第15話 一番の大変な仕事
星野さん宅から関さんと別れ事務所へと向かう。今日は午後からの訪問はないため、事務所で記録整理と書類整理を行う予定だ。
大久保通りをまっすぐ走り山手通りへと出る。他の訪問介護や訪問看護でもスクラブを着用しているステーションは多いのだが、一般の人から見たら異様なのかあちこちから視線を感じる。僕の顔に何か付いているのか?それとも変な顔でもしてたかな?と少し不安になる。
東中野の近くには、有名私立高校や大学があるため時間によっては学生だらけで思うように進めない。特にスマホを見ながら歩いている女性は要注意だ。男の歩きスマホはあまり見かけないが、女性の歩きスマホ率は高い。そして前を見ない。
そんな人々を華麗に躱しながら事務所へと到着する。いつものように空っぽの事務所かと思ったが、ロックはかかっておらず、珍しく誰かいるようだ。
「お疲れ様でーす。戻りましたー」
ドアを開け挨拶をしながら中に入る。
「おふはれひゃまふ」
食事中の田山さんがいた。口に含みながら話すため何を言っているのかわかりづらいが、お疲れ様ですと言ったのだろう。
田山さんの目の前には物凄い量の食べ物が並んでいる。
「凄いね、それ全部食べるの?」
大きめの弁当が2つ並んでいる光景に率直な質問をしてしまう。
「さすがに全部は食べないですよぉ。1つは非常食です。ないと不安なので……」
口に含んだ食べ物をお茶で流し込み、一息ついた田山さんが少し恥ずかしそうに言う。全部は食べれないけど、足りなかったときのための保険だ。しかし、随分と高額の保険に入っている。
買ってきたパンを食べながらパソコンを立ち上げる。
「今日はこれから訪問?」
田山さんは要領がいいのか新卒にもかかわらず、勤務し始めて2週間で、すでに同行なしで訪問ができるようになっている。訪問看護に看護技術的なマニュアルなんていうのは必要ない。オムツ交換ひとつ取っても訪問先でやり方が違う。家族の意向に添えるか、工夫ができるかといった要領の良さが全てだ。
「ふん。っごごから2へんほうもんでふ」
もう話しかけるのはやめておこうか……。あの量ではしばらくの間はフガフガしか返ってこないだろう。
パソコンから訪問看護専用の書類作成ソフトにアクセスする。僕の今日の訪問は終わりだけど、訪問看護計画書という書類作成を頼まれている。もちろん時給も発生する。
新規で訪問が始まっている何人かをピックアップしてキーボードを打ち込む。
「何してるんですか?」
いつの間にか食べ終わった田山さんが後ろからモニターを覗き込む。
「計画書をつくってるんだよ」
「へぇ、病棟でカンファレンスの時つくるのと一緒なんですか?」
「んー。似たような物だけど、ちょっと違うかな。問題点を見つけて改善策を考えてたまに評価するんだけど」
「え?だったら病棟のと一緒じゃないですかぁ」
「そこは同じなんだけど、訪問看護はこれを毎月プリントアウトして利用者に渡さないといけないんだ」
「毎月ですか!?」
「そう、毎月だよ。このほかに実績票、報告書というのも毎月出さなきゃいけないんだ」
毎日訪問していて書類まで作らないといけない。かなりの労力が必要になる。常勤である2人は訪問の他に担当者会議などで忙しく、とても作成している暇はない。ハッキリ言って訪問看護では書類作成が1番厄介な仕事なのだ。
「うわぁ、事務の人みたいですねぇ。あ、あたしもソロソロ行かないと。それじゃぁ、築島さん!行って来ます!」
「行ってらっしゃーい」
田山さんを見送り計画書に集中する。
とある末期癌の利用者の計画書を作成する。本人と奥さんには告知しておらず息子だけに告知済みだという利用者だが、利用者が読むべき計画書であるにもかかわらず病名については伏せて計画しなければならない。なんとも矛盾している。もうちょっとスマートな制度にできないのだろうか……。
2時間程で3人の計画書を書き上げ、プリントアウトして関さんのデスクに置いておく。今日の僕の仕事はこれで終了だ。今日はヤスが家にいるようだから早めに帰って外食にでもいくか。
星野さんの事は心配だけど、次のバイトは数日先だ。それまで状態は確認できないが、速水先生なら上手くやってくれるだろう。
誰もいない事務所を後にして家へと向かう。何処に食べに行こうか。
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