第23話 心の中

 細かい動物柄のベッドカバーにオジロワシの縫いぐるみ。線路柄マットの上でオメガがポツンと電車のおもちゃを握り座っていた。

 オッドアイがベロリとオメガの頬を舐め身体を擦り付けるとコテッと転ぶ。

 おい、加減!


 起上ったオメガが両手を広げトコトコ歩いて俺の足にピタッと抱き付いた。


「お邪魔します」

「ドウド」


 ふふ。座って膝に抱くとオメガはペタリと寄掛る。一人でベッドに寝るのは寂しいか? 気香コントロールが出来ないから親と一緒に寝られないな。


「オメガハイラナイコ。オメガジャマ」


 そうじゃない。重い気香は親だって怖い。オメガが気香をコントロール出来ないことが問題だ。


「オチロガオドアイツレテキタ。オドアイガコウチイッチョコワイナイイッタ」


 宮廷上空に居たオジロワシはオメガの配下か。

 広い宮廷なら少しくらい気香が揺れても他の人に迷惑が掛からないし仙香と一緒に暮らせば沢山抱きしめてくれる。俺もそうして貰った。

 俯くのはなんで?


「チラナイ。ドウブツトハナツダケ」


 人の心が読めると言えないか。オメガは頷く。便利なのになぁ。


「ヒトガネコカワイイイウ。ノラネコゴミバコアラツトニクラチオモウ。ノラハオナカツイタ、ワルイナイ。ヒトニコンニチハイッタラコンニチワイウ、オメガナニモチナイノニ、ヤダコワイオモウ、トレカラ……トレカラ……」


 片言のオメガが必死に語る。心の育っていないオメガには辛かったね。


 人は空気を読んで思ってもいない事を口にするし愛想笑いもする。人の本音なんて分からないからそれで丸く収まる事もある。時には優しい嘘もある。


 その人も自分の本音に気付かない事もあるし勘違いとか思い違いだってある。

 確信犯って言葉があるでしょ? 首を傾げたぁ。オメガには難しいか? 


「俺はオメガを愛してるよ」


 オメガの硬い髪をクシャクシャと撫で抱きしめたら一瞬で寝た。

 言いたかった事を吐き出して気絶? ははは。


 あらら、階段を香人三五〇が上がってくる。ドアが開いた。


「人の気配がすると思ったら、あなた香人キングの虹彩君よね。何してるの?」

「オッドアイがオメガに世話になったらしい」

「その大きな犬ね。最近見かけるようになったけど色々な動物が来るから気にする事ないわ」

「オメガのお母さんでしょ? 俺は仙香の教え子だよ。知らないの?」

「知ってるわ。国王に捕まって香人協会に閉じ込められてた……オメガの事を見逃して! お願い!」


 やっぱりオメガは愛され守られてる。眼下の隈がお揃いだね。


「勘違いしないで俺はオメガをポイズに売ったりしないよ。オメガは自分の気香が怖くて寂しくて眠れないんだ。俺に任せない?」

「気香指導をしてくれるの?」

「うん。オッドアイがオメガの送り迎えをするから心配いらない。睡眠不足は思考を低下させ自由な発想の邪魔をする。ふふふ。あなたもゆっくり眠った方が良い」


 俺の申し出をこの人は断らない。断らないんじゃない断れない。

 

