第7話 本業
「おはようございまーす」
病棟に入り深夜明けの看護師達に挨拶をする。3人いる明けの看護師が僕を見る。深夜明けで化粧が落ちた看護師は一瞬、誰だかわからない。
「「「おはよー!」」」
3人分の挨拶が返ってくる。明けの看護師はテンションが高い。明けの看護師は金遣いが荒いらしい……。
僕はパソコンに向かい電子カルテの記録をチェックする。連休したあとは浦島太郎状態になる。
「築島君、302の谷内さん、今日退院だからね。サマリー出しておいて」
「え?退院ですか?まだ入院して3日ですよね?」
「昨日の夜さぁ。点滴抜いちゃって、大変だったのよ。先生に報告したら退院でいいって言ってたから。よろしくねー」
谷内さんは3日前に肺炎で入院してきた80歳のおじいちゃんだ。通常0.2程度であるCRP炎症反応が15まで上がっていて、レントゲンでも肺は真っ白だった。とても3日で退院できるような人ではないはずなのだが、病棟ではこんなのは日常茶飯事のことで、騒ぐ、徘徊する、点滴を抜いてしまうなんて事があれば「点滴もしたし大丈夫だから、おかえりください」と言われる。
誰だって生活環境が変われば混乱してしまうと思うのだが……、病院ではこれが当たり前だ。実際は完治なんてしていない。手がかかる患者は置いておけないというのが本音だ。
以前の僕も、この看護師達と同じだったと思う。手がかかる患者はすぐに主治医に報告していた。訪問看護をするようになって看護師としての心構えがだいぶ変わったと思う。
訪問看護を利用していたある患者さんを思い出す。認知症の患者さんだ。ある日の夜中に胸が苦しいと救急車で運ばれたが、入院させてもらえずに家に帰された。家族は病院に行ったから安心・大丈夫だと思ったようだ。しかし、翌朝その患者さんは自宅で亡くなったのだ。
持病がある患者さんは大抵、死亡診断書に「呼吸不全」「心不全」「○○による多臓器不全」などと書かれて、本当の死因もわからずに「高齢だから」と処理される。「あの時ちゃんと診察してくれれば」と思う人は極少数なのだ。ドラマに出てくるようなゴッドハンドなんて医者はいないし、僕に言わせれば「医師の診察不全」だと思う。
モヤモヤとした気持ちを抱えながら、町医者に向けての看護サマリーを打ち込む。退院したあとは、かかりつけの医院に再入院するか自宅療養になるかのどちらかだろう。
病院外の職員として働いてみてヒドイなと思った事が看護サマリーのいい加減さだった。読んでも、まるで患者さんや療養環境が見えてこない。ほとんどがコピペであり、ひどい時は日付までコピペのこともある。僕はせめてもの抵抗で、事細かに状態を記入してやった。
徐々に日勤の看護師が出勤し始め、病棟内がガヤガヤと賑わい始める。もうすぐ、やたらと無駄が多い申し送りが始まる。
「おはようございます」
看護師長の挨拶で一斉に手を止める。
「今日は302号室の谷内さんが退院です。入院予定はありません。現在の平均ベッド使用率は80%で、救急受け入れ率は90%です。では、今月の目標を……築島君、お願いします」
「はい。私たちはリキャップしません」
僕の言葉に続き、その場にいた看護師全員が復唱する。先月に病棟内でリキャップによる針刺し事故があったため、今月の目標としている。ため息をつきたくなる。
「では、申し送りをお願いします」
これから約30分の申し送りが始まる。申し送りというか、いかに自分が夜勤で大変だったかの自慢大会とでも言ったほうがいいだろう。労いの言葉でもかけて欲しいのだろうか?
あぁ、早く終わってバイトに行きたい。
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