第21話 終末期看護4
「こうやって、シーツのシワを延ばして、頻回でなくてもいいですけど、座布団やクッションを背中に入れて身体の向きを右と左、交互に替えると“床擦れ(褥瘡)”予防になります。」
「床擦れ?」
「はい、身体の同じ部位が長時間圧迫されると血流が滞って、皮膚や皮下組織が壊れてしまうんです。そうなると傷が出来たり感染の原因になったりするので、なるべく発生しないように身体の向きを替えたりすることで予防できます。」
「な、なるほど……。」
僕の怪しげな説明にも、一生懸命ノートに書き込んでいく。
30分ほど経っただろうか、陰部洗浄や体位変換が終わる頃に関さんが戻ってくる。
「お待たせ!」
よく持って来れたなと思うくらいに沢山の物品を抱えてきた。オムツ、尿とりパット、口腔ケア用品などなど。
「あ、あの。おいくらですか……」
あまりの多さに淳一さんが財布からお金を取り出そうとする。
「お金はいいんですよ。もらった物ばかりだから好きに使っても大丈夫。」
別に気を遣っているわけではなく、訪問看護を利用している利用者さんが亡くなったり、特別養護老人ホームなどに入居した場合に使わなくなった物品を寄付してくださるご家族が多く、金銭的に余裕がなかったり、介護力不足で購入が難しい利用者さんに配っている。
「あ、ありがとうございます。」
「説明は終わった?」
「あとは口腔ケアと吸引ですね。では、物品も届きましたし一緒にやってみましょうか。」
まずは吸引器の使い方をレクチャーする。
「スイッチはひとつしかないので、使う時はこのスイッチをONにします。そうすると、陰圧がかかるので、チューブの先端に吸引用のチューブを接続します。実際に口の中に入れたりするのは接続したチューブだけです。あとは柄のついたスポンジを濡らして、吸引しながら口の中の汚れを拭き取っていきます。隆一さん、ちょっとお口の中を綺麗にしますね。」
声かけをしてスポンジとチューブを口腔内へと挿入させる。意識はハッキリしているため、ちゃんと口も開けてくれる。
分泌された唾液を吸引しながら、スポンジで軽く拭き取っていく。
「どうですか?ちょっとやってみましょうか。」
「は、はい。」
一度準備の段階まで戻してから淳一さんにやってもらう。恐る恐るであったが、僕の説明通りの手技で用意することができた。
「オヤジ、口の中を綺麗にするから口を開けてくれ。」
ゆっくり慎重に行う。途中、反射で痰が絡んだ咳をし始める。
「こ、この場合どうすれば……」
「痰が絡んだ咳が出たら、チューブをもう少し奥まで入れてみてください。上がってきた痰が引けるはずです。」
淳一さんがチューブを奥まで入れるとズルズルと痰の引ける音が聞こえてくる。
「そうです。それで痰の吸引もできましたね。あまりにネバネバしてチューブが詰まりそうならツマミを回して吸引力を強くしてください。」
「な、なるほど。このくらいで大丈夫ですか?」
「はい、しっかりできましたね!もう大丈夫です。」
淳一さんがチューブを抜き吸引器の電源を落とす。額には汗が光っており、かなり緊張したようだ。
「痰が絡んでいるときや、何かを食べる前後に吸引してあげてください。」
「は、はい。どういった物を食べさせたらいいですか?」
「ヨーグルトや、なめらかなプリンなんかいいですね。あとはその飲み込み具合をみてから考えましょうか。」
「ゼリーなんかはダメですか?」
「ゼリーは喉越しがいいんですけど、崩れにくいので詰まっちゃったり誤嚥することもあるので、まずは、なめらかな食べ物がオススメですね。」
関さんの横で説明をしているため、僕も緊張で汗が出てきてしまう。
「わ、わかりました。オヤジ!プリンとヨーグルトどっちがいい?買ってくるからな!」
それを聞いた隆一さんは一言だけ「プリン……」と声に出す。
大体の説明が終わったところで関さんが訪問日程について説明する。
「では、淳一さん。今日も、もう一度訪問しますね。明日からは午前と夕方か夜の2回の訪問をさせてもらいますね。何か困ったことや急ぎの用事のときは壁に緊急連絡先を貼っておきますので、そちらに連絡お願いします。早朝でも夜中でも24時間365日繋がりますので遠慮せずに連絡ください。私と築島の他にも看護師がいますので、紹介も兼ねてしばらくは2人でお邪魔させてもらうことになるかもしれませんが、築島が多く訪問することになると思いますので、何かあればお伝えください。」
「は、はい。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。」
二人で藤川さんのアパートを出で少し会話をする。
「僕の説明大丈夫でしたか?」
「大丈夫!バッチリよ!」
「よかった。それにしても素直な息子さんでしたね。」
「そうね。とてもいい息子さんだったわね。最近はテレビ番組に影響されてとんでもないことを言ってくる家族もいるからね。」
最近は健康や医療に関するテレビ番組が多いせいか、あーでもないこーでもないと難癖をつけたり、明らかに適応外の治療を望んだりする家族が多くなった。「ドラマではこうやっていた」「テレビではこれがいいと言っていた」というセリフは結構多い。
「ほんとですね……。では、僕の次の訪問はいつでしょうか?」
「今日の夜は私が行くから、明日からの夜の分頼める?仕事終わってから何時になってもいいんだけど。」
「職場からも近いんで大丈夫です。では、明日の夜から訪問します。」
「ありがと!ちゃんと夜間の手当てつけるからね!」
「助かります!」
今日のところは解散して自宅に戻った。結局ケアマネジャーは来なかったのだが……。
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