Game12:他チームの動向(3)

 同時刻。レッドチーム。


「あれか……」


 元は芝生が生い茂っていたのだろう、民家の庭先。今や見る影もない荒れ果てた草地に転がる銀色に輝くトランクを見てアルフレートが呟く。EBSのロゴが入っているので間違いないだろう。


「ど、どうするの……?」


 他の民家の廃屋に身を潜めているジョージーナは、隣にいるアルフレートに問い掛ける。彼は厳しい視線で周囲を観察していたが、やがて身を屈めて彼女の方を向いた。


「……他のチームも案外冷静なようだな。誰か突出して飛び出してくるものと思ってたが……。或いはまだ到着していないだけか?」


「そ、それなら、もう私達で手に入れてしまわない? 『キー』の在り処のヒントだけじゃなく、物資も入ってるのよね?」


 実は先程から喉の渇きや空腹が気になりだしていたのだ。物資を他のチームに奪われるのは出来れば避けたい。


「……そうだな。ここで睨み合っていても始まらない。出たとこ勝負だ」


 アルフレートは頷いて、ジョージーナを促しつつ立ち上がった。



「俺の側を離れないように。俺がトランクを開ける間、周囲を警戒していてくれ」


「わ、解ったわ」


 2人は警戒しながら慎重にトランクに向かって進みだす。何事も無くトランクの元まで到達した。後ろ手錠のジョージーナはトランクを開けられないので、役割は最初から決まっている。アルフレートがトランクを開けようと操作している間、彼女は怯えた目で周囲を見渡す。


「これは……番号か? 他に手がかりも無いし…………お! 開いたぞ!」


 アルフレートがトランクを開くと、中にはペットボトルに入ったミネラルウォーター数本と、何か食品と思しき袋が詰まったパックのような物が何個か入っていた。そして恐らくそれらを詰めて携行する用だろう、黒い大き目のリュックサックもあった。


「まるでコンバットレーションのようだな。まあ合理的と言えば確かにそうだが」


 アルフレートが苦笑していた。彼はこの食品のパックが何かすぐに察したようだった。


「ん? これは……」


 彼はそれらの物資の下から一枚の紙を取り出した。それは簡易的な地図のようで、方角と現在地が書き込まれていた。そして現在地から少し離れた場所に印で囲われた部分が……


「イースタンマーケット……。その下のこれは……農家? 何か解るかい、ジョージーナ?」


 彼は彼女にもその地図を見せる。


「……かつてのデトロイトのイースタンマーケットの一つに、ファーマーズマーケットがあったはずよ。多分それの事じゃないかしら?」


「……! それは本当か!? なら一気に場所を絞り込めるな! 君が博学で助かったよ!」


 アルフレートに褒められ、彼女は顔を赤くした。


「よし。じゃあ物資を持てるだけ持って、すぐに出発だ。ここだと目立ちすぎるから、途中でどこかに隠れて一服するとしよう」


 そうして二人は地図に記されたイースタンマーケットに向けて歩き出した。



****



 同時刻。グリーンチーム。


「おい、いいのかよ!? あいつら行っちまうぜ!?」


 物資と(恐らく)ヒントを入手して歩き出すレッドチームの二人を隠れて見張っていたナタリアに、アダムが不満げに訴える。


「いいんだよ。別に『キー』を最初に手に入れたチームが勝ちって訳じゃないんだ。あいつらに手に入れてもらってからそれを奪い取るって方法もあるだろ?」


 ナタリアの言葉にそれでもアダムは不満そうな様子だった。


「『キー』もそうだが、あいつら飲みモンと食いモンも根こそぎ持っていきやがったぞ!? 今からでも遅くねぇ! あんな奴等ここでぶちのめして全部俺達の物にしちまおうぜ!」


 猛るアダムだが、ナタリアは冷静にそれを制止する。


「落ち着きなって。アンタの強さは信用してるけど、何事にも絶対ってモンはない。あの優男、かなりやりそうだよ。ありゃ多分軍人だね。ロシアにいた頃は軍人さんの『お相手』も結構したから、身のこなしとかで何となく分かるのさ」


