第8話 調香戦
シオンは俺が起きていると何かと口煩かったけど家事も手際がよくて何度か作ってくれた温かい食事は全部、全部、美味しかった。
隙をみて頭を掴まえ髪を指で梳かすのも楽しみだった。
シオンと生活するうちに俺は誰かと片時も離れず生活していたと思った。
根拠何て無いけどそう感じた。
シオンの着付けで調香戦出場の準備は完了なのに部屋にはセコンドだとか言って朝からあきらと修一が来て騒がしい。
「京、一〇時に開始で午後一時から就任パーティーで挨拶だからな」
「耳にタコができたぁ」
袴形は嫌いじゃないけど出場者に配られた真新しい袴が皺になるから『座っちゃダメ』と修一に言われ部屋の中で突っ立って相手をする羽目になった。
何度も同じ事を言われてこっちは鬱陶しいのにあきらはスポーツドリンク片手にソファーで寛ぎ楽しそうだ。
「怖いモノなしのお前はいいだろうけどシオンは大丈夫か?」
「……はぃ」
あきらの問いに冴えない顔で曖昧な返事をするシオンを心配して修一が立ち上がりシオンの顔を覗き込む。
「体調でも悪いの?」
「俺は調香戦初なんです」
「え? カップリングテストで模擬戦をしたでしょ」
「不戦勝で京は練習もしないから……何も言わないしどうしたらいいのか分からなくて段々不安だし……」
おい! 俺が悪い感じの空気をだしたなぁー。
調香戦は子供の大会でしょ。心配するほどの事でもないのに大袈裟。
「京、シオンを不安にさせちゃダメじゃないか」
ほら、修一に俺が叱られた。抗弁する。
「修一、俺は調香戦を見た事がないのぉ。でもシオンには指一本触れさせないし全員武舞台から落とすか参ったとコールさせればいいだけでしょ。どうって事ない」
「そうだよ。早く言ってやれよ」
あきらが答えて顎をクイッと突き出したぁー。修一に言ったのにぃ!
「緊張する程のことじゃないよ。俺の半歩後方に立ってるだけで優勝」
「ヒュー! シオンのダーリンは言うねー。今日の参加者は各地区の代表ペア七四人にキング香師ペアと自由参加者で敵は百人以上だぜ。立ってるだけで優勝だと百香様はすげーなぁー。ははは……」
あきらが笑いながら茶化すとシオンの顔が引き締まった。
「京が言うなら俺は信じます」
体育館横の武道館に移動すると中央にある武舞台を囲んだ観客席は満員でがやがやと騒がしかった。武舞台に立つ出場者が見世物になり観客の視線を浴びる。
つまらない風景。
階段を上りシオンと武舞台に立つと館内は水を打ったように静まり返った。今日一番の見世物はこの俺だからこの反応も致し方ない。
百香の戦いを見たいですかぁ? それとも子供の百香が目の前に現れた事に恐怖を感じたか?
長ったらしい大御所理事長の主催者あいさつの後で審判がルールを説明する。
「銃刀法に抵触する銃刀類の使用は禁止します。武舞台から落ちた者、負けをコールした者、戦えないと審判が判断した者は敗者となります。審判の始めのコールで開始し勝者のコールで終決です。混乱を避けるために棄権するペアは武舞台から降りて下さい」
審判に促され早くも四五組のカップルが武舞台から降りた。
観客席からはブーイング……分ってない。出場者のレベルが高いって事だ。
ニヤニヤ笑う香師が残っているからちょっと燃える。
俺は武舞台の端に位置取りシオンを斜め後方に立たせた。
「始め」
審判のコールが響く。
同時に天井に向けて指を軽く弾くと〝ガッシャーン〟と大きな音を発し照明が割れてガラスの破片が舞った。 燦々と綺麗じゃないか。
武舞台にいる選手たちは頭を庇って屈み込み観客からは悲鳴が聞こえた。
敵から眼を離しちゃダメでしょ。舞台の下で仁王立ちして防御気香を張り修一を守るあきらが正解。ふふ。
香弾の次は武舞台に気香を這わせて言う。
「武舞台から降りろ。残ったやつは殲滅する」
