第15話 最強のキング

 六月に入り空がどんより厚い雲に覆われる頃、学校生活にも慣れた生徒に勉強だけじゃなくボランティア活動で社会貢献しろと学校は指導する。

 幼稚舎か老人施設に訪問、又は街のゴミ拾いかリサイクル品の回収だってぇ。


 泰斗の希望で街のゴミ拾いに出た俺達はゴミ袋片手にブラブラ街を歩く。泰斗は鼻歌交じりにスキップして楽しそう。はは。


「ふふふふん♪ やっぱり街のゴミ拾いが一番楽だよねぇ。自由だしぃー、雨が降らなくて良かったぁーーー。ふふふん♪」

「ふざけてないで目の前に落ちてるペットボトルを拾えよ」


 シオンが怒っても惚ける泰斗の前に転がるペットボトルを拾って蓮が言う。


「京が学校に通うようになってからあっという間に街が綺麗になったよね。この辺を荒らしてたのはやっぱり南一高等部の奴らだったのかなぁ」

「それだけじゃないよぉ。調香戦を一分で制したキングってネットで大騒ぎだもん、全国区! 最近は犬まで話題になってるよ。きゃははは……」


 泰斗が笑ってウェーブの付いた髪をフワフワと揺らす。

 クリクリ眼が可愛い泰斗はシオンや蓮とちょっと違う。汗を流すのは嫌いで楽をして遊ぶことに長けている。


 家が富豪でメイドとシークレットサービスが付いている泰斗はカップリングの必要もないし香人のサポートに家事を覚えるとか考えた事もないそうだ。

 奉仕の心は皆無。蜜人であることを隠そうともしないでレンゲ蜜香をいつもプンプンさせているのはそれだけが理由じゃない。Sクラス、一五〇越えの蜜人はそうそういない。一六八蜜香を抑えるのは鍛錬が必須……やる気無し。ふふ。


 立止って百貨店のウィンドウを嬉しそうに見ている泰斗を遠巻きに見ていた香人のシークレットサービス四人が怪しげな車を気にして距離を縮めた。


 狙われているのは見たから弱そうな泰斗か? ついこの前までコントロールが出来ずにカモミール香をプンプンさせていた体格のいい蓮か? 密人代表で有名になってしまったシオンか? 


 まぁ、普通は蜜人代表はキングとペアだから狙われないでしょ。もし狙われるとしたら危険を冒してでも秘薬を手に入れたい輩。


 車から飛び出して来た男四人が蓮を目掛けて走り一人の男が蓮の腕を掴むと近くに居たシオンが手を振り払い投げ飛ばして揉み合いになった。

 シークレットサービスは泰斗の周りを囲んで保護対象者の確保!


 俺は揉み合いに参加して男達を蹴り飛ばし投げ飛ばしシオンと蓮から離したら気香を放つ。車は〝キキーッ〟と大きな音を発て発進した。甘い! 

 タイヤに向けて指を弾く。タイヤはバーストしガードレールに突っ込んだ。

 危ないでしょ……ねぇ。 蓮とシオンが座り込んで「ふーっ」と青息。


「有難う。怖いなぁー」

「なぁ。怖過ぎるって分かるだろ」


 シオンが蓮に答えて俺を見る。俺か! 助けたのに全く失礼だな。


「二人は子犬より弱い」

「なんでその犬は平気なんだ? ちっとも大きく成らないし不思議だよなぁ」


 だからこの犬は消えたり現れたりするって言ったでしょ……信じない馬鹿シオン。


「なんで蓮を助けないの!」

 うぉ。泰斗の怒鳴り声が響いた。


「ふ、我々は坊ちゃんを守るのが仕事ですから当然ですよ」


 そりゃそうだ。報酬を貰って泰斗を守る仕事をしている。

 シークレットサービスが薄ら笑いを浮かべて泰斗を見下ろす。


「お父さんに追加料金を頂ければお友達も守りますよ。ふっ」


 泰斗は悔しそうな顔しても黙っちゃうかぁ。俺はちょっとムカついたかもぉー。

 シークレットサービスの足元に向かって指を弾く。香弾を撃ち込まれ驚いて振り向いた男に言う。


「香人は蜜人を守る者だよ。それに仕事じゃなくても大人は子供を守る者だ。追尾型のシークレットサービスなんだろ。とっとと離れろ」


 顔を引き攣らせてシークレットサービスは離れて行った。泰斗が座り込んでいるシオンと蓮の所に来て口元を下げた。


「ゴメンね、役に立たなくて」

「京とシオンが居てくれたから大丈夫。やっぱり俺はマークされてるよね。はぁー」


 蓮が答えてシオンと立ち上がりスマホを持って警察に通報した。

 誘拐未遂犯を転がして帰る訳にもいかず車からもう一人の男を引き摺り出し五人の男を歩道の端に寄せて警察の到着を待つ。


 寝たらシオンに叱られるのは間違いない……誘拐犯の隣に座ってよく見れば三〇代の常人じゃないか。香水で香人と偽る心算か? 

 無謀なだけでしょ、昼寝の邪魔だ!


 それにしても泣き虫で怖がりが蓮を守るって笑える。意地っ張りで人の為に必死に頑張り過ぎ。ふふふ……。


「また俺の事を馬鹿にしてるだろ?」


 うぇー! 座ってこっそり笑ってたのにシオンにバレた。あや! 頭に振り下ろされるシオンの鉄拳を蓮が止め俺は頭を抱えて車道の手前まで逃げる! 

