Game16:サード・ギミック

『Aルート、Bルート、双方ともセカンドギミックを通過したようだね、デボラ!』


『そのようね、マックス! でもブルーチームは残念でしたね! 遂に最初の脱落チームが出てしまいました!』


『彼等に賭けていた人は本当に残念だったね! まあでもこれが勝負の醍醐味だ! 何が起きるか分からない。だからこそ面白い! そうだろう!?』


『確かにその通りね! でも何が起きるか分からないといえば、どちらのルートでも『同盟』が発生したのは意外でしたね! チーム同士の殺し合いを期待してた人も結構いたんじゃないでしょうか?』


『でも手を組んでくれたからこそ、僕らは最後のギミックまで楽しめる可能性が出てきたんだ。そういう意味では彼等の判断も悪くなかったと思うよ?』


『そうですねぇ。サードギミックはどうなっているんでしたっけ?』


『東地区Aルートが軍人病院、西地区Bルートが警察署だね』


『病院に警察ですか! またまたどんなギミックが彼等を待ち受けているのか楽しみですねぇ!』


『全くだね! でも何だか随分機嫌がいいね、デボラ?』


『うふふ、解ります? それはもう、レッドチーム……アルフレートが無事に生き残ってくれたからですよぉ!』


『良かったね、デボラ! 僕もホワイトチームが生き残ってくれて一安心って所かな』


『そういえばブラックチームは結局静観に徹していましたねぇ。彼等は物資とかどうするんでしょうか?』


『まああのエドガールが何も考えていないとは思えないけど……彼等がこの先どう出るかも見逃せないね!』


『ブルーチームが脱落し、残り五チームとなった参加者達。ゲームはこれから増々過酷にスリリングになっていきます! 視聴者の皆様は引き続き『ケルベロスのアギト』をお楽しみ下さい!』



****


   

 アンジェラ達はその後丸一日掛けて、次のポイントであるデトロイト警察署に到達していた。両手両足を拘束され走る事が出来ないアンジェラとダリアのペースに合わせると、警察署に着くのが夜になってしまうと判断した為、安全そうな場所で一晩明かして、明るくなってから挑むべきだというアンジェラの意見に反対する者はいなかった。


 アンジェラもダリアも自力では食事も飲み物も摂取できないので、全て相方の男性の世話になった。アンジェラは屈辱を感じたがどうにもならない事であった。


 食事はまだ良いのだが、問題は下の世話であった。後ろ手錠のままではショーツを下ろすのにも難儀する。しかも五メートル以上離れられない制約があるので、小水の音をローランドに聞かれる羽目になった。


 屈辱と憂慮の一夜を明かし、空が明るくなった頃合いを見計らって一行は警察署へと出発した。



 当たり前だが警察署も朽ち果ててひどい有様になっていた。見る影もなく荒廃した駐車場跡地には打ち捨てられた警察車両が無残な姿を晒している。


「うう……こんなにボロボロなのに、警察署ってのはなんでこう独特の空気があるんだ?」


 ダリアが顔を顰めて唸る。少女ギャング団のリーダーなどやっていただけあって、軽犯罪などで警察の厄介になった経験は多いのだろう。警察そのものに苦手意識があるようだ。


 尤も警察への苦手意識は犯罪歴の有無に関わらず大なり小なり誰でも持っている物だ。そう……身内以外は。


「この番号……恐らく押収した証拠品保管庫の番号だな。アルファベットが棚の番号で数字がケースのナンバーだ」


 ディエゴが勝手知ったるという様子で説明する。各自治体警察は細かな体制の違いはあっても、大枠の管理方法は殆どどの警察署でも似たり寄ったりらしい。


「ニューオーリンズ市警じゃ性犯罪の検挙が多くてな。保管庫はそれ関連の証拠品で溢れて、署員達の間じゃ別名ヴァ〇ナなんて…………いや、悪い。君達に聞かせるような話じゃないな」


 ダリアが解りやすく顔を赤らめて、アンジェラは不快気に顔を顰めている。それら女性陣の反応に、ローランドに対して猥談のような雰囲気で話しかけていたディエゴは口を噤む。



「えー……それで、どうしようか? 正面から乗り込んでも大丈夫なのかな?」


 ローランドが場の空気を変えるように発言する。皆の視線がアンジェラに集まる。今やすっかり一行の参謀ポジションに収まった感のある彼女は、重々しく頷いた。


「うむ……正直罠の類いが無いか事前に調査したい所だが、我々が一緒ではそれも難しい上にそんな時間的余裕もない。今こうしている間にももう一方のルートを進んでいるチームが『キー』に近付いているやも知れんしな。なのでここは正面から乗り込むしかなかろう」


