Game28:真のジョーカーは……


「…………」


 ナタリアの死に様を見届けたアンジェラはゆっくりと視線を巡らせる。黒い服を着た死神が血まみれのナイフを片手に、相方の女を引き連れてゆっくりとこちらに歩いてきていた。


 ローランドは内臓を傷つけたらしくうつ伏せに倒れたまま、口から血を垂らしながら青い顔で浅い呼吸をしていた。かなり危険な状態に見える。少なくとも立ち上がってブラックチームに戦いを挑むなど不可能だ。いや、どの道万全だったとしても、この男相手ではローランドに勝ち目は無かったであろうが。


 つまり自分達はもうお終い。ここで死ぬという事だ。



(ふ……ざ、けるな……!)


 そんな事は断じて認める訳には行かない。少なくとも彼女は、この卑劣なストーカーの勝利を祝福して讃えてやる気など微塵もなかった。射殺さんばかりの視線で睨み付ける。


「……それだけの強さを持ちながら、このようなストーカー行為で自分は手を汚さずに安全に『キー』まで辿り着くか。見下げ果てた男だな」


 せめてもの痛烈な皮肉を叩きつけるが、男は全く意に介した様子もない。倒れ伏すローランドの方にチラッとだけ視線を向けて脅威がない事を確認すると、再びアンジェラに視線を戻した。



「お前は中々興味深い女だ。殺す前に名前を聞いておこう。まずはこの女との『契約』を果たすが……その後にお前を陥れた者達も殺してやろう。あの世で存分に復讐を果たすがいい」



「何だと……?」

 一瞬何を言われたのか解らずアンジェラは目を剥いた。


(私を陥れた者も殺すだと? 何を言っている……?)


 混乱するアンジェラだが、黒いタンクトップの女がそれに反応した。


「エドガール、何を言っているの!? そんな女どうでもいいから、さっさと殺してこのゲームを終えるのよ!」


 女が叫ぶが男――エドガールの視線はアンジェラから動かない。



「俺は逮捕され獄中で暮らす内に……そしてこのゲームに参加する事で自らの『使命』を悟ったのだ。俺のこの技術の本当の『使い道』をな」


「……それが復讐の代行者という訳か?」


「そうだ。このゲームをクリアすれば俺は解放される。これは神の思し召しなのだ」


「…………」


 完全に狂っている。いや、元から狂っていたのかも知れない。どこかで見た顔だと思っていたが、エドガールという名前を聞いて思い出した。今自分は、五十人以上の女を殺した異常者の前にその身を無防備に晒しているのだ。


「……アンジェラだ。アンジェラ・エイマーズだ。ベルゲオン社の上層部によって陥れられた」


 諦める気はない。だがその感情とは別に彼女のプロの軍人としての理性が、最早この状況を覆す事は不可能だと告げていた。自分は死神の手から逃れる事は出来ないのだと。


 それを認めた時、彼女は自らの素性を口にしていた。自分はここで死ぬ。ならばせめてこの厄災の悪魔を世に解き放ってやるのだ。それがせめてもの彼女の、世に対する復讐であった。


(ギルバート……私はただでは死なんぞ。あなたも道連れだ。一足先に地獄で待っている。そこでゆっくりと話そう)



「アンジェラ・エイマーズか。確かに聞いた。お前を陥れた者は必ずやお前の後を追うだろう」


 エドガールが淡々とそれだけを告げてナイフを構えた。これで終わりだ。アンジェラは目を閉じて自らの喉を斬り裂く刃を待った。そして――



 ――ドシュッ!!



 肉を貫く音が彼女の耳に届いた。だが……彼女は生きていた。傷を負ってもいなかった。


「……?」

 訝しんで目を開けた彼女の視界に映った光景は――



 膝立ちの姿勢で槍を突き出す…………ローランドと、その槍の穂先に心臓のある辺りを貫かれた…………黒タンクトップの女の姿であった!



「あ……」

 女が何か言い掛けようとして、その口から大量の血がこぼれ落ちる。ローランドはそのまま情け容赦なく槍の穂先をねじ込んだ。


「……!!」


 女の身体が跳ねて、その目から急速に命の灯火が消えていくのが解った。エドガールが振り向いた時には既に女は死んでいた。


「……! そうか。これが運命……神の思し召しだったか」


 エドガールが一切慌てた様子もなく静かに呟いた。そして首輪の電子音がいきなりマックスに鳴り響くと即座に爆発した。ダリアやナタリアの時より格段に早いタイミング。どうやら男性側が残った時は、破れかぶれの道連れ行為などを防ぐ為に即座に爆発する仕組みだったようだ。カジノホテルで死んでいたブルーチームの男が、女のすぐ側で死んでいたのもこれが理由だったのだろう。


 エドガールの死体が両膝を着いてそのまま地面に倒れる。アンジェラは信じられないような面持ちで自らの相方であるローランドを見つめた。


「ロ、ローランド……?」


「……アンジェラ、負けを認めるなんて君らしくないよ? ゲーム開始時に僕に何て言ったか忘れたのかい?」


「……!」

 アンジェラはハッとして息を呑んだ。ローランドが槍を手放すと、女の死体もまた槍を身体から生やしたまま横倒しになった。



「辛うじて動けるくらいには回復してたんだ。でもその時に丁度このブラックチームが現れて……。何となくだけど無力な『振り』をしておいた方が良さそうな気がして、そのままずっと機会を窺ってたんだ。男の方は奇襲しても絶対通じないと思ったから、最初から彼女の方を狙ってた。君が上手く奴等の注意を引いてくれて助かったよ」


「お、お前…………」


 心底から疲れたような顔で地面に座り込みながらローランドが肩を竦めた。アンジェラに指示された訳でもなく独自に状況を判断し、演技でエドガールをも欺き、そして勝利を掴む為に合理的な選択の元、躊躇いなく……女を槍で刺し殺した。


 彼はアンジェラが気付かない内に、いつの間にか一流の兵士へと成長を遂げていたのだ。そして遂にアンジェラの想定を上回り、彼女の命をも救った。


「ふ、ふふ……認めねばならんな。いや、今までの私の態度を謝罪しよう。お前は……強い男だ。私は今、本当の意味でお前に救われた。……ありがとう、ローランド」


「ア、アンジェラ……」


 ローランドは感動したような声音で若干瞳を潤ませる。任務上必要な理由以外で、初めて本心から相手を褒めて礼を言った気がする。それを自覚するとアンジェラは急に気恥ずかしくなった。



「おほん! さ、さあ、まだゲームは終わっていないぞ! 『キー』を手に入れゲートを潜って初めてクリアとなるのだ。さっさと立ってあの箱を開けろ!」


 恥ずかしさで火照った顔を見られたくなくて、目を逸らしがてら床に置かれたままの『キー』の入った銀色の箱を顎で指し示す。


「ふふ……ああ、そうだね、アンジェラ」


 ローランドは苦笑して立ち上がった。



 ギュンター、グリーンチーム、そしてブラックチーム……。五つの無残な死体が転がるロビーを横切り、EBSのロゴが入った銀色の小箱の前まで歩いてきた二人。あのオリエンテーションで見たのと寸分違わぬ造形だ。箱には鍵穴がなく、ストッパーのような物で留められているだけだった。開ける事自体は簡単そうだ。


「じゃあ、開けるよ」


 ローランドが宣言して小箱を持ち上げる。そしてストッパーを外し、ゆっくりと箱の蓋を開けていった……

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