血の気が失せた選手は一斉に武舞台から飛び落り未練たらしく残った香師が指をピストル型にした。遅い! 気香で吹っ飛ばすだけぇー。
あれ? 審判もいない。
「審判コール」
キョロキョロと辺りを見廻し武舞台に戻ってきた審判が時計を見てコールする。
「対決時間一分。勝者、虹彩京・香雨シオンペア」
悲鳴の後は静まり返っていた観客席が一気に「わぁー」と大歓声で沸いた。万雷の拍手。クラッカーがパンパン鳴り紙吹雪が発射されハラハラと舞う。
あきらと修一が武舞台に上がり俺を抱きしめるとあきらが耳元で囁く。
「怖すぎだぞ。シオンまでビビらせてどーすんだ」
「あーっ。引き揚げよぅ」
修一とあきらが悄然として立ち竦むシオンを抱えて武舞台を降り一目散に部屋に帰る。
香蜜人の乱闘騒ぎが多くて忙しかったあきらは余程のストレス解消になったのか「一分だ」とか「すげー」とか言ってソファーに寝転んだり起上ったりしてゲラゲラ笑い続け、向かいのソファーに座る修一は硬直するシオンの機嫌をとる。
「しっかりして! ほら、水を飲んだら落ち着くよ」
顔面蒼白のシオンは修一の差出したペットボトルを持つ事もなく一点を見つめてモナリザ状態。
今なら髪が触りたい放題だ! 後ろからそっと……ぎゃっ!
修一がシオンの頬にパンっと平手打ちをした。痛いー。
「イテッ……はぁ」
「ごめんシオン。ゆっくり息をしてもう大丈夫だよ」
修一はやさしいけど荒療治を好む。
あきらが女子をマンションに止めたと俺の部屋まで来て痴話喧嘩した時はデカいあきらを蹴り飛ばして三mも吹っ飛びキッチンカウンターに打つかって止まった。
修一が怒る時は間違いなくあきがら何か仕出かしているから自業自得だけど防御すると怒りが加速するからあきらも黙って吹っ飛ばされるらしい。
だから、あの平手打ちも必要以上に痛いに違いない。
頬に赤い手形を付けたシオンが眼を潤ませたぁぁぁ。
「俺も殺される……怖い……」
俺か! 誰も殺してないよ!
弱くて怖がりで泣き虫で、よくそれで調香戦に出ようと思うよねぇ。
「ふふふ。カップリングしてる自分のダーリンをそんなに怖がってどうするの? 香人は調香で香るから警戒できるけど百香は香らないし京のは強烈だったね」
「無香? そういえば京は普段からなにも香らない」
「それも知らなかったの?」
「百香が象を殺すとか人間兵器だとかは耳にした事があったけど京は小さくて幼児みたいにその辺で寝るし、皿を割るし、寝癖が酷いし、知らない事を教えたら素直にきいて怒らないし、気香を感じる事もなかったから只の噂なんだろうって思ってたのに……」
大半が俺の悪口じゃないか! 修一とシオンのお喋りは続く。
「そうかぁ。シオン達は百香の昴様を知らないんだね。僕だってあきらの後ろに隠れてないと気圧されるのに知らずに近くにいたら呑込まれるのはしょうがないね。武舞台から降りなかっただけでも立派だったよ」
「昴様って悪い奴なんですか?」
「慈愛さんは大人だったから怖くなかったけど昴様は僕達より六歳上で子供の頃は悪い噂ばっかりだったよ。象を殺すとか言われてたのも昴様だよ」
修一の話しを聞いてあきらが眉間に皺を寄せた。
「シオンに変な事を吹き込むなよ。昴様が俺らに絡んでくるような事は無かっただろ」
あきらに咎められ修一が首を竦めて舌を出した。
昴とは喋った事がないけど評判が悪いとは知らなんだぁ。あきらに絡まなかったのは弱いからじゃないの?
「なぁ、何で京は香弾を撃つのに指をピッて弾くんだ?」
「ピストル型にして撃ったら人が消し飛ぶから」
「……悪い。シオンがまた凍った」
あらら、どーにもならない。
あきらの言うとおりシオンの顔が青褪めた……勉強部屋に逃げて籠る。
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