第6話 名前とは?
卒業式には出席したいと言うシオンの為に外出許可願いを申請した。
許可書を届けに来た山根が眉間に皺を寄せて小首を傾げる。
「許可が下りましたが腑に落ちませんねぇ、付添なしです。いままでは付添が居ても車中に居る事と条件付きだったのに寛容になりましたねぇ」
「へぇー」
山根を真似て小首を傾げる。
付添なしの外出中にグルマン一五〇かトリカブト一八〇がなにか仕掛ける心算? 俺一人なら負ける気がしないけどシオンは弱い……そこにつけ込まれたとか?
包帯が取れてすっかり元気になったシオンが横で許可書を覘いた。
「何か変ですか? 卒業式も行かない方がいいですか?」
「いえ、京君が居れば心配ないでしょうけど念の為に学校の行き帰りはハイヤーを手配しましょう。シオン君の大切な卒業式ですから行ってらっしゃい」
山根がシオンにニコリとほほ笑んだ。
卒業式当日は父兄席で目立たないようにと黒いジャケットと黒いパンツを穿かされて制服を着たシオンとハイヤーで南一中等部に向かった。
校門の前でハイヤーを降り校庭を歩いていると父兄と一緒に登校する卒業生が次々とシオンに「おはよー」と声を掛ける。邪魔にならないように五歩後退。
大柄の蜜人男子がシオンと歩調を合わせて言う。
「おはよう。シオン、怪我は大丈夫なの?」
「おはよう。打撲だけだったから平気だよ」
少し見上げてシオンが答えると小さい蜜人男子が駆け寄って来た。
「卒業式に来られて良かったねぇ、シオン! 卒代だもんねぇー、ふふふ」
「頑張るよ」
友達と一緒なら心配ない。
居場所が特定しにくいシオンの上着の裾にこっそり小さな気香玉を付けて離れても俺の気香を追えば居場所が分かるようにしておいた。
そのまま別れて式が行われる体育館に入り後方に用意された父兄席に腰かけ学校の敷地内に気香を這わせる。
俺の気香玉は校舎の七階に居る。感度良好!!!
生徒や父兄がいるから式が終わるまでは何事もないよねぇ。
山根に式で寝るなと言われたから腕を組んで眼をパチッと開く!
******************************
教師らしきスーツを着た人が俺の肩を揺すって顔を覗き込んだ。
「君は初等部? 親御さんと逸れたの?」
「いえ!」
立ち上がって返事をしたら素早く逃げる。
出口に向かう父兄に紛れてシオンの居場所を確認するとまだ校舎内にいた。
焦ったぁぁぁ、はは。寝ないのは無理でしたぁー。
体育館を出て昇降口横に据えられた大きなコンクリート製花鉢の横に座ると黄色のスミレが風に揺れ笑いかける。
校庭では卒業生を待つ父兄が大勢残り井戸端会議に花を咲かせる。ふふ。
シオンの親は仕事を抜け出して式に出席すると言ってたけどもう帰ったのかな? 父兄や生徒の中にも香人や蜜人がチラホラいる。って当たり前。
やっとシオンが昇降口に来る。あれ?
「シオンの制服」
「そうだけど何で分かるの?」
「シオンは?」
「友達が待ってるからって先に出たけど?」
なにぃぃぃ!
制服の裾に付けた気香玉を外すとシオンの制服を着た男子は「何? 何?」と隣に居る友達に問う。意味が解らない。構ってる場合じゃない!
一帯に気香を這わせ探知する。香人が固まって校舎の裏側を移動中!
移動する香人に集中して気香を這わせ走って校舎の間を抜けると大人四人とシオンが黒いワゴン車の手前で動けずにいた。
あったたたたた……シオンが崩れた。弱いなぁ。
気香を解くと香人がシオンを抱き上げる。ですよね。軽く指を弾き香弾で肩を撃つ。当たり!
