第16話 俺が消えても……
研究室に戻ると無線から声がした。
〝学生、教員とも避難完了!〟
「了解」
隊長のアイコンタクトに応える。
「消火するから出て」
窓から階段に移り校舎を見渡して炎が燻る箇所に気香を這わせ有形化する。酸素が無ければ火は消える。炎が消えても階段の上で熱気が下がるまで待っていると隊長が俺の顔を覗いた。
「あの、少しいいですか?」
「なに?」
「こんな時に不謹慎ではありますが礼を言わせて下さい。香穴を見つけて頂いた日から蓮の様子が変わりました。蓮に自信を頂いて有難うございました」
厳しい隊長の顔が父親の顔に変り一段と蓮に似てる。ふふ。
「蓮はサポートも蜜香も優秀だよ。器量不足は香人協会の方。ふふ。気香を解くから鎮火確認をするでしょ?」
「はい。人命救助及び消火活動にご協力感謝します」
うぉー、敬礼。でも見下ろされるのは変わらないー。あは。
隊長と別れ滑り台を下り気香を解くと……蓮の眉がハの字?
「シオンが……シオンはヘーベさんと救急車の中に居るよ」
シオンと香人協会で知り合って初・中等部も一緒に通っていた蓮と泰斗は秘薬の事を知っていたんだろうか? シオンが泣くのを我慢して二人を助けて来たなら知らない確率は九八%ってところか。なんとなく沈黙が続き犬の頭を撫でる。
「京!」
あきらの声に呼ばれて振り向くと手を振るあきらと修一とシオンの母親が居た。
手を振りかえして呼ぶ。
「こっち、へーべは無事だよ」
声が聞こえたのかシオンとへーべが救急車から出て来た。
「虹彩君、皆助かったよ。物理サークルの実験で薬品を調合したら爆発したんだって」
「酷い怪我だった」
「綺麗に治ったから大丈夫。でも、飛んでもない事をしたって三人ともしょ気てるよ。助けてくれた小っちゃい子に、ふふ、有難うって」
小っちゃい言われたぁー。合流した母親が自分より背の高いヘーベの頭を撫でた。修一もヘーベの頭を撫であきらがシオンに言う。
「どうした? 元気がないぞ」
「いぇ。皆が無事で良かった」
良かったようには見えませんけど? シオンは暗い顔でバツが悪そうに視線を下げた。
校庭には父兄が続々と駆け付け自分の子の無事を確認して帰って行く。
「お前らはこんな所に居ていいのか?」
「あっ!」
あきらに言われるまで忘れてた。
三人でこそこそ帰ろうとしたら前から校長が……来たぁぁぁ。高等部校長に手を握られブンブン振られる。
「皆さん大活躍ですね、表彰ものですよ。うんうん。さぁ、高等部に帰りますよ」
校長は迎えに来たのか? 満面の笑みを浮かべた高等部校長に手を引かれて帰る。連行されてるのかも?
途中で後ろを歩くシオンの声が聞こえた。
「蓮、ゴメン」
「シオンが蜜人なのに泣かない理由が分かったよ。気にする事無い、言わないのが当たり前なんだ。沢山助けて貰ったから俺も頑張って今度はシオンを助けられるようになるよ」
「うん」
振向かなくてもシオンが顔を袖でゴシゴシ擦っていると分かる。ふふ、解決じゃないか。蓮は真面目で優しい……俺が居なくなってもきっとシオンを助けてくれる。
それにしても校長は誰とでも手を繋いで楽し気に歩くのか? もしかして俺が小っちゃいから? 高等部が火災で下校になったら校長が送ってくれるかも?
要らない! 絶対要らない!
高等部の校庭で泰斗が手を振っている。
***********************
土曜日に中央行政会館で中央ブロック長と(より良い街造り)キャンペーンの打合せをして協会に帰るとロビーに女子を連れた蓮がいた。
「京、妹の真帆だよ」
時々、皆の話しに出てくる蓮とペア登録している妹。香人で不器用な妹は蓮と同じ彫の深い目鼻立ち……ミニ繚乱みたいだ。俺よりもシャツの襟から顔を出した犬が気になるらしい。
「こんにちは。子犬……可愛い」
やっぱり。
「なにしてるの?」
「俺は協会を卒業したけど今日は真帆とペア訓練なんだ。シオンは一緒じゃないの?」
そう。二人でいる時間を減らす為にシオンにはブロック長との打ち合わせを伝えなかった。ブロック長にも蜜人代表は一緒じゃないのかと聞かれたけど代わりに犬が来たと躱し、結構ウケが良かった。
シオンにバレたら流し目で刺されるから話題を変える。
「繚乱と一緒に俺がみてやろうか?」
「ホント! 嬉しい! 真帆はキングが夢なんだ」
蓮はシオンを想わせる切れ長の眼をしているのに穏やかで睨まない。口が悪くてガンガン見入ってくるシオンとは違う。蓮には早く強くなって貰わねば困る。
体育館ではペア訓練をしている子供達が多く繚乱と美咲が隅に避けてストレッチをしていた。人が多過ぎて真面な指導は出来ないよ。
「繚乱、早いね。混んでるからどかして」
「出来ないわよ! 土曜日は八割方こんなよ。体育館を借り切るのはあんただけよ!」
そーだったのか。シオンに伝えないとこうなる……。
「武道館を使うか?」
「いいの?」「えーっ!」「マジか」「凄い!」
スマホは部屋に置き去りだから体育館に備え付けられた電話で山根に武道館を開けてくれと伝えた。飛んで来た山根が武道館のドアを開けて問う。
「シオン君がいつも体育館を予約していたのにどうしたのですか?」
「テスト前に休ませてやろうと思っただけだよ」
「おや? テストを気にするとは京君らしくありませんね。まぁ、シオン君も忙しいですからたまにはいいでしょ。キーは蓮君にお願いしますから終わったら戸締りして事務局に届けて下さいね。犬はケージに入れて下さいと……」
話しが長い邪魔だ! 俺の視線を感じ山根が眉を上げ抗議の視線を投げてからキーを蓮に渡し武道館を出て行った。
武舞台に上がり呑気にばらけている四人に言う。
「対戦練習始め!」
「えー!」「マジか!」
美咲と蓮が声を上げたが真帆が即座に動き蓮の腕を摑み後ろに下げた。それを見た美咲が慌てて繚乱の後ろに退いた。これ程、意識が違うとは指導の甲斐が無い。
大きな蓮は真帆の肩に手を置き蜜香を送り真帆は防御気香で蓮を包み込んだ。それじゃ動けないでしょ。攻撃は最大の防御。
気香を乗せて突きに行った繚乱の腕を蓮が払い真帆が下で蹴り! 繚乱がビクともしないから肘を張り繚乱の腹に突っ込んだぁぁぁ。無謀!
