瞬で理解出来る。少なくともアダムと一蓮托生の状態で、試しに戦ってみろというのは彼女自身のリスクが大きすぎる。
虎はこちらの人数が多いためか警戒しているようで、すぐには襲いかかってこない。しかしこちらを獲物として認識しているのは確かで、このまま何事もなくここから脱出するのは難しいだろう。そもそも自分とジョージーナは手錠足錠で拘束されているので、虎に追跡されたら振り切る事は不可能だ。
と、その時遂に均衡が崩れ、虎が唸りを上げて襲いかかってきた。
「くそ!」
アルフレートがサーベルを振り下ろす。だが虎はその巨体からは考えられないような軽快な動きでサーベルの切っ先を躱すと、お返しとばかりに前脚で引っ掻いてきた。
「ちっ……!」
アルフレートは慌てて飛び退くが、胴体にかすり傷を負った。そのまま虎が追撃しようとする所に、
「おらっ!」
アダムが背中に背負っていたスレッジハンマーを振りかぶって叩きつける。だが虎はそれも素早く躱すとアダムにも牙を剥いてきた。アダムがハンマーを振り回して牽制するとそれ以上は追撃してこない。この虎はどうやって覚え込ませたのか、人間の武器の危険性を理解しているらしい。
アダムとアルフレートは武器で虎を牽制するが、中々踏み込んで攻撃ができない。それをやるとカウンターで反撃を食らう確率も上昇する。虎の牙や爪の鋭さや力強さを考えると、重傷を負ってしまうリスクが高い。身体だけが資本のこのゲームで重傷を負う事は、即ち死と同義だ。
実はこちらの戦力は二人いるので、虎に確実に攻撃を当てる方法はある。それは……片方を囮にする方法だ。四足獣が人間を襲う場合、必ず押し倒して上に伸し掛かるような姿勢となる。だがそれは第三者から見れば極めて無防備な姿勢でもあるのだ。
勿論問題はある。囮となった方は極めて危険で死、そうでなくとも重傷を負う可能性がかなり高いのだ。当然自発的にどちらかがその役を申し出る事などあり得ない。
(自発的に申し出ないなら……そうせざるを得なくしてやるまでさ!)
「アダム、退きなっ!」
「……!」
命令に従ってアダムが大きく後ろに飛び退ったのを確認してから、隣で震えているジョージーナを思い切り突き飛ばす。両手が使えないので肩ごとぶつかるような体当たりで突き飛ばしたのだ。
「あっ!?」
ただでさえ震えていて立っているのがやっとの所に、全く予期していなかった不意打ちを受けて、ジョージーナは無様に転倒する。そして一旦倒れてしまうと、後ろ手錠と足錠のせいで中々起き上がる事ができない。焦って不格好に身体をもがかせるジョージーナ。ナタリアはその間に出来るだけ距離を取る。
武器を持った男達相手に攻めあぐねていた虎にとって、地面に伏した襲いやすい体勢で無防備に『食欲をそそる』動きをしている女は格好の獲物に映った事だろう。虎が明確にターゲットを変更した。
「ジョージーナ!? くそ、貴様ら……!」
ナタリア達の裏切りを悟ったアルフレートが憤怒の形相になるが、その時には虎がジョージーナ目掛けて飛び掛かっていた。
「クソがぁっ!!」
やむを得ずアルフレートはその間に割り込むようにしてサーベルを突き出した。虎は驚異的な反射速度で突きを躱したが、既に飛び掛かっている最中だった事もあって完全には躱しきれずに、胴体の辺りにサーベルの刃が突き刺さった。
GOAAAAAAA!!
だが人間ならぬ野生の獣。それだけでは即死せずに怒りの咆哮を上げると、その太く鋭い牙を剝き出しにしてアルフレートの喉笛に喰らい付いた!