「……!」


 向こうも充分に警戒している状況で正面から仕掛ければ、アダムが勝つ可能性もあるが、同じくらい負ける可能性もある。また勝った場合も無傷とはいかないだろう。もう優勝直前で他に敵が残っていない状態というならそれでもいいが、他チームの動向も解らない今の状況でそのような損耗を負うのは避けたい。


 賭けをする気は無かった。リスクは最小限に抑えて、確実な勝ちを拾うのだ。


「とりあえず見失わない程度の距離を保って後を追うよ。あいつらが『キー』を入手するか、もしくは油断して隙を晒すのを待つんだ。いいね?」


「……おっかねぇ女だな。お前が味方で良かったぜ」


「ふん、今頃気付いたのかい? ほら、さっさと追うよ!」


 アダムを促して急いでレッドチームの後を追っていく。アダムは勿論、ナタリアも気付いていなかった。レッドチームの後を付ける自分達の更に後ろから、黒い服を着た悪魔の視線が彼女達を見据えていた事に……



****



 数十分後。ブルーチーム。


「ここか……」


 今、レックス達の前には巨大なホテルの廃墟が聳え立っていた。デトロイトの中心街に程近い場所にあった豪華なカジノホテルの成れ果てだ。


 トランクから入手した物資と共に入っていた地図には現在地とこのホテルの場所、そして七七七という部屋番号らしき数字が記されていた。


「七階か……少々面倒だな」


 自分一人ならともかく、手錠足錠の付いたヴィルマを抱えていくとなると一苦労だ。水や食料の入ったリュックを背負っている事もあって、これ以上の荷物を抱えて階段を上るのは少々骨が折れる。


「あ、あの…………ひっ! な、何でもありません!」


 ヴィルマが何か言い掛けるのを一睨みで黙らせ、とりあえずホテルの内部に入り階段を探す。かつては豪華な内装で大勢の洒落た客が行き交っていたのだろうロビーは、見る影もなく荒廃の極みであった。しかしレックスはそれらに何の感慨も抱かずに、階段の位置を確認する。当然ながらエレベーターは動いているはずもないので最初から除外していた。階段は奥のスペースにすぐ見つかった。


「……よし、行くぞ。さっさと昇れ」

「あ、あのう……い、いえ、解りました……」


 ヴィルマの足錠の鎖は緩いので階段を昇る事自体は出来る。レックスが彼女の尻を蹴るようにして急かすと、彼女は諦めたように階段を昇り始めた。



 それから10分ほど掛けて何とか七階まで昇り切ったレックスとヴィルマは、疲労困憊で息を荒げていた。後ろ手錠に足錠という不自由な身体で階段を昇るヴィルマは勿論、荷物を抱えながら彼女の遅いペースに合わせて階段を昇っていたレックスも意外な程体力を消耗させられた。他人の、それも非常に遅いペースで階段を昇るというのは、想像以上に疲労するものであったのだ。


「……ここだな」


 七七七の表札が辛うじて残っている部屋の前まで来ると、扉を開けようと取っ手を捻った。そして驚愕した。何とロックが掛かっていて開かないのだ。念の為左右の部屋も確認してみると、やはり同じようにロックが掛かっている。


「おい、ふざけるなよ!? フロントでマスターキーでも探してから来いってのか!?」


 頑丈なドアを蹴り付けるが勿論ビクともしない。そもそもマスターキーが残っているかも分からないのだ。


「何だ、これは!? 俺達をおちょくってるのか、クソがっ!」

「……あ、あのっ!」


 荒れるレックスに、ヴィルマが意を決したように声を掛けてきた。レックスは視線だけで殺せそうな目で彼女を睨み付ける。


「俺は今非常に機嫌が悪い。その薄汚い口を閉じ……」


「ス、スリーセブンの事じゃないでしょうか!?」


「……何だと?」

 レックスは一瞬何を言われたのか解らずに目を瞬かせる。その間隙を突いてヴィルマが一気に喋る。


「こ、このホテルはカジノホテルだったみたいですし、二階に大きなカジノフロアがありました。き、きっとスロットマシンのコーナーもあるでしょうし、そこでスリーセブンの出目が揃っているマシンを探してみるのはどうでしょう……?」