一人の男が肩を押さえ膝を着き他の香人が振返って「うわぁ」と叫びシオンの代わりに撃たれた男を連れて車に乗り込み発進。
リヤガラスに向けて指を弾く。〝グシャッ〟と鈍い音を発てガラスがひび割れ白く変色すると今度は「ぎゃー!」と叫び声がした。
ふふ、タイヤもだぁー。香弾でタイヤがパンクしても車は止まることなく走り去った。
「シオン」
シオンの上半身をだき抱えて頬を引っ張ってみる。シオンはビクッと身体を震わせ目を開けると両腕を俺の首に巻き付けて肩に顔を付けて泣き出した。
また泣かせてしまった……横を向けば桜香る。ふふ。
毎日一緒に食事をしてシオンは洗わなくてもいい宅配の弁当箱を綺麗に洗い掃除をし届いた洗濯物を片付け俺がリビングに居る時はハーブティーを入れてくれる。
ソファーで寝てしまった時は起きると毛布が掛かってる。
勉強部屋で本を読み出せば不思議と気が付かないうちに近くで本を読んでいる。
余程深く考え事でもしない限りは部屋の外に居ても香りと気で人の気配が分かるのに意識しないとシオンは認識できない……怪。
「……いつも寝てますけどなんでですか?」
「さぁ? 体質だと医師が言っていましたけど分りませんねぇ。しっかり毛布が掛かってますね。ふふ。シオン君はサポート上手です。京君が人の名前を呼ぶのは珍しいのですよ」
気が置けないのはサポート上手って事か。
「なんで叱らないんですか?」
「叱る気が起きませんねぇ。ふふふ。京君が人を認めないのは誰も京君を人と認め無いからでしょ。それに虹彩京は……」
喋り過ぎ。
「山根、誘拐未遂捜査の進捗状況は?」
「おや? 京君起きましたね。進展はありませんよ。シオン君が暇を持て余しているようですから協会内を案内して差し上げたらいかがですか?」
そそくさと山根は部屋を出て行った。
警察の事情聴取も無く臨時理事会も開かれないとは、これいかに?
疑問はさて置き部屋を出る気満々のシオンを連れて協会内を徘徊しなければいけない。
香人協会内にはカフェにレストラン、ヘアーサロン、岩盤浴、ストア、カラオケルーム何でも揃っている。大小のホールもあるから祝賀会や葬式まで何でも出来るし別館に体育館と武道館、プールまである。
マシンの揃ったスポーツジムをみてシオンが眼を輝かせた。
「協会がこんなに広いって知らなかったよ。でも全部有料だし遊びまわったら破産だな」
「ジムには筋トレをしているあきらと修一がよくいるよ。俺の名前で好きな所を使えばいい」
「全部有料なのに俺も使っていいのか? 京って何者?」
「百香様」
俺も誰かに教えて欲しいよ。
トレッドミルがしてみたいと言うシオンに渋々付き合う。ストレッチをして五分歩行、時速十五キロで二十分走りまた五分歩行の設定でスタート。
「映像が流れて面白いなぁ、京はジムを使ってないのか?」
「最近は来ない」
「自由に使えるのになんでだ?」
「飽きた」
「そうか。ずっと使ってたら飽きるのかぁ、でも雨の日でも走れるよな」
「喋っていると息があがるよ」
走行モードに切り替り映像もスピードアップ。
三年前は流れる木立やビルの映像の中に逃げ込む妄想をしながら走っていた。映像が終わらないようにずっと走り続け走れなくなったらその辺で寝て、起きたらまた走った。
ある日、マシンの後ろで寝転んでいたらジムに来ていたあきらに『胸が詰まるから止めてくれ』と抱きしめられて止めた。時々心配そうにジムに様子を見に来ていた山根も同じ事を想っていると気が付いた。
気香を使ってスポーツも武術もするから心配ないのに周りには無理をしているように見えると知った。
シオンは十分も走ってないのに汗だく。
「少しスピードを落としたら?」
「やだ……一緒に走る、ハァハァ」
外じゃないから速度が違っても一緒でしょ。変な人。
時速十二キロに変更して飛び降りシオンのマシンも減速し戻る。
歩行に変わるとシオンがバーを掴んでこっちを見た。
「なんで汗もかいてないんだぁ?」
「ふふふ。鍛え方が違う」
「小さい子に負けたみたいで悔しい。ふふふ……ハァ……なぁ、人を香種で呼ぶの止めろよ……ハァ……」
ダメだったか? 名前で人を判別するより正確なのに。
クールダウンを終えてベンチでのびるシオンにカウンター係から水のペットボトルを貰い渡すとニコリと笑った。
「有難う。運動不足だったからスッキリしたぁー」
「よかったね」
いいもの見た。笑顔は貴重だけど髪が汗でグショグショグ……。
広い協会内を徘徊し三十分ジムで歩いて走ったお蔭で夕食の時からシオンは眠そう。きっと夜はぐっすり眠ってくれる。運動不足の賜物。ふふふ……。
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