第24話 終末期看護 6

僕の勤める病院は阿佐ヶ谷にある中規模の総合病院だ。日勤が終わり夕暮れ時で人が多くなった商店街を自転車で走る。阿佐ヶ谷は田舎にありそうな大きすぎない商店街が多い。

こんなことを言ったら阿佐ヶ谷人に怒られそうだがこれといって特徴のない街である。メインストリートの中杉通りは中途半端に広すぎて活気があるのかないのかいまいちパッとしないし、高円寺のような雑多な印象もなければ永福のような高級感もないし、電車は中央・総武線しか使えない。某芸人がコンビ名にしていなければ気になる人も少なかっただろう。

成田に向かうと寺院が多く、人通りも少なくなって自転車を漕ぐスピードも上がる。職場から10分ほどで藤川さんのアパートに到着した。

インターホンを鳴らし反応を待つといつものように淳一さんが出迎えてくれる。今日も来客があり奥の部屋で奥様と女性の話声がきこえてきた。今日も宗教関係の来客だろうか。

「失礼します」と声掛けしながら部屋の中へと入るとすぐに名前を呼ばれる。


「つ、築島さん」


「はい!」


淳一さんに少し大きめの声で名前を呼ばれてびっくりして自分も声が大きくなってしまった。


「オヤジがマグロを食べれたんです!」


淳一さんが笑顔で本当に嬉しそうに話す。


「すごいじゃないですか!隆一さん!マグロはどうでした?美味しかったですか?」


「あぁ。美味かった」


僕が軽く肩を叩いて問いかけると隆一さんも薄っすらと笑みを浮かべ答える。


「ほんとよかったわねぇ。淳一さんが頑張って介護してるおかげよ」


奥から知らない女性がやってきて会話に混ざってくる。どちら様でしょうか……

いつもの宗教関係の人間にしては若いなとは思いつつ「ええ、そうですね」とだけ答える。不信感が顔に出ていたのか


「あ、私担当しているケアマネージャーの田中です」


自己紹介してくれた。顔合わせに来なかったケアマネージャーだった。


「お世話になってます。トータルケア訪看の築島です」


「看護師さんたちが来てくれてるので助かります。急な退院だったの色々手配が間に合わなくて申し訳ありません。まだ介護度も決まってないものでプランもたてれなくて……」


隆一さんのように最近まで元気で介護認定を受けてなかった人が進行の早い重い病気になると、介護認定が間に合わず自宅にいて介護が必要なのに介護サービスを全く使えずそのままお亡くなりになるケースがたまにある。介護の制度は複雑でわかりにくい。僕も訪問看護をやるまではほとんど解らなかったが、ケアマネージャーが無知だった場合は何もサービスを使わずに最期を迎えることがある。暫定プランという「このくらいまでだったら使えそう」というプランを立ててサービスを入れる手がある。介護認定がおりるまでは1か月以上かかることもあるし、中野区なんかは遅くて2か月を要することもある。介護度が決まってないのにサービスを入れられるのは介護保険の利用開始は『申請日まで遡る』ことができるからだ。


「暫定でプランを組んでもいいのではないでしょうか?」


ただのバイトが厚かましいとは思ったが、このままでは淳一さんが介護疲れで倒れてしまう。


「ええ、福祉用具は入れたんですが、あまり高くつかなかったら自己負担になってしまうじゃないですか……。訪問看護さん依頼してますし」


どうやら無知なほうのケアマネージャーだったらしい……


「病名あるので訪問看護は医療保険ですよ。あと、介護度2以下になることはないと思うのでその範囲だったらプランを立てても大丈夫だと思いますが」


訪問看護は介護保険と医療保険の2種類が使えるが介護保険が優先されると決まっている。ただし、別表7に記載されている病名がある場合で利用する訪問看護は医療保険が使用でき末期がんも記載されている。この別表7と8が曖昧な表現で書かれていてとてもわかりづらい。


「そうなんですか!ちょっと訪問看護の制度がわからなくて……すぐにヘルパー事業所を探してみます!」


「できればトータルケアの関と相談してみてください」


本来であればこのやりとりはサービス開始前にできたはずだったのに……


いつものように隆一さんの状態を確認する。微熱が気になるが大きく状態は変わっていないため30分ほどで退室した。



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