Game20:下水道探索
廃都の外れを走る人工河川。デトロイト川から水を引く為に作られたコンクリートの川の只中にアンジェラ達は立っていた。当然川の水は完全に干上がっており、ただ延々とコンクリートで塗り固められた通路が続いているだけだ。
その通路の途上の側壁に、ぽっかりと丸い穴が口を開けていた。穴の直径は2メートル以上はありそうで、人が通る分には問題なさそうだ。穴には格子が嵌っていたが、その格子の扉は開いていた。まるで早く入ってこいと言わんばかりに。
「ホ、ホントにここに入るのかよ……?」
穴の奥にわだかまる闇を覗き込みながらダリアが及び腰になる。その気持ちはアンジェラにも良く解ったが、さりとて行かないという選択肢はない。
「まあ、一応地図はあるから迷う心配はないだろうし、嫌な事はさっさと終わらせようぜ」
ディエゴが苦笑しながらリュックから懐中電灯を取り出す。警察署の物資にはおあつらえ向きのように懐中電灯が二本用意されていた。もう一本をローランドに投げ渡す。
「そ、そうだね。でも今度は一体何が待ち受けているのか……」
懐中電灯を受け取ったローランドも暗澹たる表情で下水の穴を見上げる。
「……ここでグダグダ躊躇っている時間も惜しい。行くぞ」
アンジェラが尻込みする連中に発破を掛けて、自ら率先して穴を潜っていく。首輪で繋がったローランドが慌ててその後を追う。イエローチームも仕方ないとばかりに続く。
下水跡の中は当然暗闇が支配しており、懐中電灯の灯りが無ければほぼ何も見えない。
「よし、俺が先頭を照らしながら歩く。間にダリア、アンジェラの順で、殿はローランドだ。後ろからも何かやって来ないとも限らないから常に照らしながら警戒しろ」
「わ、解った」
ディエゴの指示にローランドが喉を鳴らしながら頷く。下水道の幅はそこまで広くないので妥当な布陣だ。
先頭のディエゴが地図を見ながら先導し、残りのメンバーがそれに追従する形で進んでいく。下水跡にはまだ水が残っているらしく、ワークブーツを踏み鳴らす度に水音が響く。幸いというか以前にローランドが言っていた通り、不快な臭いなどは殆どしなかった。
もう入り口が完全に見えない位置まで進んでくると、懐中電灯の光以外は光源の無い暗闇に包まれる。ディエゴやローランドの照らす頼りない照明の先を、時折何かが横切る。
「……!」
一行は警戒して立ち止まるが、チチチチッ! という鳴き声と共に暗闇に消えていくそれは、どうやらドブネズミの類いのようだった。
「う……うぅ! い、嫌だ! もう嫌だっ! 帰りたいよ……!」
ダリアが青白い顔になって泣きながらしゃがみ込んでしまう。どうやら暗く狭い場所が苦手で、ネズミの類いも苦手であったようだ。ただでさえ過酷なゲームに参加させられた上に、自分の嫌いな物を間近で見た事でタガが外れ、一気に現実を思い出してしまったようだ。
「ダリア……」
「何でアタシがこんな目に遭わなきゃならないんだよ! アタシがこんな罰を受けなきゃいけない何をしたってんだ! 傷害だの恐喝だの……生きてく為に仕方なかったんだよ! アタシ達は誰も殺しちゃいない! それなのに……!」
このダリアの性格や言動からしても、どう考えてもデスゲームに参加させられる重犯罪を犯したようには見えない。いや、それはダリアだけでなく開始前のオリエンテーションで見た他のチームの女性陣に関しても同様だ。
アンジェラ自身はベルゲオン社の陰謀によって重犯罪者に仕立て上げられていたし、会社が関わっているならこのゲームへ参加させられた事も不自然ではないが、他の女性陣は明らかにそれに巻き込まれただけだ。そういう意味では同情しない訳でもない。だが……
「……何をしている。さっさと立て、愚図が」
「え……?」
ダリアが呆けたようにアンジェラの顔を見上げる。
「そこでうずくまって嘆いていれば誰かが助けてくれるのか? お前を家に帰してくれるのか? 甘えるな!」
「……っ!」
一喝されてダリアは目を見開く。
「ここは戦場だ! 自分の望みは自分で叶えるしかない! 帰りたければ前に進みこのクソッタレなゲームをクリアするしかない! お前がそこでそうしてうずくまっている間に別のチームの奴等がクリアしてしまうかもな! そうすれば私達は全員、首輪が爆発して仲良くあの世行きだ。それがお前の望みか!?」
「そ、それは……」
「私達は『仲間』なんだろう? ならお前には仲間である私達を助ける義務があるはずだ。違うか?」
「た、助ける? 私が……アンタ達を……?」
ダリアの目に生気が戻って来る。アンジェラは大きく頷いた。
「そうだ。お前の助けがなくては我々は立ち行かん。どうか『仲間』である私達を助けてくれないか?」
