Game21:フォース・ギミック
「……いや、何でもない。確かにゴールが見えた事自体は大歓迎だ。であるなら早くここから出てゴールを目指さんか?」
アンジェラの冷静な指摘に他のメンバーも我に返って、一路出口を目指して来た道を引き返し始める。皆気が急いているようで、一言も喋らず息遣いと足音だけが響く。しかし五分程戻った時……
「……おい、何か行きよりも水かさが増えてきてないか?」
ディエゴの指摘に全員が気付く。言われてみると確かに……というか明らかに水かさが増している。行きは水たまり程度だったのが、今はくるぶしの辺りまで水位が上がっている。特に足錠をされているアンジェラ達は水の抵抗で歩きにくさが増していた。
アンジェラは注意深く耳を澄ませてみる。すると微かにだがドドドドッと水が注ぎこまれるような音が聞こえた。もう間違いない。
「どうやら放水されているようだな。このタイミングで偶然のはずがないから恐らくは番組側の仕込みだろうが」
「ほ、放水だって!? アタシ達を溺れ死にさせる気かよ!?」
ダリアがギョッとしたように目を見開く。だがアンジェラはかぶりを振った。
「いや、どれだけ大量の水を流し込んでも、下水の構造的に溺死するような危険はまずない。単に私達が入ってきた入り口まで押し流されるだけだ。私とお前は拘束のせいで泳げんが、それも最悪相方に抱えてもらえば少なくとも溺死する事はあるまい」
「そ、そうか……そうだよな。でも、だったら何でこんな事……」
露骨にホッとして息を吐くダリアだが、今度は疑問に首を傾げた。アンジェラにもそれは疑問だった。次が最終ポイントというこのタイミングで、意味のないギミックを仕掛けるはずがない。
(溺死などではない。何か別の目的が……?)
会話しながらも出口を目指して進んでいた一行だが、その時先頭のディエゴが急に足を止めた。
「お、おい、急に止まってどうしたんだよ?」
「……今、前方で何か動いた気がした。俺の見間違いならいいが……ローランド、お前も前を照らしてくれ」
ダリアの質問に答えたディエゴは、そう言ってローランドを促す。
「わ、解った」
ローランドはゴクッと喉を鳴らして前方を照らす。二つの懐中電灯に照らされた先には、既に膝丈辺りまで水の溜まった通路が広がっているだけだった。そこに誰かがいる様子はない。
「……ふぅ。何だよ、脅かし――」
「……ッ! 待て! 何か、来るぞっ!」
視界が悪い分耳を澄ませて集中していたアンジェラは、すぐにその音を聞き分けた。そしてそれはすぐに他のメンバーにも聞こえる事となった。
バシャンッ! バシャンッ! と水を踏み鳴らすような音。だが既に膝丈まで水かさを増した通路で、水を掻き分ける音ではなく水を踏み鳴らす音というのは……
「あ……!!」
前方を注視していたダリアが叫ぶ。叫び声こそ上げなかったが、アンジェラも含めて他の三人も一様に息を呑んだ。
照明の照らす先、闇の中から姿を現したモノは……人間ではなかった。
ゴツゴツした表皮、異様に長い鼻面。大きく裂けた口からは不揃いな牙が生え並んでいる。そして胴体から横に生える四肢。
それは……『
「ひ、ひぃ……な、な……!?」
「おいおい! 下水に巨大鰐だと!? お約束って訳かよ!?」
腰を抜かしたダリアを庇うように槍を構えたディエゴが毒づく。
「ほ、本物!? 嘘だろ! ここまでやるか!?」
ローランドも慌てふためいて電磁棒を取り出す。ここまでやるか、という言葉にはアンジェラも同意であった。あのプロデューサーの性格が滲み出ているかのようだった。そもそも良くこんなモノを用意できたな、とすら思った。
巨大鰐は武器を構えた複数の人間を怖れる気配もなく、バシャンバシャンと水音を立てながら迫ってくる。それこそパニック映画のクリーチャーのような挙動。野生動物にはあり得ない行動だ。恐らく薬物か何かで狂暴性を増幅されているのかも知れない。
「く、来るぞ! おい、どうするんだ!?」
ディエゴの逼迫した声。アンジェラは努めて冷静に現状を分析する。逃げる……のは難しい。この水かさに足を取られてすぐにあの化け物に追いつかれてしまうだろう。放水はその為の物だったのだ。
横の壁には地表のマンホールに繋がる梯子があったが、アンジェラとダリアは梯子を昇る事が出来ないので無意味だ。そもそも昇れたとしても今から悠長に一人ずつ昇っている余裕は無い。
(やるしか……ないか!)
