第6話 家族

 午後5時までの訪問が終わり事務所に戻るが誰もおらず、僕は記録を済ませて家路へ着く。自転車で人がまばらとなった方南通りを走り、自宅である賃貸マンションへと到着した。

 玄関の鍵を開け中に入る。2LDKのマンションは広く、家賃もそこそこ高い。2人で暮らすにはワンルームは狭いから仕方がない。

 冷蔵庫からビールを取り出し、帰りに買って来た弁当を食べながら1人の夕食を摂る。


 携帯の着信音が鳴った。生憎と僕は食事中なので用件は食事の後にしてくださいと心の中でメッセージを送り、着信を無視して食べ続ける。

 鳴り止んだと思ったら、また鳴り始める。どうあっても食事の邪魔をしたいらしい。僕は仕方なく電話に出ることにした。


「なに!?」


『おーち、なにってが。おめ、電話さねがら心配して電話したったべしゃ』(おー、なにってなによ。お前が電話かけてこないから心配して電話かけたんだよ)


 電話は秋田の母親からだった。


「元気にやってるよ。それだけ?」


 母親はどうしようもない日常の話を長々と続ける。


『ヤスも元気にしてらが?おめがだだば、なんもこっちゃこねんで、電話もさねし、でねし、なんとなってらんだ?』(ヤスも元気にやってるの?お前たちは、全然帰って来ないし、電話もして来ないし出ないし、どうなってるの?)


 ヤスというのは、この家に同居している5つ年下の弟のことだ。今は、都内にある私立大学の医学部に通っている。


「オレは仕事が忙しいし、ヤスは6年生だから実習で大変みたいだ。今は、帰るのは難しいよ。おばあちゃんと美香は元気?」


 軽い認知症状が出てきている祖母と高校生の妹の様子を訊く。


『ババだば、まんつ変わりねし、美香は東京にいきてぇって言ってら。ババよりもオイのごど心配してけれじゃ。盆だば帰ってこれるが?』(おばあちゃんは、まず変わりないし、美香は東京に行きたいって言ってる。おばあちゃんより私の事を心配しなさいよ。お盆には帰って来れるの?)


「一応、ヤスにも訊いてみるよ。あまり期待はしないでね」


『わがった。へば、まだ電話するがらな?ちゃんとでれよ。へばね』(わかった。それじゃぁ、また電話するからね?ちゃんと出なさいよ?じゃぁまたね)


「へばねー」


 ついつい、つられて訛りが出てしまった。


 電話が終わり、すっかり温くなったビールと冷めた弁当を食べる。

 弟のヤスが来て早くも6年、最初の内は貯金を切り崩してやりくりしていたが、それだけでは生活がキツイため、3年前から訪問看護のアルバイトを始めたのだ。

 子供の頃に父親が死んでから女手ひとつで僕たち3人を育ててきた母親には感謝してもしきれない。学力も平凡だった僕は、手っ取り早く高給を貰える仕事として、看護師になる道を選んだ。弟の育斗は、将来は医者か弁護士かと言われるほど頭も良かったが、医学部はお金がかかるからと国立大の教育学部を受けたのだが、僕がお金を出すからと、半ば強引に私立の医学部に入学させた。もちろん、医者になったらガッポリ稼いでもらって返してもらうつもりだ。


 2連休も終わり、明日からはメインの仕事である病棟での勤務が待っている。

 今日もヤスは夜遅くか、帰って来ないかのどっちかだろう。

 あと1年だ。あと1年頑張れば、ヤスは医者になれるし僕も好きな仕事だけできる。そこまで考えて、妹の事を思い出す。

 美香は成績優秀ではないから大丈夫だろう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る