第16話 兄妹
夏休み中の子供達が多い方南通りを杉並方面へと進む。お互いに学校と仕事でほとんど会う事がなかった弟のヤスも今日は家にいると連絡があった。
たまには呑みにでも連れていってやろう。あいつ酒呑めたっけ……。
「ただいまー」
ドアを開けてリビングへと入る。
「「おかえりー」」
何故か2人分の返事が返ってきた。見るとソファにはヤスが座っているが、もう1人女性が寝そべっている。小動物のようにちょこんと座るヤスの膝に遠慮なく足を載っけている女だ。
「ヤス。ちょっとこい」
「ん?」
ヤスは頭の上に「?マーク」を浮かべたような顔で足を退けながら立ち上がる。いや、おかしいだろ!?くつろぎすぎだろ!?
「ヤス。お前が誰と付き合おうと勝手だし、他人の家で超くつろいでる女でも許そう」
「ん?」
未だ「?マーク」を頭に浮かべている。
「だけど、あれはどう見ても女子高生とかだろ!?犯罪になるぞ!?」
「兄ちゃん、何言ってるの?あれ、美香じゃん」
「いや、美香でもなんでも女子高生はヤバイって。少し歩いたら渋谷だよって教えてあげなさい」
「美香だよ?妹じゃん」
妹?あのギャルっぽいのが妹?
「あぁ……、そういえばそんな名前の妹がいたな……。アレが妹なのか?ギャルじゃねーか」
「んー。まぁ、そうだね。僕も最初はビックリしたよ」
「何しにきたんだ?」
「さぁ?それは本人に訊いてみたら?」
ヤスは戯けたように苦笑いを浮かべてリビングへと戻る。
「あ、ヒロ兄お腹空いたんだけどー」
美香はソファに寝そべりながら足をバタつかせる。
「何しにきたんだ?」
「えぇ?酷くない?せっかく、かわいい妹が会いにきたのに?酷くない?」
「えぇ?訳のわからないギャルが仕事で疲れて帰ってきた兄に夕飯をせがむって、酷くない?」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
くっ!こいつは超のつくほど我儘な妹だ。僕は甘やかしたりしない!
「で、何しにきたんだ?」
「夏休みだし、お
嘘つけ!絶対、遊びに来たんだろうが!
「まぁまぁ、いいじゃん。帰らない僕達もわるいんだし、たまにはね?」
「そうだよ!さすがヤス
くっ!
「久しぶりにヤスと渋谷の居酒屋に行こうかと思ったんだけどな」
渋谷といっても徒歩でもいけるくらいのところに珍しい居酒屋を見つけたから、今日はそこに行こうかと思っていたのだ。ネギ料理専門の店だ。訪問の移動中は割と居酒屋探しをしていることが多い。
「え?行こうよ!渋谷!」
「美味しいファミレスで我慢しろ。居酒屋にガキンチョは連れて行けないだろ。それに渋谷に行きたいだけなら歩けば5分で行けるぞ?住所が渋谷なだけだけどな」
なんだかいつも感情を抑えているせいか久しぶりの兄妹同士の会話では素に戻ってしまう。
「えぇ!?ケチ!」
兄妹3人で近所のファミレスへと出掛けた。文句を言っていたにもかかわらず横断歩道を1つ渡るだけでファミレスがあるというのは美香にとっては衝撃だったようで、しきりに「すげー」と興奮していた。確かに地元の秋田だとファミレスに行くのに車で30分とかかかったりするし、ピザの配達も不可能な地域が多い。
「僕はビールで、ヤスもビールだよな?じゃぁ、ビールグラスで2つ、ドリンクバー1つ、唐揚げと大盛りポテトをお願いします。ヤス、好きなもの頼んでいいよ。美香は1番安いハンバーグのセットにしとけ」
「何それ!酷くない!?」
すかさず美香が文句を言ってくる。
「ハンバーグセットはなしで!肉汁たっぷり俵ハンバーグのラージとデラックスパフェください!」
ちっ!
「今、「ちっ!」って言ったべ!」
「言ってないよ。あー、訛ってるぅ。恥ずかしぃ」
「訛ってないしっ!」
と言いつつも美香が顔を真っ赤にして否定する。
「ほら、店員さんが苦笑いしてたぞ?」
追い討ちの言葉に本当に恥ずかしくなったのか、美香はシュンとして大人しくなってしまった。ちょっと弄りすぎたか。
「兄ちゃん、あんまり美香をからかっちゃダメだよ」
ヤスが真面目な顔で間に入る。こういう時のヤスは怖い。やりすぎを反省する。
「はい」
「ヤス兄に怒られたー」
くっ!
