第18話 9月27日 大阪梅田オクトパス戦前
ペナントレース、全球団が残り10試合を切った佳境を今年も迎える。
セ・リーグでは例年にない珍しい状態が起きていた。
2チームを除いて、順位が決まっていた。それ自体は珍しい事ではない。
珍しいのは、その2チームが。
首位と2位だからだ。
CSの出場チームも決まり主要タイトルの殆ども上位のチームの選手にほぼ決まった様な状態。CSに向かう3位のチームを除いたBクラスの3チームは既に来季に向けた構想で、残りの試合をこなしている様な状況。
残り、10試合。
最初の3試合は今夜から、甲子園球場で大阪梅田オクトパスとの試合。
そして、移動日を挟んで。
広島で神宮ビフィズスゲノムを迎えて3試合。
そのまま、名古屋に向かい名古屋ホエールシャークスと3試合をこなした後。
翌日に東京で、ナイツオブラウンドとの最終戦だ。
まさか、夏場に台風で流れた試合が最終戦に組まれるとは思わなかった。
……すまない。
言い忘れてたな。
もう、言わなくても解っていると思うが。
順位が確定していない2チームは、東京と広島だ。
「もし、最終戦までもつれたらえらい事になるで……」
移動のバスの中、隣に座っていた荒金さんがそう呟いた。
「なくはないけど、可能性としては随分低いでしょうね。
球歴的にもあるんですか? 」
俺の質問には、後ろの席から返答がきた。
「一応、昭和に1回。平成にも1回あるぞ」
小丸ヘッドがそう言うと、小丸ヘッドの隣の浅海さんが続く。
「10・8決戦と、10・19ダブルヘッダーですか。懐かしい」
10・19ダブルヘッダーが昭和の時のもので、パ・リーグの埼玉レアメタルスと今は無くなった兵庫バナナモンキーズが優勝を懸けて争った
比較的近年に起こったのが、もう一つの10・8決戦。近年と言ってももう20年以上前の話だ。
東京ナイツオブラウンドと、名古屋ホエールシャークスが史上初の最終戦まで同勝率でもつれた一戦だ。
この年の東京ナイツオブラウンドは、前半戦まで首位の広島に7ゲーム差をつけられていたが、後半戦に驚異の伸びを挙げ優勝をもぎ取った。
だからこそ、よりこの一試合は伝説的に語られている。
「まぁ……でも……」
俺の言葉に、3人は耳を向ける。
「そうなったら、なったで大分おいしいですよね? 」
その言葉を受けて、3人は非常に微妙な表情で黙ってしまう。
「じょ、冗談じゃなあわ。
選手はそりゃ、何も考えんでそれで、ええかもしれんが……
わしら、胃をめがしてしまうわ。
早う優勝決めてくれえや」
荒金さんが、心底うんざりといった声を挙げた。
どちらかが敗けて、どちらかが勝てば即勝った方にマジックが点灯する。
そして、この極限状態で世間は30年以上優勝が遠ざかり、そして夏場まで最下位を突っ走っていた広島の快進撃に注目していた。近年女子人気が全国的に向上していた広島フィーバーは一種の社会現象の波にまでなり。
経験のない圧力として選手は勿論、監督、コーチ。果ては親会社にまで及んでいた。
この『勝たなければならない』空気は、正直余計なものだ。
こちらはただでさえ30年以上優勝を知らないのだ。
現役選手は無論の事、コーチ陣そして監督すら生え抜きの者達はそれを知らない。
優勝への勝ち方を知らない。
そんな事を世間の目が期待の眼差しで向けてくるのだ。視線の先に立つ我々も同じ人だ。それは後押しの勢い以上に時として毒ともなる事だろう。
逆に東京はこれだけ世間の目が広島に向いていれば連覇の圧力も無く、とてもいいコンディションで残り試合をこなせるはずだ。
いや、だからこそここで弱気になっていてはいけない。
陽が沈もうかと悩んでいる様に、空を朧気に照らしているこの時間。
球場の真ん中の電光掲示板に名前が並ぶ。
打順も開幕から大きく変わった。
1番二塁手
今季打率2割8分2厘、5本塁打。交流戦から頭角を見せ始めたキレのある打撃が魅力なリードオフマン。
2番は中堅手、真倉五郎。今季は打率が一時期2割を切って、打順が固定されなかったが、高木の代頭で小技の利く2番に落ち着いた。
3番に右翼手、木藤毅彦。復調したと言え、打率2割6分、19本塁打は木藤にとっては物足りない数値だ。
そして4番は戻ってきた一塁手、雲母
得点圏打率3割5分8厘、7本塁打42打点と、流石に長年4番を任されていただけあり、チャンスの場面では非常に頼りになる。木藤の不調がなければ監督も5番で固定し打順の厚みをつけたかった事だろう。
――5番。
麻宮羽根。捕手。
今日の試合で規定打席に到達しているスタメンは木藤と彼だけ。
打率3割2分2厘、27本塁打、71打点。
スタメンに固定されたのが交流戦からだから、タイトル争いには参加出来ないが間違いなく打撃にも、守備にも麻宮が居なければ、今季の広島はなかった。
6番新外国人、ロリー・ハ・カミィ。アニメをこよなく愛するハンガリーナイスガイのスラッガー。
彼も、夏場に途中加入し、2打席連続ホームランの華々しい日本デビューを飾っている。変化球に若干苦手意識があり苦労している様子。三塁を守るがこれも若干怪しい。
7番、泳着春道、左翼手。
開幕から打順を動かされ続けた為か、調子が上がらなかったのが泳着だ。
しかし、その長打力は頼るなと言うのが難しい。
最後に名を連ねるのは、遊撃手。
昨年、宮城ズンダモチーズから戦力外通告を受け、トライアウトで獲得した
前評判通り堅実な守備で内野は投手以外全てを無難にこなす。
打撃が弱い為彼の位置は浦風と併用されるが、後半の守備固めでも貴重な存在だ。
以上、8名現在のスターティングメンバ―。
そして、ベンチは……。
控え捕手、枝崎と鞍馬。三塁一塁を守れる浦風。遊撃手の兵藤、そして一応外野手登録の俺。
……そう、現在広島の野手は通常よりも2名少ない13名となっている。
理由は明白。
投手数を増やしているのだ。
このシーズン終盤にして、投手陣の負担は野手陣のそれより圧倒的に大きい。
特に救援の中継ぎ、抑えが疲労の蓄積的に危うい。
クローザーのカスジャネーヨも、夏場の馬力は影を潜めていて勝負時のその時まで休ませたいのが本音だろう。
そう言っていられないのが現在のこの一進一退の状況なのだが。
とにかく、今チームとして最善なのは優勝を早くに決め、CSに向けて投手陣野手陣のスタメンを少しでも休ませる事だ。
そして、最悪なのが……
それから12日後の10月9日。
俺が予想したその最悪の想定が現実のものとなるのだった。
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