結論に至るまでの時間は、実際には一瞬。
「ディエゴ! その槍で牽制して奴を引き付けてくれ! ローランドは奴の注意がディエゴに逸れた所を見計らって奴の背中に飛びついて、眼球にその電磁棒を押し当ててやれ!」
鰐に人間の言葉が解るはずはないので大声で作戦を伝える。基本的には警察署で『警官』を相手にした時と同じ役割分担だ。
だが敵は人間ではない正真正銘の化け物の上、狭い下水の通路ではあの巨体の脇を通り抜けるだけでも至難の業だ。それでもやるしかない。やらねば生き残れない。
「わ、解った。解ったよ、クソ!」
ローランドは毒づきながらも、泣き言もなく了承した。彼にもやらねば生き残れない事が解っているのだ。
アンジェラとダリアはとにかく邪魔にならないように後退する。戦えない以上自分達の役割は、五メートル以上離れずに且つ戦闘に巻き込まれて死んだりしない事だ。
いや、もう一つ役割がある。それぞれのパートナーから受け取った懐中電灯で戦場を照らす事だ。後ろ手錠をされているので、横向きになるような形で懐中電灯を前方に向ける。
とうとう間近まで迫って来た巨大鰐が、その馬鹿げた大きさの顎を開いて襲い掛かってくる。その迫力だけで気の弱い者なら腰を抜かして失神してしまいそうだ。
だがディエゴは果敢に槍を構えて前に出る。そして鰐の頭目掛けて槍を突き出した。鰐は構わずにかぶり付いてくる。
「うおぉっ!?」
その重量と突進の威力に押されて、ディエゴが踏ん張りきれずに転倒する。激しい水音が鳴る。鰐は巨大な口と牙でディエゴを噛み裂かんとしてくるが、ディエゴも咄嗟に己の身を守るように槍を突き出す
。
今度は槍の穂先が鰐の上顎の内側に突き刺さった。しかし狂乱している鰐はそれすらお構いなしに強引に距離を詰めてこようとする。
「ぬ、おおぉぉぉっ!!」
転倒してずぶ濡れになったディエゴが唸りながら槍を持つ手に力を込める。しかし相手は十メートルはある化け物だ。その膂力に押されて槍を突っ張るディエゴの腕がどんどん曲がって、鰐の牙が彼の頭に近付いていく。
だがその時……
「うわあぁぁぁっ!!」
叫び声と共に巨大鰐の頭部に上から飛びつく影。ローランドだ。ディエゴが注意を引き付けてくれた事で何とか狭い水路を回り込めたようだ。頭に異物が纏わりついた巨大鰐が煩わし気に暴れ回る。
「……ッ!」
巨大獣の凄まじい膂力に振り回されたローランドは、とにかく振り落とされないようにその背中に必死にしがみ付く。振り落とされたら一巻の終わりだ。だがそれだけにしがみ付くのが精一杯でとても攻撃する余裕などない。
だが暴れ回る獣の背中にいつまでもしがみ付いていられる物ではない。振り落とされるのは時間の問題だ。
「ぬおぉぉぉっ!!」
だがそこに体勢を立て直したディエゴが、鰐に突き刺さったままの槍を掴む事に成功し、一気に押し込んだ。
鰐は痛みと怒りによって再びディエゴの方に注意が逸れた。だがそれによってローランドを振り落とそうとしていた狂乱の動きが弱まる。
「今だ、ローランド!」
「……!」
戦況を見守っていたアンジェラの合図に、目を見開いたローランドは決して離すまいと握り締めていた電磁棒のスイッチを入れると、巨大鰐の眼球目掛けて棒の先端を突き出した。
巨大鰐が一際大きく身体を震わせた。正面にいたディエゴは慌てて距離を取っていた。鰐はしばらく痙攣したかと思うとやがて弛緩したようにその場に突っ伏した。盛大な水音と水しぶきが上がる。
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