第21話 ケーキの行先

 シオンが(ただ今)とメッセージを送ると当然のように泰斗から(今週末は海だ!)と返信がきた。


 当日は引率だというあきらと修一、繚乱と美咲まで来て岬家のジェットカーで南十区にある別荘地までひとっ飛び!


 岬家の別荘に荷物を置き海岸でドーム型のタープをレンタルしてビニールカーテンの中で代わる代わる着替える。


 繚乱と美咲のビキニ姿に男子達の視線が泳ぐと修一が笑う。


「うふふ、二人とも胸が育って羨ましい。行こう!」


 羨ましいのか? 蜜守の巨乳を見せてあげたい。

 修一が四人を連れてドームを出るとあきらが言う。


「お前らも着替えろよ」

「俺は傷があるからいいよ。シオンは着替えないの?」

「……ないんだ」

「海パン忘れたの?」

「泳げないの! 水が怖いんだよ!」

「ぷっ! 何で怒るの? 俺が金槌の面倒を看るからあきらは行って」


 タープから出てあきらを見送り潮の香りを吸い込む。潮と日焼け止めとオイルの香りでマリン。ふふ。白い波が眩しい。


 混雑している砂浜を避け岩場までシオンと散歩した。

 青い海と青い空、遠くに見える地平線。月並みだけど地球は美しい。

 陳腐でもそう思うからしょうがない。


 潮風でシオンの透き通るような赤い髪がさらさらと揺れる。赤い髪は海の青にも岩の黒にも映える、ふふ。


 黙って歩くシオンは何を考えているのか宮廷での事を聞いて来ない。

 今の俺なら何でも答えてやれるのに。


「蟹だ!」


 近くにいた少年が声を上げた。

 岩に出来た穴の中に蟹を見つけたらしく母親らしき女性と座り込んで穴を覗く。

 手には小さなプラスチックの水槽と網を持っているから蟹は捕まるとあの中に閉じ込められてしまうのかと少々残念に思う。


「暑いね。戻ろうか?」

「うん」


 嬉しそうじゃないか? 俺と散歩は嫌だったか?


 タープに入りシートに寝そべって二人で水を飲んだ。


「はぁ、日陰はホッとする」

「お爺さんなの?」

「眩しかったんだよ。それに潮風で髪がベトベトするからちょっと苦手なんだ」


 そうか! ベトベトはいかん! 海の弊害だ!


「早く帰ろう。うーん?」


 オッドアイが男児を背に乗せ現れた。誰?


「シオンの知合い?」

「いや。お前の犬だろ。何で急に大きく成ったんだ?」


 そこじゃないだろ。子供だよ、子供。揃って起上り繁々と子供を見る。


「オドアイガコウチイッチョイッタ」


 喋った。両手を俺に伸ばした……気香量が馬鹿デカい三百万の百香を抱き上げる。ふっくらした頬がやわらかそう。頬擦りするとスベスベフワフワ!


「名前は? どこから来たんだ?」


 シオンが男児の顔を覗き込んで問うとユラユラと気香が湧き立つ。


「シオン、離れろ。気香コ……」


 あららぁ、遅かった。倒れたシオンをオッドアイが背で受け止め寝かせた。

 重い侵食系の気香を吸収する。この気香は仙香の孫?


「メロテオメガ」


 あぁねぇー。悪戯っ子みたいな黒く丸い眼が似てる。人の心を読み動物と話す従順な百香は寝不足で眼の下に隈か?


「俺達は蜜人を傷付けちゃいけない。今晩、遊びに行くよ。どうせ起きてるでしょ」

「ハイ! ゴメンナタイ」


 オメガの頭を撫でたら黒髪は硬くゴワゴワしていた。

 ケーキの届け先はこの子か? 喋れないオッドアイはオメガを背に乗せ消えて行った。

 シオンが寝てるから一緒に寝よぉ。


******************************


「海に何かいるわ!」


 タープに飛び込んで来た繚乱に起こされ外に出るとスピーカーからライフガードの声が流れる。


〝遊泳中の皆さんライフガードからのお知らせです。只今、海洋生物が迷い込んだとの情報が入りました、安全確認ができるまで遊泳を中止して下さい。繰り返します、只今……〟


 人々が海から砂浜に戻って来ているのに逆走する男性がいる。


「皆は?」

「大丈夫よ。避難するように呼びかけてる」

「シオンをお願い」


 男性を追いかけて腕を掴む。


「行くな!」

「波けしブロックに子供がいるんだよ。離せ!」

「そうか、ここで待ってろ。俺が行く」


「止めろ! お前だって危ないだろ。ライフガードに任せろよ」

 そう言って俺の肩を掴んだのはあきらだった。


「俺は平気だよ。あきらも離れて」


 あきらと揉めているうちに男性は俺の手を振り払い海に入り、波けしブロックの上から十歳位の男子が二人、海に飛び込むのが見えた。

 あきらを吹っ飛ばしシャツを脱ぎ捨て海に入る。


 男性を追い抜き子供二人とすれ違って波けしブロックの上に立つ。

 どこだ? 居た! 