「……ホッとするなんてダメな母親ね」

「そんな風に思う必要はないよ。オメガの気香は重いから誰だって怖い……稀に気にしない人もいるけど……変人だよね。ふふふふ」


 宮廷じゃなかったけど二歳の時、俺には仙香がいた。その後はあきらや修一、セダムが居てくれた……そしてシオンや泰斗、蓮、多くの変人に出会えた。

 オメガをそっとベッドに寝かせオッドアイに掴まって消える。


******************************


 海から帰った夜、セダムが部屋に来て広げた風呂敷には黒地に赤い結び紐の付いた作務衣と前ボタンのシャツが何着も綺麗に畳んであった。


「作務衣は目立ちますからシャツも用意しました」

「有難う。出かけるのに調度良かった」

「京君はどこまで分っていらっしゃるのですか?」


 不安と期待が入り混じった眼をしてセダムが小首を傾げた。


「まだよく分らないけど急ぐ理由が出来た」

「そうですか。行ってらっしゃいませ」


 セダムが部屋を出て行くのを見送り服を広げる。

 小さい時に着ていた背中のタック内側に切り込みが入った変形作務衣。小翼が上手く隠れ切込みから大翼を伸ばせるセダムのオリジナル。


 シオンは長風呂だから黙って出かける。


 協会の屋上で大翼を広げ飛び立つ。

 漆黒の翼は夜闇より暗く、黒くその存在を主張する。羽先からはキラキラと眩い銀色のミストを発し眠る街に振り撒く。


 西六区の北西にある慈愛邸の前で翼を仕舞って門扉に手を当てると指紋認証門は俺を認識した。ここに居た頃は広いドームの中をパタパタと飛んでいた。

 庭には木草花が植えられ北側に東西に長い二階建ての家が建つ。


 懐かしい庭を通って玄関の前に立つとハーブ六〇がドアを開けた。


「お待ちしていました」

「今晩は。名前は?」

「ガマ・サラセニアです」


 髪を下ろし薄化粧の白花スズランは清楚で可憐。はは。


 確か二連家の家屋には使われないゲストルームが幾つもあった。 

 長い廊下を歩きリビングに入ると香師と名乗っていた頃とは見た目の異なる香師が待っていた。

 オゾンの香りと弱そうなところは変わらない。ふっ。


「ホントに来たなぁ。父さんがコウは必ず来るって言ってたけど俺は半信半疑だったよ」

「プロキオン、元気そうだね。ジャラジャラチェーンはどこに行ったの?」

「あんなもん邪魔だろ? ふふ、口も回らないのにチビの時からコウは誰の事でも呼びつけにしてたよね。今もチビだけどなぁ。ははは」


 懐かしそうに笑うプロキオンは五歳上のやさしい兄だった。が、口が回らない俺の言葉を理解してくれないからイライラしてよく気香で吹っ飛ばしていた。


 ソファーに座りサラセニアが入れた林檎ジュースを飲んで落ち着いて話す。


「何でこんな回りくどい事をしたの?」

「俺にはよく分らない。父さんの指示だよ」

「シリウスの事を父さんて呼んでみたかったなぁ」

「コウは元々って呼んで父さんなんて言った事がないだろ? 父さんは糞真面目だったから今の王との約束を守っただけだよ」


 確かにそうだけどしょうがないでしょ、父上は香神なんだから。


「分かるように話して」

「簡単に言うと、慈愛は百香の称号でうちは二連家。伝説の百香の血筋で王族だから大事変を治めて王位を回復すればいいんだよ」


「簡単過ぎでしょ」


「前国王二連ガンマは祖父さんでガンマ亡き後王になるのは父さんの筈だった。父さんは宮廷を出て遊び呆けていたんだって。その間に士官をしていたボルネオン・ポイズは祖父さんに取り入って養子に入り父さんは相手にされなくなってここに家を貰ったらしい」


「シリウスはポイズに嵌められたって事?」


「そう。慈愛の称号と引き換えに王子シリウスは消えたんだって。暫くすると百香をバッシングする記事が新聞やネットで報道されるようになりポイズは宮廷の別館に居た百香を国防と称して東西南北に追いやった」


「それで?」


「祖父さんが急死して自動的にポイズに王位が移り今の悪政が始まった。それでも父さんは王位に未練は無かったらしい。でも、翼の生えた伝説の百香・二連香子三世が生まれた事で自分の地位が揺らぐ事を恐れたポイズに不吉だから殺せと言われて人のいい父さんも流石に慌てた。炎を操る特質を持った花月様が翼を焼くと提案し命は助けたけど更にポイズは接見を禁じ自分の管理下に置く事を要求した。一昨年、大事変の占いが出てなんとか国王に気付かれずにコウがここに来るように父さんが考えて俺は言われた通りに動いた。ってそんなところかな」


 林檎ジュースを飲んで一息つくとプロキオンが続ける。


「アルファルド様と花月様は亡くなって今いる四人の百香様は国王が望んだ事だからコウが事変を治める事は無いって言ったらしいけど、俺はさぁ、父さんは子孫の為にコウに王位を回復して欲しいんだと思うよ」


「自分のせいで俺は殺されそうになり百香は宮廷を追われたのに? こんな回りくどいことしなくても事情を俺に説明してくれても良かったんじゃないの?」


「だからぁ、ポイズとの約束があったんだよ。父さんはお人好しだったし自分は平和ボケして浅はかだったと後悔してたよ。騙された祖父さんも馬鹿でしょ」


「プロキオンがこっそり教えてくれたら良かったでしょ」


「俺が言ってもコウはやる気を出さないって父さんが言ってたよ」


 まぁ、そうかも。もし、シオンが居な無かったらシオンが泣き虫じゃ無かったら目の前に置かれた毒入りポアレを食べた……かも?


「その話はもういい、くだらない。いつ、何が起きる?」

「くだらないって言うなよ。セダム叔父さんが香師とスズランを作って俺達はアパートを借りて二重生活だったんだ。父さんが死んでも泣いてる暇も無かったよ」


「ご苦労。俺が変わってやりたかったよ」


「……ごめん。〝滅びし者が暖衣飽食を乱す〟だってさ」

「なんだそれ?」

「俺にはさっぱり分からないよ。占いを伝えたら俺の役目は終わり」

「ふざけてる。寝る」


 釈然としない……父親役のシリウスがダメなら父上が助けてくれても良かったんじゃないの? ニューイヤーに香守ジャコウネコが現れて解説してくれたら解決だったでしょ。


「こら! 勝手にソファーで……」


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