「……っ。へ、へへ……そ、そうか。やっぱりアタシが付いてなくちゃ駄目なんだな。し、仕方ねぇな」
ダリアはまだ青白い顔ながらうっすらと微笑んで、ヨロヨロと立ち上がった。少なくともそこに先程までのような悲観的な雰囲気は無くなっていた。ディエゴがホッとして目線だけでアンジェラに礼を送った。
「す、凄いね。あんな短時間で彼女を立ち直らせるなんて……」
行進を再開した一行。後ろを歩くローランドが小声で話しかけてくる。
「ふん。ああいう手合いはかつての部下にも何人かいたからな。怯えて助けて欲しがってる奴には逆に助けを求めてやればいい」
変に慰めようとしても増々深みにはまるだけだ。平時ならそれでじっくり説得するのもありかも知れないが、戦時や緊急時にそんな事をしている余裕は無い。そういう時に手っ取り早く弱った心を賦活させるにはこれが一番良い方法なのだ。
自分より『弱者』……つまりは庇護する対象を作ってやるのだ。そうする事で人は意外な程心の均衡を保てるようになる。
かつて所属していたデルタフォースや傭兵部隊では、不本意ながら自分の性別と美貌が役に立った。美貌の女性であるアンジェラに助けを求められた男は、それまで縮こまっていた事も忘れて奮起したものだ。
「……でも君が『仲間』なんて言葉を使うとは意外だったよ」
「本心だと思っているのか? アイツはそういう言葉が好きそうだから合わせてやっただけだ」
アンジェラは小さく鼻を鳴らした。仲間など必要ない。いや、信用できない。ましてやこんなルールなのだから当然だ。ここで信用できるのは己自身と、首輪で命が繋がったローランドだけだ。そのスタンスを変えるつもりはない。
ダリアが持ち直した事によってその後は大きなトラブルもなく順調に下水の通路を進んでいく一行。たまに手錠足錠のままで暗闇の下水跡を歩くアンジェラとダリアがバランスを崩して転倒しそうになったりした程度だ。
アンジェラの体感時間では三十分程度だろうか。一行は地図に示されたポイントまで到達していた。ディエゴの懐中電灯が照らす先には、床の上に置かれた物資。そして下水という場所柄の為か、透明なチャック付きのビニール袋に入れられたメモ。
「ここがゴールで間違いないようだな。何事も無く来られたのは意外だったな」
ディエゴが拍子抜けした様子になるがアンジェラはかぶりを振った。
「油断するな。何もないとは思えん。どうにも嫌な予感がする」
「お、おい。脅かすなよ」
ダリアが口を尖らせるが、楽観的にはどうしてもなれない。
「と、とりあえず早く回収してここを出た方がいいんじゃない?」
ローランドは自ら率先して物資を回収してメモを手に取った。そして懐中電灯を当てる。ダリアも覗き込んでくる。
「これは……ルネサンス・センター?」
「デトロイトの最南端にある巨大複合商業施設だよ。かつては大手自動車メーカーの本社もあった場所さ」
首を傾げるダリアにローランドが説明している。同じように覗き込んだディエゴが何かに気付いて声を上げた。
「……! おい、これを見ろ!」
ディエゴが指差すメモの一点。今までのメモには『NextPoint』と書かれていた箇所に『Key』の文字が……。
「キーって事は、ゴールか!?」
「ああ! 次のルネサンス・センターが最終ポイントって事のようだな!」
ダリアとディエゴが声を弾ませている。デスゲームは参加者全員が全滅してしまう事は望んでいないはずなので、極端に理不尽でクリア不可能な難易度にはなっていないはずだ。確かに次辺りが最終ポイントというのは妥当なラインだとアンジェラも思った。これは嘘や罠ではないと見て良いだろう。
(だが次が最終なら尚更この下水道に何の仕掛けもないとは考えられん。そしてここを無事に出られたとしても、いよいよこの連中を切り捨てる算段を考えねばならんな)
最終ポイントにも何らかのギミックが存在している可能性は高いし、何よりもう一方のルートを通っている参加チームともかち合うはずだ。
最終ギミックをクリアすれば、もう『同盟』は無効だ。そこから先は非情な殺し合いの世界となる。そうなる事が解っているのだから、今の内から想定して作戦を考えておく必要がある。
「アンジェラ、どうしたの? 嬉しくないのかい? ようやくゴールが見えたんだよ!」
ローランドも能天気に喜んでいる。『ゴール』に到達するという事がどういう事なのか解っていない、いや、忘れているのだ。
アンジェラは嘆息した。いざディエゴ達を切り捨てる段階になったら実行はローランドにやってもらわねばならないというのに、この体たらくでは先が思いやられる。やはり彼女が綿密に作戦を立てておく必要がありそうだと痛感した。
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