 海中を泳ぐ黒い影が波けしブロックでできた壁と壁の間を抜けて海面に浮かぶ親子に向かってる。


 血が滴るようなステーキの香りが好きかな? やっぱり魚か生肉だよね。


 端に移動し香りを海に流す。戻って来い。影は尾鰭を大きく振ると向きを変え大口を開けて跳ね上がった! 跳ね過ぎ、しかもデカい。


 身を屈めて数回指を弾いたけど香弾が効いている様子はまるでない。座り込んで掌で香胞弾を打つ。


〝ドカーン!!!〟と腹に命中!


 クジラに似た海洋生物は一回転し波けしブロックを超えて海洋側へ背中から落ちた。ヤバい、大波! ブロックにしがみ付いて波をやり過ごし隙間から様子を窺うとぐるりと反転しこっちに突進してくる。


 親子は砂浜にたどり着き辺りに人は居ない。ふふ。時間稼ぎは十分。ブロック上で迎え撃つ。死なない程度に動きを止めて驚いて大海原に帰る……予定。

 久しぶり過ぎて加減が分からないけど協会建物に気香を巡らせる時とサイズ的には同じだから〇.一%位でいいのかな?


 海洋生物が顔を出した瞬間に気香を放つ。大口を開けて跳ね上がろうとした海洋生物は動きが止まり海に沈んだ。

 浮き上がって来ないから水中を逃げた……と思いたい。 


 眺めていたらブクブクと気泡が湧き巨大な海洋生物の白い腹が浮かび上がった。 気香が強すぎたかぁ。ショックだぁぁぁぁぁぁぁ。


 二台の水上バイクが近づきライフガードの一人が声を掛けてきた。


「有難うございました。岸まで送りますから乗って下さい」

「いえ」


 浮き上がった白い腹から眼を離すことが出来ず気のない返事をした俺の顔面に何かが飛んできてぶつかった。


「着ろ!」


 二人乗りのバイクの後ろに乗っていたのはシオン。砂浜に脱ぎ捨てた俺のシャツとサンダルを投げつけるとは……。

 ビショビショの黒いタンクトップの上にクシャクシャの白いシャツを着てサンダルを履く。


「帰るぞ」

「もう少しここに居る」

「ダメだ。帰らないと海に飛び込むぞ」


 金槌なのに? シオンならやり兼ねない……渋々水上バイクの後ろに乗ると百香の気が香る。海洋生物に魚が群がりちゃっかり運んでるじゃないか! 


******************************


 別荘についてメイドに部屋まで案内されそのままシャワールームに入った。

 頭からシャワーを浴び気晴らしに小翼をパタパタと動かす。


 香子の忠実な家臣であるはずの百香が民を襲うとか何? 

 昴は俺を狙ったんじゃないの?


 風呂から出ていつの間にか脱衣所に用意されていたパンツとカーゴパンツを穿きグレーのTシャツを着る。

 エアコンを付けたばかりの部屋がまだ暑くてシャツを着る気にもなれず袖を肩までたくし上げベッドに寝転んだ。


〝コンコン〟とドアが鳴って起き上がるとシオンが入って来た。


「着替えは分かったか?」


 近寄ってきた髪がさらさら揺れる。

 触りたくて手を伸ばすとシオンはベッドの下に座った。


「着替えを用意してから風呂に入らないと裸で出なくちゃいけないだろ。髪は乾かさなかったのか? 泰斗が食事の用意が出来たってさ」


 頭を抱え込んで髪を指で梳かす、アジサイ、ダリア、チグリディア、ニチニチソウ、ノウゼンカズラ、ジギタリス、アキレア……いい香り。

 さらさらとした指触りが心地いい。蜜守と同じ。ふふ。


「犬が連れてきた子は百香だったのか? あの犬はなんだ?」

「見た通りあの子犬が大きく成った。名前はオッドアイ。百香の子供は仙香の孫でオメガ。隠れて暮らしてるせいで気香コントロールが出来ないけど多分とても賢い子だよ」


 苦しんでるは言わない方がいいな。マリーゴールド、アロンソア、トロロアオイ、ニーレンベルギア、エキナケア、ハエマンツス、サギソウ、サルビア……


「ねぇ、二人ともお肉が炭になっちゃうよぉ」


 泰斗の声がして眼を開けると入り口にオールスターが立っていた。

 俺の指から髪が去りシャツに変わる。服の手触りも悪くないけどシオンの髪に勝るもの無し。

 渡されたシャツを着て部屋を出る。



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