第11話 対家族+2名

 年末前。

 プロ野球選手はこの時期が年間で唯一の休養期間となる。

 ある者は副業、要するに年末テレビ番組へ呼ばれたり、そうでない者は自主トレを兼ねて療養地で汗を流す。

 かくいう俺は――。


「おとうさーん、はやくはやくぅ」

 そう言いながら、髪を丁寧に揃えたお坊ちゃんがたったかたったか前を駆け抜けていく。

「朝陽。危ないから一人で行っちゃいけん」

 俺の声も虚しく、小坊主朝陽は興奮状態で止まらない。


「やーねー、これだから子どもは」

 俺の後ろでは、逆に落ち着き過ぎているお姉ちゃんの凪が、俺の母親つまり、彼女の祖母の手を引きながら優雅にそんな事を口にしている。


「朝陽‼ お父さん、走れないんだから言う事聞きなさい‼ 」

 その隣の妻が、叱りつける様に怒号を飛ばす。


 今日は、近所に住む俺の母親を連れて一家で温泉旅行に出かけていた。


「うふふ、男の子はやっぱり元気ねぇ」

 母親がそう言うと、妻が呆れた様に続ける。

「元気すぎますよ。ひょっとして主人もあんなだったんですか? 」

 そう言われて、母親はにこにこと笑った。

「ええ。うちは主人も子どもみたいな人だったので、二人でいっつも騒いではどこかに行ってましたね。私も、もうある程度智徳が大きくなったら放っていましたが」

 穏やかな時が過ぎている。

 そう、俺はこの期間、束の間ではあるが家族サービスに充てる事にしている。と言っても一泊で戻れそうな近場に骨休みに行くぐらいのものだが。

 要するに、親子水入らずの時間を毎年つくっているんだ。


 そう――今年も、例年通り。そんなはずだった。


「いや~ん。お母様。その話詳しく訊きたいわ~」

「マジっすか。前町さんって子どもの頃落ち着きなかったんすか⁉ 」


 母親の言葉に、異様に食いつく筋骨隆々の男2名。

 親子水入らずに、水どころか筋肉をねじ込んできやがったな。


 先週、オフの予定を神月と木藤に訊かれて、正直に話したところ。

 何が何でどうなったのかは知らんが、この二人も付いてくる事になってしまったのだ。


「えぇ⁉ アオイちゃん、タケちゃん、新年の『VS乱気流』に出るの?

 いいなぁ~、ハルジュンのサイン、貰ってきてよ~」


 そして、困った事にこの二人、俺よりも娘に懐かれている。


 なんだか、その場に居づらくなった俺は、少し歩を早めて朝陽を追いかける事にした。




「つっは~~やっぱ、温泉はいいすねぇ」

 旅館に着いて、落ち着くと皆はいの一番に目的の温泉へ向かう。


「ホント、いいお湯ね~」

 ……おい、神月。なんでお前、胸を隠している?

 明らかに他の利用客も神月を二度見している。

 とりあえず、傍から離れとこう。


「朝陽くんは、もう野球してるんすか~? 」

 この年、初めて朝陽が「お父さんと入る」と言った為初の男湯を経験し、大人しくなっていた朝陽に木藤がそんな声を掛けた。


「うん! 先月から小学校の野球教室に通ってる。あのね、ぼく、おとーさんみたいになるの! 」

 すぐさま息子は、無邪気にそう答えた。

「あら~、お父さんはすごい野球選手だから大変よ~」

 神月が息子をギューッと抱き締めながらそんな事を言う。ただちに止めろ。息子に変なへきが出来たらどうするつもりだ。


「いいすね~。やっぱ子ども可愛いですね。俺も彼女と結婚しようかな~」

 木藤がこれまた無邪気にそんな事を言う。


「まぁ、木藤の稼ぎならもう問題も無いだろ。

 確かに早い内が子どもは楽らしいしな」

 ――俺は怪我があったから……と、続く言葉は仕舞っておこう。


 木藤は俺に向き直って「はい! 」と元気よく返事をする。

「よっしゃ~、そうと決まれば子育て予行練習だ~。朝陽くん‼ サウナ、水風呂の男風呂トレーニング行くぞー‼ 」

 探検にでも向かうつもりかという程のテンションで木藤は息子を連れて行ってしまった。

 まあ……木藤も付いてるし問題は……ないだろう。むしろ、俺はこれでゆっくりと温泉の効用にありつけ……


「丁度……二人きりになれましたね? 少しお話、よろしいですか? 前町さん……」

 問題は大ありだった。

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