第22話 なぜ翼を笑う?
案内されたリビングは全開放した掃出し窓に続くウッドデッキと段差がなく部屋と外が一体化した気持ちのいい空間だった。
庭には南国らしいヤシの木が空に向かってすっくと伸び上空で緑の葉を風に揺らしていた。
ウッドデッキの隅に大きな鉢が置かれ真っ赤なハイビスカスと一緒に植えられた白いプルメリアの花が可愛らしい。ふふ。
テーブル上には氷の器にフルーツと飲み物が用意され、その中からミネラルウォーターを取り置かれていた椅子に何となく座った。
バーベキューグリルで焼けた肉や野菜を泰斗が面倒臭そうに串から外す。
「なんで串に刺すのかなぁ? どうせ食べる時にはバラバラにするのに」
「大きなお肉や野菜でも金串から伝わる熱で中に火が通りやすいからだよ」
修一がトング片手に優しく答えた。
「そーなんですかぁ。僕は修一さんみたいな優しいお兄さんが欲しかったなぁ」
「泰斗は俺の守護下に入れば修一が兄さんみたいだぞ」
ニヤニヤとビールジョッキ片手にあきらがSクラスを勧誘する。
「僕は京がいいですよぉ。面白くて可愛いんですぅー」
「そーかぁ? ちっこいから可愛いけど面白か?」
あきらが茶化した。でも同感、俺は頑張っても面白くない。
「あきらさん、京は毎日必ず寝癖がピョンって立ってるんですよ。サッカーしたらシュートしてゴールネットが破れるし繚乱さんにはいつも叱られてるし僕は京が大好きです!」
褒められていないのは分かった。
「嫌だわ、泰斗君。私は怒りたくて怒ってるんじゃないわよ。めちゃくちゃ強くて怖いのに不器用でボーっとしてて優しい所に腹が立つのよ」
「それってみきは……」
「なによ、ラン?」
「ふふ、何でもないわ。うふふ」
なんだ? 気になるじゃないか?
「食べられる? あんなデカいのと戦って疲れてない?」
黙って話しを聞いていたら蓮が焼けた肉と野菜を届けてくれた。体格はあきらみたいなのに蓮は言い方が違う。うずうずする。
「蓮は優しいね。愛してるよ」
「どうしたの大丈夫?」
蓮が慌てるから可笑しくて肩が振るえるし小翼がパタパタする。あぁ、楽しい。
「ふふ、大丈夫に決まってるでしょ」
シオンがこちらの様子を窺ってちらちら見てるけど寄って来ない代わりにあきらが来た。
「京は俺と居るより蓮といたほうが楽しそうだなー。浮気かぁ?」
「あきらも愛してるよ」
赤いは酒の咎か。
ワイングラスとボトルを持って少し赤い顔をしたあきらが爆笑する。
「あはは、どうしたんだ? 嬉しいじゃねーかぁ。俺も愛してるぞ」
俺の頭をポンポンと叩いて嬉しげに笑うあきらを追いかけて泰斗が来た。
「三人で何言ってるのぉー? 夜は花火に行くから沢山食べて時間まで休もー」
いつそんな話しになった?
修一とシオンが焼き上がった肉に魚介類、野菜をてんこ盛りにしてリビングのテーブルまで運んだ。寝ていい時間だと判断して転がって寝る。
******************************
〝ヒューーードカーン!〟爆撃?
眼を覚ますと窓の外には大輪の花火が咲いていた。
「起きないからおいて行かれたぞ」
「皆は花火を見に行ったの? 打ち上げ花火って大きいね。蝶だ! あっ! 仕掛け花火が始まった!」
部屋の明かりを反射するガラスが邪魔で掃出し窓を開けると火薬の香りに湿っぽい砂埃の香りがした。
上空には積乱雲が湧いているからもうすぐここもどしゃ降りになる。
窓を閉めてリビングに戻る。
「京も行って来いよ」
「雨の香りがするから止めとくぅー」
「犬並みだな。皆に話すのか?」
「今日は用事が出来たから後で」
ゴロゴロと雷鳴が聞こえても花火の打ち上げは続いている。〝バラバラバラ……〟と枝垂れ柳が銀色の枝を伸ばした。
「出かけるのか?」
「オメガと約束したんだ」
〝ドッカーン!〟
雷鳴と共に地響きがして電気が消えた。花火や街の灯で薄明るかった窓の外は庭に置かれたソーラーライトがぼんやり灯るだけになった。
停電の時は寝るのが一番だけど起きたばかりだから香り玉で照らす。
薄らと黄色の光で部屋を照らすとシオンが蹲っていた。
足りない……大量の香り玉で湖を作る。
「これでいい?」
シオンは部屋の中を涙目で見廻して一瞬ほっとしたような笑みを見せたのに眼からはコロコロと秘薬が零れて香り玉の中に消えていった。
「何で泣くの?」
「京が優しいと笑っていたいのになぜか涙が溢れるんだ」
蜜守は蜜人の守護神なのに泣かないし口が悪い……口が悪いのは同じ。
でも、シオンの秘薬がずっと二連香子を導いて来た。
シオンから離れて窓のカーテンを閉めシャツと下に着ていたTシャツを脱ぎ捨て大翼を広げる。
振向いて見えたシオンの口がポカンと開いて……笑える。ふふ。
「俺は香神の子だ。誰にも負けないから心配はいらない」
泣き止んだ。はは。新たな涙の対処法はドッキリさせる!
