第2話 虹の路を来い
ミーティングルームを出て六歳から十五歳までの蜜人がゴロゴロいる教室の前を通り「誰でも同じ」と一人語散る。ラベンダー六五、レンゲ三八……弱い。
香国には無特質の常人と有特質の香人と蜜人と呼ばれる人がいる。
蜜の香りがして容姿端麗、幸運や才能を招くと云われる蜜人の子供は土日だけ香人協会蜜人ルームで護身術と自分を守護してくれる香人のサポートをする為の技術を学ぶ。
幸運を得ようと誘拐監禁されたり他者を衰えさせようと襲撃されたりと常に狙われている蜜人を守護するのは香人。守護って大袈裟だけど昔からの決まり事。
香人は人の心や体調までもコントロールするエッセンスを持って生まれそれを気香に変えて外部に放つから簡略に言えば喧嘩が強い。即ち調香戦で優勝した者が未成年者で最強って事だ。香人の子供は香人協会香人ルームで気香術と武術を学ぶ。
午後から始まるカップリングテストは月に一回行われる香人協会主導のシステムでペアを組んでいない香人が性別、年齢を問わず自分の必要とする香りを持つ蜜人を選出できる。
が、百香と呼ばれる特殊タイプの俺には必要ないし戦いの場に弱い蜜人が居ると邪魔。調香戦にシングルでもエントリーできればいいのに。
協会建物本館の観葉植物とソファーが置かれた広い玄関ロビーには別館に繋がる通路が三つあり(体育館→)の案内板に従い進むと香人三名と山根がいた。
今日のカップリングテストを担当するのは山根らしい。俺が居ますものねぇー。
「香人の参加者は繚乱みき君、堂珍一君、水野青君、虹彩京君の四名ですね。一次テストは一人ずつ体育館の中に入って蜜香を選んで頂きます。京君から始めますから三人はここで待機して下さい」
山根は説明を終えると持っていたペンライトを点灯し俺を連れて薄暗い体育館の中に入りドアを閉めた。
「奥に進むと箱の中に一人ずつ蜜人が隠れています。気に入った箱を開けて香種を聞いたり伝えたりせずに私の所まで連れ戻って下さい」
「うん」
趣味悪い。カーテンの閉まった体育館はひんやりとして薄暗く奥に進むと二mX三mの木箱が等間隔に八個ずつ三列置いてあった。
大きな棺が並んでいるみたいで不気味。
それでも木箱の前を歩けばラベンダー、りんご、くりなど独特な蜂蜜の甘い香りが漂う。
いい香りぃ。ふふ、ちょっと楽しい。うーん? 八個目の木箱は香らない。
放香しなくても俺には分かるのにフェイク木箱?
扉を開けると中には俺よりも背が高いと思われる男子が頭を抱えて座り込んでいた。その姿は憶えのある一齣と重なる……けどもぉー、この人は好きでここに居る。
要らない。〝カチャ〟
「閉めるなよ! 怖いだろ」
怒ったぁぁぁ。仕方なくまたドアを開けて問う。
「どうしたの?」
「暗い」
「少しは見えるけど」
「俺は暗順応が出来ないから見えないんだ」
弱そぅ。どうでもいいけど何も香らないのはなんで?
暗闇に恐怖を感じているなら制御しても香っちゃったりするものでしょ。
頭を覆っている手を払いのけて髪に鼻を付け嗅いでみると微かに珍しい桜香がした。柔らかく指触りのいい髪をさらさらと梳かすとレンゲ、クジャクサボテン、チューリップ、クレピス、シャクヤク、ネモフィラ……百花。蜜香量は二八〇!
「行こう」
「やだ。怖い」
やだってなに? 何の為にここに居るの?
掌に香り玉を作って淡い黄色の光で暗闇を照らす。
「眼を開けろ」
百花二八〇は顔を上げると照らされた箱の中を涙目で見廻し一瞬ほっとしたような笑みを見せたのにすぐに切れ長の鋭い眼に変わった。
目つき悪い……まぁ、いいか。
香り玉を消し腕を掴んで無理やり立たせたら入り口で待つ山根の所まで引張って歩いた。
「はい、お疲れ様でした。蜜人の香種はなんですか?」
「百花」
「よく分かりましたねぇ、流石です。シオン君は香人の香種は分りましたか?」
「ハーブ?」
「残念、外れです。次のテストで香種が分からなければ不調でペアは組めませんよ。二人は後の人が終わるまでロビーで待機して下さい」
百花二八〇をロビーのソファーに座らせ今度はなんの香りがするのか興味津々で髪に手を伸ばした。
頭に鼻を付けてさらさらと髪を指で梳かせば、エリカ、シクラメン、ソラナム、スノードロップ、フクジュソウ……冬花きたぁー!