 そもそも別の通用口が安全という保障もない。割れた窓などから侵入するのも、アンジェラ達の状態を考えると危険だ。


 そして五メートル以上離れられない制約がある以上、彼女達だけが安全な場所で待っているという事もできない。一丸となって乗り込む以外に選択肢はないのだ。


「……ま、それしかないか。出来る事と言ったら精々油断せずに細心の注意を払って進む事ぐらいだな」


 肩を竦めてのディエゴの言葉に頷く。そう。結局それしかないのだ。ならば覚悟を決める他ない。



 そして一行は警察署の正面入り口の前に立つ。


「……開けるぞ」


 ドアは大分古びていたが手動で開ける事は出来そうだった。ディエゴの確認に全員が頷く。 中に入ると当然だが電気もなにも点いていない薄暗い廃墟が広がっていた。雑然とした瓦礫が散乱した広い空間に出た。受付ロビーのようだ。


「…………」


 アンジェラは油断なく周囲に視線を走らせる。彼女の優れた感覚は近付いてくる微かな気配を察知していた。


「……どうやら早速お出ましのようだぞ」

「え? ……あっ!」


 ロビーの奥の廊下から足音が聞こえてきたかと思うと、何かオレンジ色の人影が二つ飛び出してきた。ローランドが反応して指差す。


 それは受刑者用のオレンジの囚人服を纏った二人の男であった。どちらもかなりの体格だ。一人は短い槍のような武器を持っている。そしてもう一人は刃の長い鋸を握っている。木の伐採に使うような大きな鋸であった。そして二人とも目の部分だけが開いた布袋を頭から被っていた。


「おいおい、ここは警察署であって刑務所じゃないんだがな!?」


 ディエゴがダリアを背後に庇いながら手斧を構える。ローランドも慌てて鉈を構えていた。アンジェラは自発的に後ろへ下がる。後ろ手に手錠で拘束された手を拳に握る。


 こうやって男の後ろに隠れて守ってもらう事しか出来ない。それが歯がゆかった。可能であれば今すぐ自らも武器を取って戦いたいのに。ただ無力な女のように男の後ろで震えている事しかできないのは屈辱の極みであった。


 この『ダムセル・イン・ディストレス』などという、ろくでもないルールを考えたあのプロデューサーを縊り殺してやりたかった。このルールは特にアンジェラに対しての悪意を明確に感じる気がするのだ。


 本来彼女のような経歴の女をデスゲームに参加させるからには、その培った戦闘技術を期待してのものであるはずだ。しかしこのルールでは別にアンジェラでなくとも、綺麗どころの女なら誰でも務まる。


 わざわざ彼女を抜擢しておいて、その個性を殺すようなこんなルールを施行する意図が解らない。


(いや……)


 唯一つだけ心当たりはあった。ただのデスゲームではなく、彼女に対してピンポイントに悪意をぶつけてくるような、こんなルールのゲームに彼女を放り込む理由のある者といえば……


(まさか、本当にベルゲオン社が関わっているのか……?)


 ベルゲオン社は確かEBSにもスポンサーとして出資していたはずだ。可能性は充分考えられる。



 自らの思考に沈みかけたアンジェラだが、大きな物音に現実に引き戻された。囚人服の男達が瓦礫を蹴り飛ばしながら、武器を振りかざして迫って来ていた。ディエゴは既に自ら迎撃に出ていた。槍の男の方に向かっていく。


 一方ローランドはいざという時に殺す度胸は付いたものの、やはりまだ完全には慣れていないらしく、どうしていいか解らない様子で青ざめた顔で鉈を構えている。アンジェラは瞬時に決断した。


「ローランド! ディエゴを援護しろ! 各個撃破だ!」

「……ッ!」


 自らの判断に自信が持てない人間が迷っている時は、敢えて自信に溢れた強い調子で命令してやると反射的にそれに従う。かつてアンジェラの傭兵部隊の隊員にもそういう者がいた。


 ローランドは何も考えずに弾かれたようにディエゴの方に駆け出した。だが敵はもう一人いるのだ。そして彼女を守る盾となるローランドがその進路上から消えるとどうなるか。


 ノコギリの男はこれ幸いとばかりにそのままアンジェラに向かって突進してきた。彼等にしてみれば無力な女を殺すのが一番楽なのだ。女を殺せば男の方は首輪が始末してくれる。ブルーチームを殺した『怪人』がまさにその方法を取っていた。


 だがアンジェラはノコギリ男が迫ってくるのを見ても逃げない。どの道足錠をされている状態で逃げても無駄だが、それだけではない。


(……やってやる! 私は無力な守られるばかりの女ではない! ベルゲオン社の思惑などに絶対に屈するものか!)


 迫ってくるノコギリ男がベルゲオン社そのものであるかのように睨み付ける。倒す必要はない。というかそれはやりたくても不可能だ。彼女の戦い……それはディエゴとローランドが槍男を倒して駆け付けてくるまで、敵を引き付けておく事!