軽く繚乱に捕まったじゃないか! 投げられそうな真帆を蓮が後ろから取り上げ離れた。蓮が優秀過ぎる……たまげた。
「みき、左!」
美咲の掛け声で繚乱が踏み出し左回し蹴り。
その蹴りは真帆を庇った蓮の腰にヒットし蓮が顔を歪めた。顔を歪めたのは蓮だけじゃない……真帆の気香量が上昇し爽やかなシトラスの香りが発つ。
隊長と同じだ! 真帆は鬼の形相で繚乱に掴み掛ったが繚乱の気香で吹っ飛び、それをまた後ろで蓮が受け止めた。
「止め! 勝者繚乱、美咲ペア」
あらら、全員武舞台で伸びた。
座って犬を懐から出すとモフモフの尻尾を揺らし真帆の顔を舐めに行った。
拾った犬は鳴かないしケージに入れてもいつの間にか俺の懐にいる。ドックフードは食べないで俺の弁当を一緒に食べる。山根もシオンも何度言っても全く信じないけどねぇー。成長しないこの犬は人の言葉も感情も理解する不思議犬だ。
顔をゴシゴシ擦り起上った真帆が蓮の横に座った。
「お兄ちゃんごめんね。痛かった?」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんは丈夫だから痛くない」
嘘つきだな。起上った蓮が真帆の頭を撫でた。あー、シオンや修一と決定的に違う。
戻った犬を懐にしまって言う。
「メンバーチェンジ。繚乱、蓮ペア対真帆、美咲ペア。五分間打合せ」
さぁ、これで繚乱は香弾が撃てる。どうする?
「始め」
距離を取ったまま後ろに蓮を置き繚乱は腕を伸ばし手をピストル型に構えた。真帆も動かず全開の防御で美咲と身を守る。早くも真帆の気香量が上昇して行く、七〇、九〇、一二〇、一四五、一六〇、繚乱を超えた。一七五……ヤバい。
「止め! 真帆、止めろ! 美咲、離れろ!」
止まらない! 駆け寄って真帆を抱きしめ気香を抑える。繚乱も駆け寄り防御テリトリーから出られない美咲を引っ張り出し離れた。
残念な事に毛布を掛けてくれた優しいフローラルブーケは健在だ。香弾を撃てなかった繚乱は三年後には真帆に負ける。
「真帆! どうしたの! 真帆! うぁー……」
ふふ。蓮の泣き声で真帆の気香が沈んで行く。
「お兄ちゃんは優し過ぎるなぁ。ふふ。真帆は間違ってない。行け」
真帆が頷き座り込んで泣いている蓮の頭を撫でに行った。これでいい。
「ちょっとあんた! どうゆう事よ!」
うぇー、分からない人がいた。繚乱はなんでも俺に怒る。
「前に修一に言われたんだ。蜜人は強い香人と一緒に居たら安心して泣けるって。蓮は真帆が妹だから人前で泣けてもダーリンの前で泣けなかった」
「だから何よ」
鈍い人だな。
「対戦の場で美咲が繚乱を庇って蹴られたら繚乱はどう思うの?」
「ぶっ殺してやりたいわよ!」
「怖いぃぃぃー。ふふふ。真帆も同じで気香量が上昇して止まらなくなっただけ」
「そんな事があるの?」
「真帆みたいに極端に上がる人は少ないと思うけど父親がそうだから遺伝かな? 繚乱も美咲も真帆を見て勉強になったでしょ。今日は終わりにする?」
「体よく逃げるんじゃないわよ。私は負けないわよ」
バ・レ・タ・かぁー。纏ったフローラルブーケから蘭香が際立つ。
ふふ、一七四、成長著しい。
その後は繚乱の武術指導を行い蓮と真帆には父親に気香量が急上昇した時の対処法を学ぶように指導した。 もうすぐ嫌いな夏が来る。
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