「……っ! ……!!」
「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ジョージーナの絶叫。虎はそのままアルフレートを押し倒し、彼の喉を完全に噛み砕いた。夥しい量の血液が溢れ出る。虎は怒りに任せてそのままアルフレートの胴体を爪で引き裂いている。
「今だよ、アダム!」
「おうっ!」
まさにナタリアが狙っていた通りの展開となった。襲われるのはジョージーナかアルフレートのどちらでも良かった。重要なのはこれで格好の攻撃チャンスが巡って来た事だ。この機会を逃す訳にはいかない。
アルフレートに圧し掛かって貪り喰らう事に夢中な虎は、アダムのハンマーへの対処が遅れた。鍛え抜かれた肉体による渾身の振り下ろしが虎の脳天にめり込んだ。
今度は暴れる余地さえ残さない程の即死であった。頭部を潰された虎の身体がドウっと横倒しになる。だが虎に襲われていたアルフレートは既に致命傷を受けており、喉や身体から大量の血を溢れさせながら虚ろな目をこちらに向けていた。ナタリアはその視線を受け止めた。
「……悪いね、アルフレート。でもこれはそもそも一チームしか生き残れないバトルロイヤルの殺し合いでもあるんだ。恨みっこは無しだよ」
「…………」
その言葉は届いたのか否か。アルフレートは何も反応する事無く息絶えた。彼の不運はパートナーに恵まれなかった事だ。そのパートナーはというと……
「ひ、ひぃ!? ひぃぃぃいぃぃっ!!?」
自分の首輪から不気味な電子音が鳴り始め、半狂乱に陥るジョージーナ。
「い、嫌よ! し、死にたくない! チクショウ! 何、勝手に死んでんのよ!? 最後まで私を守れよ、この役立たずがぁっ!!」
アルフレートは彼女を庇った事で死んだというのに、泣き喚いて理不尽な怒りをぶつける。その間にも電子音は無情にも大きくなっていき――
「嫌だ! 嫌だぁっ!! 死にたくない! 死にたくないっ!! 死に――」
――ドォォンッ!!
爆発音と共に、聞くに堪えない醜い喚き声が途絶えた。血しぶきが舞い、首が半分千切れかかったジョージーナの身体が地面に倒れる。
「……ち。アタシが言えた義理じゃないけど、胸糞が悪くなるモン見ちまったよ」
ナタリアが吐き捨てた。だがアダムの方は特に何とも思ってないようで、肩を竦めていた。
「ま、外見だけならいい女だったから、どうせ殺すならその前に楽しませてもらいたかったがなぁ」
そう言って笑ってからナタリアに視線を向ける。
「へへへ、しかし次が最終か。まさかここまで来れるとはなぁ。お前の話に乗って正解だったぜ。少なくとも俺はアルフレートの奴と比べてパートナーには恵まれた分、運が良かったぜ」
「ふん、ようやく気付いたかい? でも最後まで気は抜くんじゃないよ。さあ、もうここに用はない。物資とヒントを回収してさっさとルネサンス・センターに向かうよ。もう一方のルートの奴等に先を越される前にね」
アダムにレッドチームの分の物資も回収させてから、彼等の墓標となった野球場を後にする。アダムに自分を担がせて移動しながら、ナタリアは思案に耽る。
(……いよいよ次が最終ギミック。それをクリアすりゃ『キー』が手に入る。ようやくこの馬鹿げたゲームから抜け出せるんだ。それも五万ドル貰って大手を振ってね)
遂に見えてきたゴールへの興奮。だがそれと同時に彼女の明晰な頭脳は、どうしてもある一つの不安要素を拭いきれないでいた。
(あのヘリが投下したトランクは二つ。つまりルートは二つだけ。なら『チーム分け』は普通に考えて、それぞれのルートに三チームずつのはず……。じゃあ残りのもう一チームはどこにいるんだい……?)
もう一方のルートに四チームという事はバランス的に考えてまずないはずだ。なのに結局こちらにはナタリア達を含めて二チームのみしか居なかった。
(……きっとあの最初の襲撃で女が殺されるかして脱落したんだ。そうに決まってる)
そう自分に言い聞かせながらも、彼女はどうにも喉に魚の小骨が刺さったような違和感と不快感を完全には消し去る事が出来なかった……
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