「来いっ!」


 自らを鼓舞するように敢えて声を張り上げる。男がノコギリを真横に振るってくる。彼女の首を刈る軌道だ。アンジェラは冷静にそれを見極め身を屈めてノコギリを躱した。


「……っ!?」

 まさか躱されるとは思っていなかった男が、勢い余ってたたらを踏む。彼女が自由であればこの隙だけで三回は殺すチャンスがあった。だが今はとにかく時間を稼ぐ以外にないので、一歩だけ後ろに下がって相手の出方を窺う。


「ぬがああぁぁっ!!」


 男が喚きながら今度はノコギリを縦に振り下ろしてくる。アンジェラはやはり冷静に半身を逸らすようにしてノコギリを躱した。その際に相手の脚に自分の足を引っ掛けて足払いを仕掛ける。足錠で大きくは動かせないがこの程度なら可能だ。


 男がバランスを崩して倒れ掛かる。だがすんでの所で堪えると、再びノコギリを薙ぎ払ってくた。今度は胴体に食い込む軌道だ。


 彼女は咄嗟にバックステップで躱す。が、少し大きめの瓦礫に足錠の鎖が引っ掛かってしまう。


(しまった……!)


 さしものアンジェラも入ったばかりのこの乱雑なロビーの瓦礫の位置と、足錠の鎖の動きまでは完全に把握できない。バランスを取ろうにも両手は後ろ手錠で動かせない。為す術も無く転倒してしまう。


 見上げると体勢を立て直した男がノコギリを振りかぶっている。


「……っ!」

 咄嗟に横に転がってノコギリを躱す。だがすぐにカウンターの残骸のようなものにぶつかって行き詰ってしまう。男は既に斜めにノコギリを振り下ろす動作に入っていた。転がって躱すスペースも立ち上がる時間もない。アンジェラは目を見開いた。


(馬鹿な……私は、こんな所で……!!)


 処刑の刃が振り下ろされようとした瞬間――


「や、めろぉぉっ!!」

「……!?」


 叫び声と共に男の背中に誰かが体当たりした。鎖の鳴る音。なんとダリアであった。拘束された少女とはいえ、全く無警戒の所に後ろから体当たりされた男はバランスを崩して転倒する。勿論勢い余ってダリアも一緒に転んでしまう。


「このガキ!」


 怒り狂った男がダリアにターゲットを変更して床でもみ合いになった。当然少女であり、かつ手足を拘束されているダリアに勝ち目は無くあっさりマウントを取られてしまう。


 ダリアに馬乗りになった男が片手で彼女の首を押さえつけて、もう片方の手でノコギリを振り上げる。ダリアの目が恐怖に見開かれた。アンジェラは必死に立ち上がろうとするが到底間に合わない。


 ――ザンッ!


 ……だがダリアにノコギリが振り下ろされる事はなかった。男の脳天に手斧の刃が食い込んでいたからだ。頭から血を噴き出し横倒しになるノコギリ男。



「ふぅーー……間一髪だったな」


 ディエゴであった。見ると槍男の方は首にローランドの鉈が食い込んで、やはり血を噴き出して死んでいた。ギリギリ間に合ってくれたようだ。


「ディ、ディエゴ……!」

「こいつに体当たりするなんて……随分無茶したモンだな? 肝が冷えたぜ」


 ディエゴは苦笑しながらダリアの脇に手を差し入れて立たせた。ダリアは頬を赤くして嬉しそうな顔で俯く。どうやらディエゴが自分を救ってくれた事を都合よく好意的に解釈しているらしい。アンジェラに言わせれば、ディエゴはただ自分の命の為に彼女を救っただけだ。だがダリアの顔を見るとそんな現実を敢えて教えようという気は起きない。


 それに不本意ながらダリアは……命の恩人でもあるのだ。


「……礼を言わせてもらおう。だが何故だ? 何故私を助ける為などに身体を張った? 私達は本来敵同士なのだぞ?」


 四苦八苦しながらどうにか立ち上がったアンジェラは、ダリアの真意を知りたくて質問した。


「そ、そんな事……知らねぇよ。気付いたら身体が勝手に動いちまってたんだ。それに敵同士とか言うなよ! 『キー』を手に入れるまでは仲間なんだろ!?」


「……!」


 照れくさそうにそっぽを向きながら怒鳴るダリア。


(仲間だと? こいつ、正気で言ってるのか?)


 つまりディエゴのように打算で助けた訳ではないという事か。アンジェラには到底理解不可能な理由であった。だが想像はできる。


(ふん……確か少女ギャング団のリーダーだったか……? 恐らく反吐が出るような甘ったるい仲良しクラブのような物だったのだろうな)


 心の中で吐き捨てた。仲間や部下、そして愛する者に裏切られた今の彼女にとっては、そうした感情は唾棄すべき惰弱の象徴であった。


 仲間だの絆だの……そんな形の無い物を信じる方がどうかしているのだ。 


(……この女には注意しておいた方が良さそうだな)


 何を仕出かすか解らない不確定要素だ。完全に打算で動いているディエゴの方が行動の予測はしやすい。今まで歯牙にも掛けていなかったが、ある意味で本当に警戒するべきはこのダリアの方かも知れない。


 今しがた倒した囚人服の二人……。待ち伏せや奇襲が出来ない以上、ローランドと自分だけの状態で襲われていたら一溜まりもなかっただろう。やはり『キー』を入手するまではイエローチームとの『同盟』は不可欠だ。だがどこかで切り捨てる算段を整えておかなくてはならないかも知れない。


 ディエゴに茶化されて照れ隠しに怒鳴り返しているダリアの姿を眺めながら、アンジェラはそんな事を考えていた。

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