「3年?ぶりくらいの再開に乾杯しようか。それじゃ、乾杯!」
「「乾杯」」
注文から程なくしてビールとポテトが届き、ヤスの号令で兄妹3人で乾杯をする。いつでもヤスは中立でまとめ役だ。
「ヤス、
ポテトをつまみにしながらヤスの状況を確認する。テレビや漫画で観るとポリクリでも過酷なスケジュールで勉強の暇なんてないというのを目にする。
「んー?5年生の時は忙しかったけど、ほとんど見学だけだし来月くらいから卒業試験とか国家試験の勉強ばかりになるよ」
「え?そんなもんなの?もっと過密スケジュールでいろいろと擦り切れちゃうとかじゃないの?」
「それ、ドラマの見過ぎだよ。バイトしてる奴とかは結構大変みたいだけど、兄ちゃんが頑張ってくれてるから僕は楽させてもらってるよ」
そうだったのか……。てっきり円形脱毛になるくらいの苦労とかしているとおもっていた。
「あのさぁ、なんで2人とも『僕』だーず?なんかゾワゾワするったげど」
「「!」」
唐突に美香が上京者に対して言ってはいけないフレーズを口にする。しかも、ちょいちょい方言を入れてくるという罠つきだ。
こっちにきてから一人称は『僕』が当たり前になっていた。『俺』とか使わないし『オラ』なんて恥ずかしくて使えない。よく考えると自分でも気持ちわるいが強がってみる。
「い、田舎ものめ。これが標準だ」
「あー。なんかバカにされたー」
「お前は永遠に訛っているがいい。秋田での平和な暮らしを応援するぞ」
「あたしも東京の大学に進学したいっ!」
「東京?どこの東京の話だ?埼玉か?神奈川か?」
「東京だもん!」
ちょっとからかいすぎたのか美香がムキになってくる。
「兄ちゃん……。やりすぎ」
「秋田県民にとっては埼玉、神奈川、千葉、下手をすると群馬まで東京だからな」
父方の親戚の多くが『東京』に住んでいたと思っていた。だから『東京の親戚』と呼んでいたが、大人になって、誰1人として東京に住んでいなかったことに気づいた時は軽くショックを受けたものだ。
「東京の大学って……。そういえばお前はどこの高校に通っているんだ?国立でもないと面倒見てやれないよ?」
「あ、面倒はみるんだ。さすが兄ちゃん」
しまった!なんで美香の面倒をみなきゃいけないんだ。
「秋陽高校だよ。ちなみに成績は良い方」
そういえばヤスも秋陽だったな……。僕だけ普通のレベルの高校じゃないか……。
「東北の大学でも学部はいっぱいあるだろう……。なにも東京に来なくても」
「東大の理3に行きたいの!」
なに言ってるんだこいつは……。
「するってぇとなにかい?あの東大で医者を目指したいと、お前さんは本気で言ってんのかい?」
「兄ちゃん。噺家口調になってるよ」
「お願い!本気なの!」
美香がいつになく真剣な目をして僕に訴えかける。からかう事ができなかった。
「目指したいなら目指せ。ただし、東大は文京区だからウチからじゃ遠いぞ」
いい加減に聞こえるかもしれない僕の応えを聞いて、美香が見たこともないような笑顔になる。可愛い顔もできるじゃないか。
「兄ちゃん、そんな投げやりな……」
「ありがとう!ヒロ兄!」
「えっ?」
ヤスがキョトンとした表情で僕と美香を見る。
「話は終わりだ。さぁ食べるぞ!」
「えっ?いいの?それで済んじゃったの?」
「「たぶん」」
「えぇ?なんか2人って心が通じてるとかなの?」
「「それはない!」」
詳しく話してないが、東大なら許すから頑張れというのに美香が頑張ると応えた。それだけのことなのだ。僕と美香は昔からあまり仲は良くないが、お互いになにを考えているのかがすぐにわかってしまうところがある。ただ、東大以外はダメというのも含まれているからハードルはめちゃくちゃ高い。
僕たちは、まるでテレビ番組でやっているようにファミレスの全メニューを食べるかのように注文しまくった。
これなら普通のレストランで一品ずつ注文してたほうが安かったな。
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