第23話 終末期看護5

今日は訪問看護の予定は入れてなかったが、昨日から入ることになった藤川さんの夜二回目の訪問へとやってきた。

分かりづらい位置にあるチャイムを押すとすぐに淳一さんが顔をだす。


「つ、築島さんでしたっけ……。どうぞ」


名前を憶えていてくれたことに少し嬉しい気持ちになりながら部屋の中へと入ると、昨日と同じ年配の女性が二人隆一さんの傍で声をかけていた。


「私たちに任せておけば大丈夫」


などと何が大丈夫なのかわからないがポジティブな発言を繰り返している。しきりに話かける女性たちに淳一さんが「看護師さんきたんで……」と声をかけると僕のほうに近づいてくる。


「あと、どのくらいなんですか?長くはないんでしょう?」


親戚なのか知り合いなのかわからないが家族の前で平然と余命を訊ねてくる神経に信じられないという気持ちと怒りを覚える。


「そういうことはお話できません」


少し苛立ち混じりの声できっぱりと話すと、女性たちは気にする様子もなく「あら、そう」とだけ答え部屋を出て行った。

女性たちが出ていったの確認してから淳一さんに尋ねてみる。さすがに放っておくと後々問題になりかねない。


「あの方たちはお知り合いですか?」


「し、知り合いというか近所の人たちです」


なんとも歯切れの悪い答えが返ってくる。淳一さんもなんと表現したらいいのかわからないといった表情である。


「以前からよくいらしてたんですか?」


「た、たまに来てたんですが、オヤジがいつも追い返してたんで……。あの人たち聖光教会の人たちなんです」


ようやっと納得できた。聖光教会とは国政にも議員を輩出している有名な宗教団体だ。他の利用者や入院患者でもゾロゾロと団体でやってきてトラブルを起こすこともある。


「不躾な質問ですみません。教会に入ってるんですか?」


これは医療従事者にとっては大事な確認項目で、病院でも入院時のアナムネーゼ用紙に「信仰・宗教」という項目が設けられていることが多い。宗教によっては輸血ができなかったり、葬儀の段取りが違ったりすることがあるためだ。


「いえ、入ってません。勝手にくるんで困ってるんです」


「そうですか、わかりました。では、血圧測定からやらせてもらいますね」


そう言って僕は隆一さんのバイタル測定を開始する。連絡ノートによると今日の午前は関さんと大関さんが訪問している。淳一さんは夜間つきっきりで介護をしておりほとんど眠っていないようだと書かれていた。

僕が仕事をし始めると部屋の隅に体育座りしウトウトしている。なるべく大きな音を出さないようにバイタル測定とオムツ交換を終わらせる。今のところ皮膚トラブルもみられず、シーツや衣類もキレイに整えられている。


「隆一さん、お肌もお口の中もキレイですよ。息子さんがよくやってくれたんですね。よかったですね」


「あぁ、たすかってるよ」


弱々しい声だがハッキリと返答する。


「あ、あの」


突然、後ろから淳一さんに話かけられた。


「はい!すみません。起こしてしまいましたか?」


「お、オヤジが『マグロを喰いたい』って言ってるんですが、食べさせることってできますか?マグロが好物なんで……」


ノートではプリンもムセなく摂取していると記載がある。


「マグロの切り身を細かく刻んで食べさせるか、ネギトロみたいなものだったら大丈夫だと思いますよ」


僕の言葉に眠そうだった淳一さんの顔がパッと明るくなる。


「そうですか!じゃぁ、明日にでも買ってきてみます!オヤジ!よかったな!マグロ買ってきてやるからな!」


「あぁ」と短く答える隆一さんにも笑顔が見られて僕もほっこりとしてしまう。


「では、今日はこれで失礼しますね。何か困ったことがあったらいつでも連絡してください」


そう言って夜の訪問を終了し藤川家を後にした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る