Game17:警官vs犯罪者


 その後は敵が現れる事もなくディエゴの先導の元、証拠品保管庫と思われる場所に到達した一行。そして確かにメモに書かれていた通りのラックの中に、次のポイントへのメモと追加の物資が入っていた。


 ディエゴが物資を回収している間にローランドはアンジェラにメモを見せる。ダリアも覗き込んでくる。


「何だ、これ? 川? いや、用水路?」


 ダリアが首を傾げる。だがメモにはそれだけでなくスタートとゴール地点の書かれた地図のような物が添付されている。用水路の中ほどにある『スタート地点』。そして地図が必要な迷宮のような内部構造……


「これは、まさか……『下水』、か?」

「うぇ……マジかよ……」


 ダリアが顔を顰める。それを見てローランドが苦笑する。


「まあこのデトロイトは閉鎖される前に『疫病の蔓延を防ぐ』という理由で下水の徹底的な清掃作業が行われたらしいし、その後下水を汚す原因である街の住民達がいなくなった訳だから、むしろ他の街の下水よりキレイだとは思うけどね」


「ホ、ホントか? ……それでも狭苦しい地下の通路に入るってだけでも気が滅入るけどよ……」


 ダリアはそれでも憂鬱そうだ。物資を回収し終わったディエゴも参加する。


「それより重要なのは、どんなギミックが待ち構えてるかって事だろ」


「確かにな。入り組んで奥まった閉鎖空間では逃げ場も無い。今まで以上の用心が必要だろうな。それに下水道となれば光源がなければ視界の確保すらままならんぞ」


 アンジェラが問題点を挙げる。


「それなら心配無用だ。物資の中にこいつが入っていやがったからな」


 だがディエゴが渇いた笑いを漏らしながら、先程回収した物資の一部を見せる。それは懐中電灯のようだった。スイッチを入れると明かりが点いた。


「なるほど。準備は万端という訳だな」


 アンジェラは皮肉気に口を歪めて吐き捨てた。ダリアが気味悪そうに周囲を見渡す。


「よ、用が済んだならさっさと出ようぜ? 警察署ってのはどうも落ち着かないぜ」


 さっさと出る事には皆賛成だったので、足早に出口を目指す。ロビーには二人の囚人服の男の死体がそのまま放置されている。出来るだけそれを見ないようにして正面入り口から外に出た。




 そして駐車場に差し掛かった時だった。


「お、おい……あれ」

「……!」


 先頭にいたディエゴが指し示す方向。廃車が並ぶ駐車場跡の真ん中に、一人の『警官』が佇んでいた。かなり体格の良い身体をデモ隊などの暴徒鎮圧用の装備に包んでおり、頭はやはり警官が装備するバイザー付きのヘルメットで隠れている。


 そしてその『警官』は片手に太い警棒、そして左手にはやはり暴徒鎮圧時などに用いられるアクリル製の大楯を持っていた。完全武装という奴だ。


「な、なんだよ、アイツ……。ここの『ギミック』はもうクリアしたんじゃないのかよ!?」


 ダリアが怯えたように後ろに下がる。それは全員に共通する思いだったが、アンジェラは低く唸りながらかぶりを振った。


「いや……もしかすると、どんどん『難易度』が上がっていく仕様なのかも知れん」

「……!」


 考えて見れば当然だ。これはデスゲームなのだ。そしてこれを見ているのは様々なデスゲームで目の肥え切った視聴者達。連中を満足させる為にはより強い刺激を与え続けなくてはならない。


 しかしいきなり参加者がクリアできないような難易度のギミックを設定してしまうと、参加者が皆そこで全滅してしまって、見る側としては物足りなくなる。だからあらゆるケースを想定して、こちらの戦力に合わせて徐々に難易度の高いギミックを投入しているのだ。


 それが恐らくはあのネイサンというプロデューサーの手腕なのだろう。



「ち……来るぞ!」


 ディエゴの叫びで思考は中断された。『警官』が盾を構えてこちらに突進してきた。


「気を付けろ! 警棒は間違いなく電磁式だ!」


 ディエゴが声を張り上げて警告する。アメリカでは特に犯罪の激化、凶悪化によって現場の警官達の装備もその都度刷新されていく。今では末端の警官に至るまで持っている警棒は、触れた相手を電気ショックで制圧する電磁式のタイプとなっていた。


