第17話 8月22日 対神宮ビフィズスゲノム戦後
「皆様、こんばんわ。
ニュース・キングダムのお時間です」
初老のキャスターがそう言って促すと、画面に若い男が映る。
「はい‼ では、早速国内のスポーツからお伝えします」
その言葉で今度は画面がVTRに代わり、日本各地で行われた試合の様子が流された。
今日は、広島地元で日曜のデイゲームだった。
試合後の軽いトレーニングで汗を流した後、家に戻った俺は久しぶりに家のテレビで落ち着いてスポーツニュースに目を通す。
「今日の解説ゲストは、昨季まで名古屋ホエールシャークスで長年正捕手を務められていた毛利さんです」
初老の男性の紹介と共に見慣れた中年が画面に映る。
「へぇ……いい仕事貰ったんだな」ボソッと呟いて、妻が用意してくれたつまみを口に運んだ。
「しかし、今年のセ・リーグは本当に目が離せませんね‼
私的には、やはり6月まで最下位に沈んでいた広島の急激な追い上げ‼
今日も勝利して、遂に2位の横浜
流石に首位の東京まではまだ4ゲーム差ありますが……
これは……まさか、今年は……」
初老のメインキャスターが嬉しそうに笑いながらそう語り掛けるが、毛利は冷ややかな笑みを浮かべると。
「ええ……確かに、7月……正確には、東京から補償で移籍した麻宮がマスクを被ってからの広島には明らかに勢いがあります。
絶不調だった木藤、桂坂の攻守の要も復調の兆しが見えています。
……ですが、流石に2位まででしょう。
今年の東京はFAで獲得した元広島の神月と正捕手の佐々波のW捕手がピッタリと当たり、チーム防御率はリーグトップ。完封数も既に去年の倍の11試合。これも当然リーグトップです。
正直、私自身も出身が捕手なのでこれだけ捕手で投手の成績が上がっている事は見ていて嬉しい。野球にとって強いチームの要。とはやはり捕手なのです
そう言った意味で今の東京の鉄壁を崩すというのは」
そう言って毛利がグラフの描かれたボードを挙げる。
「現在の野球をする環境で、1年間選手を固定し続ける事は非効率です。
特に、捕手は固定しない事でリード面を相手チームに研究される事を回避する事も可能でしょう。
そう言った意味で、今後夏の暑さが続くペナントレース終盤。
必ず、広島と東京でその差が出る筈です」
本当にいけ好かないヤツだが、俺は思わず顎を撫でてその言葉を聴いていた。
確かに、その指摘は俺の考えにも的を射ているからだ。
交流戦開幕から、スタメンに起用され出した麻宮はなんと、8番ながら2試合で4本塁打を打ち、あっという間にチーム最多本塁打を打ってしまうとそれからも神った活躍を見せ現在はクリーンナップの5番を打っている。
規定打席未到達ながら、打率3割2分1厘、17本塁打、49打点はどれもチームトップの成績だ。
そして、そんな麻宮が後ろに控えているおかげで、4番の圧力に屈していた木藤に先の話にもあった復調の兆しが見えている。
今や、麻宮はチームの勝利の為に外せない精神的主柱となってしまった。
そう言った事は、今までにもあるしシーズン中には必ず調子のいい誰かがそう言った位置に居るのが、強いチームの必須条件だ。
「どうしたの? 難しい顔して」
盆を持って妻が隣に座った。
「あ~、暑い~。アタシも飲も~」
そう言って、小気味いい音を立てて缶を開ける。
「今季、あなたも調子いいわね」
そう言われて、俺はお道化る様に「そうかい? 」と笑う。
今年もDH制がある交流戦では、スタメンから出場させてもらえた。
枝崎との併用もあったので、去年より起用は減ったが、その分妻が言った様に代打で成績を残していた。
現在2割6分1厘、9本塁打、33打点。
代打場面で6本塁打。つまり、日本記録のシーズン7本にこの時点で王手を掛けていた。
その要因も解っている。
麻宮と共に、俺は俺のフォームを――第三者の目で確認出来た。
先にも確か言った事が有ると思うんだが。
俺達プロスポーツ選手のピークは、若い時。しかも、とても短いもの。
俺と麻宮の年齢的体力差。腕力差。
そして、それはあの時の俺と現在の俺にも通ずる。
昔のフォームが現在の俺にとって最適であろう可能性は低いのだ。
この年齢になり――俺はまた、一歩野球の深みに近付けた。
しかし。
「……? 何処に行くの? 」
妻の心配そうな声に、俺は微笑みを浮かべた。
「ちょっと、良い覚ましに外を歩いてくるよ」
「……暑いし、暗いから車とかに気をつけてね? 」
妻は、それ以上何も言わない。
玄関を出て、俺は表情を歪めた。
足に……痛みが走るのだ。
丁度、麻宮と共に打撃フォームを改良して暫らくの後だった。
つまり、今のフォームが古傷に負担を与えているのだろう。
最初は少しの時間で治まっていたが、今は酒を飲むだけでも痛みが走る。明らかに悪化している。
本当ならこの事を監督やコーチに伝えて休養を取るのが正解だろう。
だが――。
今のこのチームが上昇している時に、最年長の俺が離れる訳にはいかない。もしそうなれば、今も重責を負わせている麻宮や木藤にいらない荷物を与える事になってしまう。
何より――。
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