「ただいまー、綺麗、何この玉明るい、きゃーーー!」
あらら。リビングの扉を開けた泰斗の悲鳴であきらがずかずかと入室。
「おい! 子供が薄暗がりで変なことするなよ……ぷっ! 何だそれ翼か?」
パッと電気が点くと泰斗も蓮も修一も繚乱や美咲まで背中に寄って集って嬉しそうに翼を触り引っ張ったりもする。玩具じゃないよ!
「気香かぁ、すげーなぁー。ははは。背中から気香って、ぷっ! あははは……」
「京より翼の方が大きい。きゃはははは。羽先がキラキラ透けてるぅー」
天馬に愛される自慢の翼なのに爆笑ってなんだ? 漆黒の翼だよ?
「裸で飛ぶの? 服はどうするの? ぷっ!」
「あんたは早く服を着なさいよ! セクハラよ!」
修一が口を押えて肩を震わせ繚乱が怒るのはなんでなの?
笑わない蓮だけが優しい。
「仰向けに寝られるの?」
大切な事だけどちょっと違った。翼を縮めるとまた爆笑された。
俺がシャツを着て馬鹿笑いが納まり真剣な面持ちのあきらが号令を掛ける。
「座れねーから玉を片付けろ」
香り玉を庭に履き出すと降り始めた雨に打たれ次々に弾け様々な香りを漂わせる。弱い香り玉は放って置いてもそのうちに割れるけど全て室内で割れたら混じり合ってドギツイ香りになる事間違いなしぃー。
皆でテーブルを囲んであきらが仕切る。
「京、どうゆうことか説明しろよ」
「宮廷で神殿に入ったら翼を焼いた時に仙香が封じた記憶が戻ってまた翼が生えた」
「記憶って何だ?」
「俺は二連香子三世。大事変を治め国を統治する為に転生した香神の子だった」
「二連? 王族って事? 事変て海洋生物なのぉ? 巨大海洋生物が現れるのは十年に一度の割合だったのに一年くらい前から一ヵ月に何度も目撃されて船の運航にも影響が出てるって父さんが言ってたよ。おかしいよねぇー」
話しが逸れましたけど? 泰斗に繚乱が続く。
「おかしいって言えば行方不明の香師さんと慈愛さんが一緒に西ブロックの廃墟に入って行くのを私達は見た事があるのよ」
繚乱の横で美咲が頷くと修一が口を開いた。
「でも慈愛さんはいい人だったよ。僕はやっぱり国王が怪しいと思うよ。この前クラブで一緒になった軍人が調香戦の前に誘拐が多くて警備が大変だったのに、東で内乱が起こるって噂が出て国王の警護までしてるって愚痴ってたもん」
どんどん話が逸れますけどぉー。
「それと繋がるかもしれんけど香蜜人の人口比率の歪みが年々大きくなってるよな。行方不明者が蜜人だけじゃなくて香人も多くてどんどん両人は減っていくんだよ。京はなにか知ってるのか? どうなんだ?」
あきらは前から香人が消える事を気にしてるよねぇ。
「大事変は何が起こるか分からないけど百香にはそれぞれ特質があるって皆は知ってるの?」
俺の問いに全員が首を横に振る。国防してるのに百香は国民に忘れられてる。
「メロッテ仙香は記憶と意識を操りレグルス日登は幻聴を聞かせる。向日葵昴は幻影を見せてソンブレロ・リゲルは武術の達人。慈愛は気香で占い、俺は気香を有形化する」
皆様、だから何って? って顔ですね。
「南に海洋生物を魅せているのは昴で東に噂を流したのは日登、西を荒らしていたのはリゲル。修一の話は軍の管轄外だから軍人が話したなら北は仙香の企てという事になる。慈愛の占いで国の危機を知った百香が行動を起しているんでしょ」
「それでどうするんだ?」
あきらが身を乗り出して問うけれどもぉ。
「まだ繋がらないから何もしない」
「京、自分一人でやろうとするなよ。俺達がいるだろ?」
「現世の事は現世の者が解決するのが理なんだ。だから、皆にも協力して貰うよ。今更嫌だって言っても逃がさないよ。ふふふ」
突然、隣に居たシオンに抱きしめられて頭の上からコロコロが降ってくる。
前が見えませんよ。
「やっと生きる気になったか……良かった……」
聞こえてきたあきらの声が震えていた。腕の隙間を広げて顔を出したらあきらが号泣して修一に頭を撫でられてる……何てこった。暫く手が付けられない。
「泣き止めシオン。大体分かったでしょ。俺は出かけるから皆に説明しておいて」
「うん……分かった……」
ホントか? オッドアイを呼んで消える。
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