 うぉ! 中央方向から消防車がけたたましいサイレンの音を響かせ通り過ぎた。


「中央一番隊の車だ」

 蓮が呟いた。

「お父さんの所か?」

「うん、近いから時々南一区の応援に来るらしい、どっかで火事かなぁ」


 そう言われれば臭い。ふらふらしていた泰斗が南上を指差して言う。


「煙が出てるよ。学校の方じゃない?」


 話していると漸く警察が到着し誘拐未遂犯を引渡してついでにシオンが聞く。


「大きな火災でもあったんですか?」

「キングペアですね。ボランティア活動ご苦労様です。大等部で火災ですからお気お付けてお帰り下さい。事情聴取に後で親御さんと一緒にご来署下さい」


 にこやかに「はい」と答えて四人で走る。南一大等部には目覚めたばかりのヘーベがいるんだ。


 香国は幼稚舎が準義務教育で初等部から大等部まで一貫義務教育だから各学校の校舎も隣接されている。校庭があるから類焼する事はないけど大等部の隣に建つ高等部も騒ぎになっている筈だ。

 泰斗が息を切らせて立止った。


「ゴメン、僕もうダメェー。ごみ袋を預かるから先に行ってぇー」


 泰斗にゴミ袋を預けて三人で走り高等部の前まで来ると教師数名が大等部方向を見上げ火災の状況を確認していた。教師に見つからないように通り過ぎて大等部に向かう。


 八階建て校舎の六階窓から炎と黒煙が噴き出し屋上には避難した生徒と教師が残されているのが見える。しかぁーし、歩道は野次馬でごった返し校門まで辿り着けない……人をよじ登り塀を超える?


「通して下さい!」

 シオンが叫ぶ声はサイレンと雑踏で掻き消され誰も聞いちゃいない。


「車道を行こう」と蓮が言うとシオンは「いい。危ないから止めろ」と言った。

 シオンはどこまでもいい人だな。ふ。校門まで弱い気香を這わせて言う。


「邪魔だ! 退け!」


 百香の気香に何人かは腰を抜かした。人波は割れ野次馬の顔は引き攣る。シオンと蓮も……踏ん張ったぁ。あはははは。

 校門の規制テープを潜り指揮をとる蓮の父親を見つけた。


「どうやって入って来たんだ! ダメじゃないか蓮!」


 状況を聞こうと近づいたらいきなり怒鳴られ大きな蓮が縮こまる。ふふ。俺の後ろには収まらないでしょ。


「香人キングの虹彩京です。立花隊長、避難は終わったの?」

「百香様……研究室で爆発後炎上、まだ正確な情報はありません」


 体格が良くて背も高い隊長に物凄く見下ろされてる。が、ヘルメットから覗く顔は蓮。ふふ。


「消防服を貸して。俺が見てくる」

「何を言ってるんだ! あっ、失礼。危険ですから止めて下さい」


 彫が深くて皺のある大人顔なのに蓮が慌てる時と同じ顔!


「蓮によく似てる。ふふ。爽やかなシトラスがいい香り一九〇。未成年者を守るのはキングの仕事でしょ? 俺の防御は最強だから心配いらない」


 校庭に手を着いて燃えている六階の窓まで気香階段を作り防御気香を纏う。

 眼を丸くする人達を無視し消防車にあった消防服を勝手に持って階段を駆け登り炎が噴き出し煤で黒くなった窓を潜って中に入る。


「誰か居るの?」


 返事は無し。弱い気香を這わせて気配を探ると室の真ん中に人が居た。

 炎と煙が充満して視界が悪過ぎぃー。


 部屋の壁と天井に気香を這わせて有形化し天井が落ちるのを防ぐ。もう一つの窓を香弾でぶち抜き煙が抜けるとごちゃごちゃした室内で机や棚が燃えていた。邪魔! 


 机や椅子を蹴り飛ばし見えたのは散らばるガラスの破片と血まみれで横たわる三人の男女だった。


「しっかりして! 三人だけ?」

「うん、失敗しちゃった……」


 女子が消え入りそうな声で返事をした。

 三人に付かないように戸棚や床にも気香を這わせ有形化し窓から校庭までの滑り台を作ったら女子に耐香加工された消防服を被せお姫様抱っこして滑り降りる。

 こちらの様子を見て駆けつけた救急隊員に女子を渡して隊長に言う。


「研究室にまだ二人いる」

「消防も行っていいですか?」

「俺の気香に耐えられたらどうぞ」


 渡された救護布を持ち階段を登り始めると後ろから「無理です!」と声がした。耐気香加工が施された消防服着用でダメなら諦めて。ふふ。

 階段を駆け上がり倒れている男子を救護布で包むと隊長が横でもう一人の男子を救護布で包んだ。


「へぇー、気香量が上がった二八〇。俺は廊下の火を消してくる」

「この部屋は……この二人は私に任せて下さい。はしご車が到着し準備中です」


 気香の部屋は珍しい? 道具も照明も全てが淡いブルー。半透明の気香ベールで被われたここは火傷する氷の部屋。

 炎の川と化した廊下に出て気香を放てば全てが凍って美しぃ、アイスケープ。

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