第15話 3月17日 対広島安芸ウィード 首脳陣
球春到来――。
スポーツ紙がそんな見出しを出す、オープン戦も佳境に差し掛かったこの時期。
球団の監督、コーチ陣はモニターに囲まれた非常にSFチックな部屋で集まっていた。
そこは、情報管理室。
現在ではもう何の珍しさも無いが、野球に関わる『バッティングホーム』『ピッチングフォーム』果ては『打球速度』『投球回転数』等、人の目ではハッキリとした数字が出せないものは、全てコンピュータによって測定されている。俺は、広島以外の球団を知らないが、恐らく全ての球団で当然の様に研究されている事だと思う。
「さて、今日皆に集まってもらったのは他でもない。
いよいよ始まる今シーズンの公式戦開幕メンバーを決める為にそれぞれに意見を聴きたいからだ」
監督がそう口にすると、皆表情が引き締まる。
正直、自分がここにいていいのかと疑問に思う。
しかし監督、コーチ両者から『全ての関係者の意見を聴きたい』との事で、なんと俺以外にも、金剛さん達トレーナーまで声が掛けられていた。
これは、俺だけでは断りにくい。
「では、まずは投手」
どうやら、司会は小丸ヘッドが行うようだ。確かに最終的な判断を下す監督はあまり距離を縮めて意見を聴くのは良くないのかもしれない。
「やはり、ここ4年開幕を努めている桂坂が適任かと。昨年も姿野と最多勝を争う実績を見せておりますし、開幕はエースをぶつけるのがチームの1年を占う意味合いも出るでしょう」
勿論、その意見が通るのは誰にもが解っていたが、それではこの場が無意味になってしまう。
それに対し2軍投手コーチの
「その桂坂ですが……オープン戦イマイチぴりっとしていません。
原因はやはり桂坂と新人時代から組んでいた神月の不在でしょう。
そして神月が居た時から桂坂と枝崎との相性が悪いのはご存知かと思います。
そこで……私は、カスジャネーヨを推したいと思います」
場の全員がざわつきだした。
猿鍋が推した投手は、オフに広島が補強で入れた新外国人、オレハ・カスジャネーヨ。
6年前のWBCではプエルトリコ代表で3番手の先発を務めていた実力者だ。今季で30歳だが、球威は衰えておらず。
昨年は米国の3Aで、奪三振王に輝いている。
直球は最速155キロ、最大の武器はその直球と速度差がほとんど無いスプリットだ。
そして面白いのは彼がオープン戦で投手陣で最も良い成績を納めてしまった所だろう。
確かに、以上の事から彼を薦めたいのも理解出来る。
しかし、重要な点がある。
「彼は、ここ数年海外でもリリーフしか経験がないんじゃないですか?
チームもそこで起用しようとオープン戦を調整していた筈では? 」
それを言ったのは、俺の隣に座っていた金剛さんだった。
「た、確かにその通りですが……6年前のWBCでは先発経験もありますし……」
途端に猿鍋の口調が悪くなる。
「開幕は、桂坂でいく」
その口論に、ピシャリと幕を引いたのは監督の言葉だった。
「では、それに伴って桂坂の球を受ける捕手の選考に入りましょう」
小丸ヘッドのその言葉を待っていたかのように、
「是非、鞍馬を起用してもらいたいと思います。
今季34歳。神月に近いタイプだった為、別タイプの枝崎に2番手を先んじられてきましたが、捕手としての完成度なら枝崎より鞍馬の方が上です‼ 」
しかし、その意見には荒金打撃コーチが反論する。
「じゃが通算打率も、今季のオープン戦打率も両者には比較にならない程の差がありますけん。
枝崎なら1年出したら2割8分10本塁打は計算できます。これは今のウィードには絶対に外せん数字だと思いますがの」
新人コーチながらも荒金さんも負けていない。
「君はどう思う? 攻撃の枝崎か。それとも守備の鞍馬か」
小丸ヘッドがそう問いかけた相手は
彼のその立ち位置からしても、ここは守備のいい鞍馬が推されるだろう。と誰もが思っていた。
「その事について、わしも聴きたい事があるんじゃが……
トモ。麻宮はどうなんじゃ? 」
その名が出た事に一番驚いたのは、間違いなく俺だ。
麻宮は、今キャンプ確かによく俺に付いて練習をしていたからその様子を一番把握出来ていたのは俺だろう。
しかし、ここまででその名が出なかったのは麻宮が1軍で実績がない事に加え、今季のオープン戦の成績が明確に影響している。
3試合に出場して、打率2割2分。移籍初打席でヒットを放ってからは一度も塁に出ていない。
守備の面は、投手の出来も影響しているが可もなく不可もない。唯一先の二人よりも目立つ点と言えば。
「盗塁阻止率10割か。これは注目せねばなるまい」
小丸ヘッドが代わりにその言葉を言ってくれた。
「しかし、肩の強さは若い内だけです。それよりも堅実なリードを身に着けている鞍馬が」
「いや、今年の広島は守備の要の神月とアンダーワールドが抜けたんじゃから守備よりも打撃で圧すチームにすべきじゃ」
荒金さんと新渡米バッテリーコーチの二人が火花を飛ばす。
「いや、勿論そこもそうだが――トモ。わしが訊きたいのは……
麻宮の
あれは、モノになりそうなんか? 」
浅海さんのその言葉に、コーチ陣監督が一斉に俺に視線を集めた。
「し、知っておられたんですか? 」
「たまたまの……誰もおらんところで二人でなんかやりょうるのを見とったけ」
「トモ、お前そんな大事な事をわしや監督に秘密裏で……‼ 」
小丸ヘッドが堪らずそう声を出したところで荒金さんが間に入る。
「すんません、確かに報告がなかったのはマズかった思いますが、麻宮を任せたのはわしなんです。トモだけを責めんで下さい」
それに、慌てて俺が続いた。
「ち、違うんです。転向とかそんな大きな話じゃなくて。
麻宮は、俺の打撃フォームを基にフォームを構築しているので、実際に俺が解る右打ちでやってみて細かい所を視てただけなんです‼ 」
コーチ陣が腕を組んでその言葉を聴いている。
「その、トモのコーチの後の麻宮の打撃成績は? 」
監督の言葉に、井土さんが素早く手持ちのタブレットを動かした。
「試合には出場していません」
監督はその言葉を聴くと小丸ヘッドの方を向き。
「よし、明日の東京とのオープン戦、麻宮に先発マスクを被せるど。
開幕の捕手は、その結果を見て決める‼ 」
その場に居た者全員がその言葉に驚きの表情を浮かべた。
「で、でわ……捕手は保留という事で……
つ、次は一塁手の選考に……」
開幕戦スターティングメンバー。
それは、その年の144試合の公式戦の1試合ではあるが、ただの1試合ではない。
正に、それによってチームはおろか選手1名1名の命運まで変わるのは決して過言では無い。
そして、この瞬間が。
後に解る事になるが、この年の広島ウィードの成績を決める最大の分岐点だったんだ。
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