ハニービーは越冬中で飛ばないでしょ。
それにこのさらさらとした指触りに覚えがある???
黙ってなすがままになっていた百花二八〇に胸を押され引き剥がされた。
「もう怖くないから止めろ! なんで蜜香も分からずに俺の箱を選んだ?」
「分かったよ」
「……なんで分かったんだ?」
「ダメなの?」
「だから、なんで俺の箱を選んだ!」
睨んでくるしなぜ怒る?
「香人は体育館に戻ってください」
タイミングよく山根の声が響きこれ幸いと席を立ち体育館に逃げ込む!
どうやら今度は蜜人が香人を探すらしく四つの箱が用意されていた。
隅の箱に座り扉を開けたまま体育館の入り口を見ているとドアが開き明かりが射し込んだ。
二つの影が入館し薄暗い中で山根の「始め」という声が聞こえた。
香らないから百花二八〇。一歩も動けずリタイヤかな?
向こうでフローラルブーケ一六〇がミックスフラワー香を発するとコンフェクショナリー一二八がバターの効いた焼き菓子の香りをさせた。負けじとアクア一〇六が潮の香りを漂わせる。
自己アピール合戦、ふふ。あれは百花二八〇だから無駄でしょ。
三人の香りがミドルノートに変わっていたから三〇分位は経っただろうかやっと影が動いてなんの香りも放っていない俺の方向に一歩踏み出した。
見えないくせに消去法か?
影は何歩か進んでは立止りを繰り返し体育館の中程でとうとう蹲った。
『……怖いだろ』か。大きいのに……。
胸がざわざわする。胸の奥に沈めた気香が出口を探して蠢く。
あぁあ。もう! 振りきれない!
今の俺なら腕を上げて自分の周りに孤を描けばサボンの昼白色に包まれる。
掌の皿に香り玉を作って流せば七色の光と香の川ができる。
進む道を照らしてやる。だから俺が百香だと気付け、俺の所に這ってでも来い!
「待たせて悪かったな」
そう言って差出された手は小刻みに震えていた。
黙ってその手を掴んで出口まで歩くと困り顔の山根が言う。
「京君、香り玉で導くのはちょっと反則です。片付けも大変です」
「反則の項目に入ってない」
「京君の他に出来る人がいませんから項目にはありませんね。まぁ、いいでしょ。シオン君、香種は分りましたか?」
「百香です」
「はい合格です。三次テストの用意をしてロビーで待っていて下さい」
体育館を出ると百花二八〇が両手で髪をクシャクシャしてほのかに蜜の香りを漂わせる。
不機嫌そう……一人でソファーに転がって寝る。
山根と百花二八〇の話し声で目が覚めたけど細く耳触りのいい山根の声でまた眠れそう。
「京君は寝てしまったのですね。香り玉の片付けに時間が掛かりましたし一人で胴着が着られませんから仕方ありませんね」
「自分で用意できないんですか? 紐が結べないとか?」
「紐はやっと結べるようになりましたが袴は上手に着られません。ふふ。シオン君、京君は特別ですからカップリングしたらきめ細やかなサポートは必須ですよ。しっかりお願いしますね」
微妙に悪口? そう、俺は一昨年めでたく蝶結びが出来るようになった。はは。
眼を擦りながら起上ると袴形の百花二八〇に凝視され山根にブツブツ言われながら手を引かれて体育館に連行された。
女性的な声の小言は子守唄に聞こえる……眠い。
うぇ。三組が正座してる。
三次テストの開始を正座して待つとか足が痺れるだけでしょ。
「三次テストは模擬調香戦を行いますので皆さん白枠の中に入って下さい。本番のように舞台はありませんが白線から出たら場外負けにします。審判の私が戦えない状態と判断した場合や自ら負けを認めたら敗戦です」
「繚乱負けました」「水野負けました」「堂珍負けました」
「皆さん、まだ始まっていませんよ。せめて立ち上がったらいかがですか?」
賢い。ふふ。半笑いで咎める山根には悪戯心を感じる。
「京と戦う間抜けはいませんわ、死ぬ気はありませんもの。香人協会卒業の記念にカップリングテストでランと一緒に有終の美を飾ろうと思ったのにガッカリよ」
京? 繚乱様!!! 世話焼きの優しい少女、フローラルブーケ五〇が成長するとこうなるのか。
蜜人レンゲ二〇と顔を見合わせ苦笑するとコンフェクショナリー一二八とアクア一〇六も下を向いて「ふふっ」と笑った。
「戦闘の相性は分りませんが三次テストは京君の不戦勝になりましたので全過程終了です。本日できた四組のペア登録は事務局で行います。お疲れ様でした」
終わったぁー。
帰ろうとした俺と百花二八〇は山根に呼びとめられキングが招集した臨時理事会に出席するように言われた。
一日に二度も臨時理事会とはどーなってるの?
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