最終話 5月11日 対 夢追う者

 桜って、実は花よりも今みたいな葉っぱの時の方が好きだな。

 運よくクジで引けた窓際の席から、校庭の桜の木を眺めながらアタシはそんな事を思っていた。


 よくわかんない古文の授業が終わって昼時。

 仲の良いトモダチの子達と机を寄せ合って昼ご飯。カワイイ小さいピンクのお弁当箱や、コンビニの菓子パンが机にいっぱい並ぶ。

「ねぇ~なぎ~、今日放課後イオネ寄ってこーよー」

 右隣のこずえが、呑気そうにそんな事を言う。

「ダメ。今月お小遣いピンチだし、そもそも今日はクラブの後用事あるから直ぐ帰んないとだし」

 その言葉を聴くと、こずえはぷーっとほっぺたを膨らませる。

 ので、アタシはそのほっぺを指で突き刺し空気を抜いてあげた。


 部室に行くと、もうほとんどの人達が集まっていた。

「よし、じゃあ夏の予選大会のスタメンを発表するぞ」

 顧問の田中たなか先生がそう言うと、机に用意されたゼッケンを一つずつ手に取り名前を呼んでいく。

「最後は……ピッチャー。

 前町凪‼ 」

 そう言って、アタシを呼んで田中先生は1が書かれたゼッケンを手渡してきた。


「今日は、試験期間もあるから、これで終わり。

 皆、寄り道せずに帰れよ」

 と、言うと田中先生は足早に部室を後にする。

 それを見て、アタシもゼッケンを鞄に入れて、部室を後にしようと……した時だった。


「ちょっと、前町さん。いいかしら? 」

 そう言って来たのは、5のゼッケンを手にした主将の塚原つかはらさんだ。

「すいません。今日はちょっと予定が入ってて」

 と、言って立ち去ろうとしたが、入り口にも先輩達が立ち塞がっていて出れない様にしている。

「あの……何か? 」

 アタシがそう言うと塚原さんはイライラした様に言った。

「何が⁉ じゃないでしょう‼

 なんで、3年の城ケ崎じょうがさきさんを差し置いて2年の貴女がエースになるの⁉

 はは~ん、さては貴女のお父さんが有名人だからって、監督を丸め込んだんでしょ?

 その1番は辞退すべきよ‼ 」

 その言葉にアタシは思わず吹き出してしまった。

「……な、なにがおかしいの‼ 」

 その態度に腹が立ったらしく、塚原さんがヒステリックに叫ぶ。

「ああ……いえ、すいません。

 そうですか、うちの父が……有名人……ぷぷぷ」

 ちょっと、こらえきれなかったので、いったん深呼吸をする事にした。


「……もし、アタシの実力に文句があるなら、背番号なんて全然お譲りしますよ。

 ただ、それでも実力は背番号が決めてくれるもんじゃないでしょ?

 で、よければどうぞ? 」

 そう言うと、場の全員が口を開けたまま固まった。

 一応、鞄からゼッケンをテーブルに置き戻すと、そのままアタシは部室を後にした。



 丁度、家路に着いているとスマホに鬼の様に着信が掛かる。

「めんどいなー」と言いながら出ると。

「バカ姉貴‼ 何時だと思ってんだよ‼ 」と、可愛くない弟からの呼び出しだった。

「うっさいなー、もうすぐ帰るって。

 大体、開始時間に行っても意味ないじゃん。

 早くても、中盤以降でしょ? 出番は」


 が「そういう問題じゃない‼ 」と、着信を切られた。非常に腹ただしい。


「ただいまー」

 額を汗ばませながら、自宅のドアを開けるとお母さんと弟が今か今かと玄関でそわそわそわそわとしていた。

「おせーよ‼ 」

「すぐ、制服着替えるから‼ 」

 そう言って、二階に駆けあがると、大急ぎで制服をベッドに投げ飛ばす。



 煌びやかなライトに彩られたその球場は。

 父の職場だ。


「おらー、今年こそは4年ぶりの優勝じゃーー今度は日本一獲れーー」

 ファンのオジサンが一方的な希望を野次で飛ばしている。


「はい、あさくん、お姉ちゃん。お弁当」

 もう、高校生と中学生なのに、まるで子どもに言うみたいな母。


 試合は、終盤。

 6対3で、広島が圧されている。点を取ったら直ぐに取り返される完全な負けムードの試合だ。


 だけど、野球ってのはそんな時でも不意に負け側にもチャンスが巡ってくるもの。

 1アウト満塁。打席は9番の投手の所。


「広島……安芸ウィード選手の交代をお知らせします」

 そこで、ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

「くるわよくるわよ‼ 」

 母がそう言うと、朝陽も飛び跳ねて興奮する。

 やれやれ……ホント、いい年して、そんなにはしゃいで……。


「9番、昔に代わりまして、バッターは……前町。背番号99」

 と、同時に周りの観客達も立ち上がり異常な程の、雄叫びの様な歓声を挙げた。


 父は、4年前。リーグ優勝を決めた試合でゲームセットと同時に古傷の悪化でそのまま担架で病院送りになった。

 そこの診断で全治1年、リハビリ1年の超大怪我。家族の誰もが父の限界を悟った。

 でも。

「これからはさぁ、お父さん自分の為に野球しようと思うんよ。んじゃけぇさぁ、日本一を経験したいんじゃけど……現役続行してえぇ? 」

 と、病室のベッドで阿保の様に言い出した父はそこから4年間、毎日毎日母やアタシや弟の協力の元、ホントに毎日毎日。この舞台に戻る為に血が流れる様な努力を繰り返していた。

 だから、アタシも自分が2年生で部活のエースになってもその努力は、父のそれの足元にも及ばないと知っている。だから、本当の努力ってのがどんな怖い程のものかも見てる。


 ――お父さんが有名人だからって。


「うちに居る時は、野球の練習かお雑煮ばっかり作ってるただのおじさんなんだけどな……」

 溜息と一緒にそんな言葉が漏れる。

 ボーーーっと、冷めた視線で打席の父を見る。

 ……相変わらず。本当に。

「ちぇ、かっこいいな……やっぱ」


 母が「え? 」と聞き返してきた時。

「カァン」と綺麗な音と同時に観客が一斉に歓声を挙げた。


 真っ白な球が、大きな放物線を描いて、外野の深い深い場所へと落ちていく。


 堪らず、アタシは立ち上がると両手を口の横に添えてこう叫んじゃうのだ。


「パパーーーーー‼ 走れーーーーーー‼ 」って。

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