第20話 終末期看護3

大体の説明が終わり、近藤先生たちが帰っていく。名刺を交換してわかったことだが、年配の女性は先生の奥様で肩書は理事長のようだ。

帰り際に院長夫人から聞いた話では、藤川家の台所状況もかなり厳しいらしく、隆一さんは先月に入院する直前まで、新聞配達の仕事で家計を支えてたらしい。コタツで寝てばかりの奥様はADL(日常生活動作)は自立しているが、数年前から認知機能が低下しIADL(手段的日常生活動作)に関しては必ず誰かの手助けが必要な状態のようだ。そして、これから主介護者となる息子の淳一さんは、高校生の頃よりSAD(社会不安障害)になり、自宅に籠もりがちとのことだった。

先生たちを見送り、部屋に戻る前に関さんと会話する。


「大変だけど、築島くんいけそう?」


「はい、自信はありませんが、色々と自分も勉強したいとおもいます。」


「築島くんなら大丈夫よ。もちろん、午前中は他の皆で訪問するわけだし、協力して頑張ろうか!」


「はい!よろしくお願いします!」


「それと、いつでも自信を持つようにしなさい。自信を持たないと不安が表にでちゃうからね。わからない時は自信を持って“わかりません!”って言えるくらい図々しく、自信を持って適当な事を言えるくらい強かな、そんな看護師がターミナルケアでは好かれやすいのよ。」


と、関さんは笑って教えてくれた。


「自信を持つですか……。」


「ま、私も受け売りだけどね!まだまだ、やることがたくさんあるわよ!急ぎましょ!」


「はい!」


アパートへ戻るといつの間にか、人が増えていた。2人の女性が懸命に隆一さんに声をかけている。彼女たちは僕たちの姿を見ると「じゃぁ、またね」と、そそくさと退室していった。親戚の人だろうか?

いくら在宅とはいえ、家庭の事情にズケズケと入っていくのは失礼だと思い、詳しくは聞かない事にした。


「息子さんは病院で吸引やオムツ交換の仕方を教わって来ましたよね?」


「は、はい。一応は……。もう一度教えていただけると助かります。あ、あと、必要な物とかあれば教えてください。買ってきますので」


「ううん、大丈夫よ。そだ、事務所に余ってるのいっぱいあるから、ちょっと持ってくるね!今日は原付だから、すぐ戻るわ!築島くん、その間に陰部洗浄とか一緒にやっててね!」


そう言い残し関さんは出て行ってしまう。


「じゃぁ、一緒に陰部洗浄とオムツ交換をしてみますか。」


「病院で使ってたようなシャワーがないんですが……」


「大丈夫ですよ。500mlのペットボトルをいただいてもよろしいですか?あと、キリかドライバーがあればそれもお願いします。」


「そ、それくらいなら……」


息子さんが用意してくれたペットボトルを綺麗に洗い、蓋にドライバーで穴を開け水を入れて、水量を調節する。3つほど穴を開けて完成した。


「これで、洗浄用のボトルができました。」


「病院のと違う形ですけど大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。おうちで使う人はペットボトルが多いんですよ。」


病院で使うボトルはちゃんとしたシャワーの形になっている物が多く売店にも売っているが、わざわざ同じ物を買う必要はない。ペットボトルや、100円均一のソース用の容れ物で代用するのが一般的だ。


「じゃぁ、やってみましょう。隆一さん、ちょっとオシッコをみますね。」


そう言いながらゆっくりとオムツを外していく。淳一さんはノートに書き込みながら、穴が空くのではないかというくらいに観察している。チラッと見えたノートの中は細かい字がビッシリと並んでいた。病院からのものだろう。

オムツを外し、陰部を包んでいる尿取りパットを取り除く。水分はそれほど入っていないため少量の排泄だった。便は出ていない。


「では、洗ってみますね。」


泡タイプのハンドソープがあったので、それを少量手に取りお湯で流しながら洗浄していく。


「ふ、普通の石鹸もありますけど、それでいいんですか?」


「市販の物だとこのタイプの物が1番使いやすいんですよ。泡ぎれもいいですし、あまりお湯を使いすぎると大きなオムツも汚れてしまうので、ササッとで大丈夫です。大きなオムツも一枚100円以上って考えるとバカになりませんしね。」


「なるほど」と言いながら一生懸命ノートに書き込んでいく。


「オシッコや便が出ていないときは洗ったり交換したりしなくていいですよ。じゃぁ、隆一さん、少し横を向いてもらいますね。」


少し手を貸すと隆一さんは反対側のベッド柵に掴まって協力してくれる。褥瘡などは発生しておらず綺麗な皮膚だ。


「身体を拭くときはこの時一緒にやってしまうと負担が少なくて済みますよ。」


洗浄して汚れたもう一枚のパットを交換して最後に陰部を包んで一通りの手技を終わらせる。


「ここまでで確認したいこととかありますか?」


「だ、大丈夫です。な、なんとかやってみます。」


あーだこーだと説明するより、自分のペースでやった方が良いのかもしれないと考え、オムツ交換の説明はこれで終わりにした。










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