「…………」


 レックスはまじまじとヴィルマを見つめた後、ズイッと一歩踏み出した。


「貴様……何故それを早く言わん?」


「ひっ!? い、いや、でも何回も言おうとしましたけど、その度に……」


「黙れ、その薄汚い口を閉じろ! …………何してる、さっさと行くぞ」


「へ……? あ、は、はい……!」


 レックスは怒鳴り付けたかと思うと、急にそっぽを向いてボソッと小声で喋った。今度はヴィルマが一瞬何を言われたのか解らずにキョトンとした後、慌ててその後に追随した。


「ちっ……早くしろ」


 レックスに促され、2人は再び階段へと向かい今度は二階のカジノフロア目掛けて下っていくのであった。




 2階フロアへと戻ってきた2人。そこには大きなカジノホールがあった。カードゲームやルーレット台、大小様々なスロットマシンが立ち並んでいた。どれも久しく電源が入れられずに打ち捨てられており、静まり返ったカジノの廃墟は、かつてはここに多くの人間が詰めかけて賑わっただろう名残を残しており、何とも言えない物悲しさを感じさせた。


 だがレックスはそんな背景には何ら頓着せずに、スリーセブンの表示されている台を探してスロットマシンの間を歩いていく。勿論その後ろにはヴィルマが続いている。彼女は不気味なカジノの雰囲気にかなりビクビクしているようだった。


「ビクビクするな、鬱陶しい。ここを探すのは、お前が言い出した事だぞ」


「は、はい、すみません……!」


 ヴィルマは慌てて姿勢を正して、自分もキョロキョロとスリーセブンを探す。2、3分程だろうか。そうして探し回っていると、ヴィルマが声を上げた。


「あ、あの……アレじゃないでしょうか!?」

「……!」


 ヴィルマが顎で指し示す方向を向いたレックスは目を細めた。他のマシンが破損や劣化が酷く朽ち果てているのに対して、そのマシンは外装の色合いだけは古びているものの、よく見ると殆ど劣化しておらず電源さえ入れればすぐにでも使えそうな佇まいであった。


 そして何よりもその画面に表示された記号は……スリーセブンとなっていた。他にそんなマシンはない。劣化が殆どない事といい明らかに怪しい。


「来い。調べるぞ」


 そのマシンに近づき徹底的に調べてみる。すると裏側の外装を止めているネジが緩く外せそうな感じがあった。こじ開けるような勢いでそのカバーを外すと、中には『キー』の箱ではなく一枚の紙が折り畳まれて入っていた。トランクの中にあったのと同じような紙だ。他にも水の入ったペットボトルが二本と携帯食が少し置いてあった。


「…………」


 その中身を読んだレックスが眉をひそめる。


「あ、あの、その紙には何が……?」


 ヴィルマが恐る恐る尋ねると、てっきり睨みつけられて終わるだけだと思ったが、意外にもレックスは彼女に見えるように紙を差し出した。


「……! これは、また別の……」


「そういう事だ。……ちっ。どうやらこのクソッタレなゲームの流れが読めてきたぞ」


 レックスが顔をしかめてそこまで言った時だった。



 ――ギィィッ



「……っ!」


 何か軋むような音がした。彼の空耳でないなら、それは立て付けの悪い扉が開くような音だった。レックス達は勿論何も扉の類いには触っていない。風もない屋内のこの状況で鳴るのは不自然な音だ。


 ……他の誰かが開けたので無い限りは。


 このカジノフロアに、自分達以外の誰かがいる。他のチームだろうか? それとも……


 ヴィルマは恐怖に目を見開いて震えている。レックスは舌打ちした。誰がいるにせよ敵である事は確かだ。この足手まといを連れた状態で他の敵に遭遇するのは極力避けたい。


「おい、落ち着け、馬鹿が。あの最初に襲ってきた奴等と同じだ。俺に任せておけば問題ない。お前はとにかく俺から五メートル以上離れない事だけ気をつけていろ。いいな?」


「……っ。は、はい、すみません……!」


 多少落ち着いたらしく、震えは収まっていた。だがやはりビクビクと周囲を窺っていた。これはどうにもならないだろう。


「……行くぞ。もうここには用はない。さっさと出るぞ。遅れるな」


 新たな水と携帯食をリュックに詰めサバイバルナイフを抜いたレックスは、周囲に油断なく視線を走らせながらフロアの出口に向かって進んでいく。ヴィルマもおっかなびっくりという様子でその後に続いていった。

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