 それ自体の直接的な殺傷能力は刃物より低いが、今のアンジェラ達の状況で気絶などさせられた日には、それは死と同義であった。


 それにあのアクリルの盾は少々の攻撃など弾き返すだろう。アンジェラは頭の中で素早く作戦を組み立てる。


「ディエゴ! 済まんがお前は正面から奴を引き付けてくれ! ローランドは私が合図したら奴の後ろに回り込め!」


「……! それしかなさそうだな……!」

「わ、解った!」


 二人が即座に了承の返事を返す。ここで意見の言い合いをしている余裕などない事は全員が認識していた。


 『警官』は既に間近まで迫ってきていた。ディエゴは先に倒した囚人から奪っていた槍を構えて一気に突き出す。腰の入った鋭い突きだったが、『警官』がアクリルの盾を翳すと虚しく弾かれた。 


 『警官』が反撃に電磁棒を振り下ろしてくる。ディエゴは槍の柄でそれを受ける。電磁棒がスパークを帯びるが、幸いというか槍の柄は丈夫な木製だったので電気ショックが伝播する事はなかった。 


 ディエゴは蹴りで突き放そうとするが、『警官』は素早く盾で身を守る。盾を蹴ってしまったディエゴの方がたたらを踏んで体勢を崩す。


 『警官』が追撃してくる。ディエゴは辛うじて防御が間に合うが体勢を立て直す暇がない。『警官』は狂ったように電磁棒を叩きつけてくる。その度にスパークが散り、見ているダリアが悲鳴を上げる。



「……よし、今だ。行け。奴に気付かれるな……!」


 アンジェラはタイミングを見極めてローランドに小声で指示を出す。青白い顔で頷いたローランドは姿勢を低くしてなるべく足音を殺しながら『警官』の後ろへ回り込む。


 アンジェラからすればとても気配を殺しきれていない素人丸出しの隠密動作であったが、ディエゴとの戦いに集中している『警官』はそれでも気付かなかった。狙い通りだ。余り早い段階で後ろに回り込もうとすれば『警官』の注意を引いて後ろも警戒されてしまっていただろう。それを防ぐ為にギリギリまで待っていたのだ。


 だが急がねばディエゴが危ない。丁度その時業を煮やした『警官』が、アクリル盾を攻撃に用いて大きく振り回してきたのだ。


「……っ!」

 大きな質量による薙ぎ払いに、槍で受けたディエゴは体勢を崩していた事もあって、そのまま薙ぎ倒されてしまう。


「ディエゴ!」


 ダリアが思わずといった感じで駆け寄ろうとするが流石に無謀だ。


「よせ、馬鹿!」


 咄嗟にタックルして妨害する。二人でもつれ合うようにして転倒する。その間にも『警官』は倒れたディエゴに対して電磁棒を叩きつけている。ディエゴは自分の身を守るので精一杯だ。しかしこのままではそれもそう長くは持たないだろう。


 だがそれだけに……もうすぐ目の前の標的を倒せるという意識が、『警官』を極端な視野狭窄に陥らせていた。そう、背後に忍び寄る素人に気付かない程に。


「……!?」

 『警官』が気付いた時には手遅れだった。ローランドもこれまでの戦いを経て、いざという時に躊躇わない覚悟は身に着けている。『警官』のヘルメットとベストの隙間の首筋に、ローランドが振り下ろした鉈の刃が食い込んだ。


 『警官』の身体が震え、首筋から血が噴き出した。横倒しにその巨体が倒れる。即死してくれたようだ。




「……ふぅ、上手く行ったか。よくやったぞ、ローランド」


「ア、アンジェラ……ありがとう。君の的確な指示のお陰さ」


 ローランドが何故か若干感動したように瞳を潤ませる。それを見て、そう言えば自分が明確に彼を褒めたのはこれが初めてだという事に気付いた。


「ディエゴ! ディエゴ、大丈夫か!?」


 アンジェラの脇を抜けるようにしてダリアがディエゴの方に駆け寄っていた。気付いたローランドがディエゴに手を差し伸べて助け起こす。


「ああ、悪いな。……たく、こいつがなかったらヤバかったかもな」


 立ち上がったディエゴは手に持った槍を見ながらボヤく。確かに手斧ではリーチが短すぎる上に電磁棒の攻撃を防げなかった可能性が高いので、事前に槍を入手できたのは大きい。


「折角だ。こいつの装備を剥いでおけ。何かの役に立つかも知れん」


 アンジェラの提案で『警官』の装備の内、電磁棒とヘルメット、そして対弾ベストを回収しておいた。アクリル盾は大き過ぎて機動性が削がれるので見送った。


 ベストはディエゴが装備し、ヘルメットと電磁棒はローランドが装備した。鉈は大分切れ味が落ちてきていたので、ここで役目終了となった。ディエゴはそのまま槍を使うようだ。


「よし。じゃあさっさとずらかろうぜ。流石にもう打ち止めだとは思うけどな」


 『警官』の死体から装備を回収し終わった事を確認したディエゴが促す。勿論誰一人異存はない。



 次の目的地は……『デトロイト地下下水道』。

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