第31話 大義

 「だからこの人は山根真じゃないよ」

 プロキオンの言葉は説得力に欠ける。騒ぎに参加だぁ!


「国家警察西署犯罪捜査係三課フィリックス・マルタ課長。何か用?」


 はは、マルタがピシッと敬礼。凍りつくミラーを後ろに下げる。


「香子三世様お騒がせして申し訳ありません。香人協会理事長大御所氏からの告訴を受理し虚偽公文書作成及び偽造公文書行使の容疑で香人協会職員の山根真を逮捕します」


「ご苦労様。ここには居ないよ」

「山根はそこに居るじゃないか」


 そう言って大御所が顎をクイッとミラーに向けた。

 今頃のこのこ現れて煩いよ!


「大御所、久しぶり。香人協会理事長が役目を放棄して今まで潜伏とは頂けない。理事長及び理事解任でしょ。ねぇー、あきら」


「当然だ」

「理事会の承認が無ければ今現在私は香人協会理事長だ!」


 往生際が悪い。怒り心頭に発するあきらの顔が鬼!


「へぇー。では理事長、香人協会職員・山根真のプロフィールは?」

「ふん。東ブロック四区出身、四十歳、常人男性、身長一八〇cm、親類縁者なし。風貌はやせ形で細面のそこにいる男だ! 個人番号だって分ってるぞ」


 紙なんか見ながら何言ってやがる。


「そのとおり。協会職員の山根は身長一八〇cmある常人。このぼさぼさ頭の人は身長一七六cm、密人。俺の守護下にある、ダスティー・ミラー、三十八歳だ。個人番号も言おうか?」


 マルタが協会ホームページの掲示板で香人に守護登録された蜜人の名簿を確認してからニヤリと笑い敬礼。


「大変、失礼いたしました」

「いいえ。日頃の協力に感謝してるよ。香人・大御所太郎を公金横領、香蜜人拉致監禁犯として香人協会理事・右近あきら氏が告訴する」


 タイミングよくシオンが上着のポケットから封筒を差し出しす。

 中身を軽く確認したマルタが眉間に皺を寄せ大御所を一瞥し逃げようとした大御所はお付の警官に取り押さえられた。


「仕事を増やして悪いけど香蜜人拉致監禁及び事変時逃亡の罪により二連ポイズを二連家頭首プロキオンが破門した。ボルネオン・ポイズ国際指名手配の手続きをお願い」

「はっ! 了解いたしました」


 マルタが帰ってもミラーは眼を閉じ立ち竦んでいた。


「俺の作業は完璧だよ。ふふ」

「はぁぁぁー。そうだとは思いましたがドキドキして言葉が出ませんでした」


 ミラーが胸を押さえ溜息を吐くとあきらがブルっと身震いした。


「やっぱり普通のガキじゃないよなぁ。国王に成ってずっと居ろよ。ははは」

「皆で宮廷に住んでくれたら成ってもいいよ。宮廷に出店する?」

「マジか! いや、拙いだろ? 神の子がブラック発揮するなよ」


 あきらは勘違いしてる神が本当に博愛で清らかだったら天罰何てこの世にない。


「ドームを消してくる」

「京じゃない、香子。昴様より俺の方が軽いし小さいよな」


 バレタかぁ。シオンの両手を持ち翼を広げ中央にある自然公園まで飛ぶ。

 ジェットコースター好きのシオンはブラブラと空中ブランコをしても昴みたいに怖がらずに「うぉーっ!」と喜ぶ。


 山頂でドームを消せば高い秋空と太陽が眩しい。


「なぁ、御子って名前なのか?」

「違うよ。変神の父上がいつか香神を継げと名を付けなかったから名無し。香子って名は『香神の御子』を縮めたんだよ。ふふ」


「ふーん。香神に成るならやっぱりコウなんだな。コウ、俺をいつか眷属にしてくれよ」

「はぁ? 親にも友達にも会えなくなるよ」


「学生のうちに沢山親孝行をしておくよ。大等部を卒業したら士官試験を受けて入廷する。友達と離れるのは寂しいけどお前と一緒に行く」


 簡単に言ったぁーーー。子供か!

 ふふ。でも、シオンが言うならそうなるのかも?


「ふふ。それもいいね」

「きっとオメガ君も一緒に行くって言うだろ? 二人とも不器用だから器用な俺が、何か落ちて来るぞ?」


 はぁ? 何だあれ? 火球? 巨大な何かが落ちた。


〝香子様、ゴミだそうですよ。ジジィ、俺に喋らせろ! スペースデブリだ! 西二区の工業地帯にデカいデブリが落ちて大爆発だ! まだ来るぞ!〟


 昴の声に映像。衛星軌道でデブリ同士が衝突してる!


「オッドアイ!」


 オメガを背に乗せたオッドアイが現れた。


「シオン、離れろ! オメガ、思い切り気香を放て!」


 オメガを抱き上げ気香を吸収しドームを張り直す。オメガの気香量は三〇〇万、並の百香じゃない! 速く、一秒でも速く、厚く! これが大事変だ。


「日登。仙香に繋いで」

〝コウ君、宮廷上空もドームが戻りましたよ。ほほほ〟

「落ちてくるデブリを墓場軌道に帰す。シオンとオメガを迎えに来て」

〝コウ君?〟


 気香で小さなケンタウルスのパッジを作りオメガの胸に付ける。

 オメガ、有難う。オメガはケンタウルスの胴体部分にある星団だよ。だからオメガは一人じゃない。仙香に本当の事を話せばきっと力に成ってくれる。


「オメガコウクントイッチョイク」


 小さ過ぎぃー、ふふ。大きく成ったらいつか神殿に呼んで。

 オメガを下ろすと両手を上げて抱っこのポーズ。オメガの後ろ襟をオッドアイが銜えた。


 あぁ、もうコロコロキャンディーが足元を転がる。


「シオン、プロキオンに(者じゃなくて物だ。阿呆!)って伝えて。ふふふふ」


 拳を握りコロコロを堪えようと必死に口もギュッと堅く結んだシオンの胸でペンダントトップが光った。紫苑の花言葉は……遠い人を想う。

「行って来ます」と言えないのはなぜだろう。


 大翼を広げ舞い上がりドーム上に出る。香国を包み込もぅ。


 三千度の断熱圧縮に耐える金属を作る人間は立派だ。しかし現在廃棄処分も出来ず軌道を彷徨う使用済みロケットの残骸、人工衛星の破片、スペースデブリは無数に存在する。


 小さな物なら大気圏に突入すれば燃え尽きても地面を揺らすほどの大型ゴミがビュンビュン落ちて来たら大惨事でしょ。数百年前には想像も及ばなかったよ。撃ち返すと新たな衝突を生むしドーム上がゴミだらけでも困る。今の香国に残骸処理をする体力は無い。


 ポイズが手ぶらで逃げたとは思えない。


 防御を纏い地上一km上空で気香を広げ全て取り込む。来い!

 香国上空を俺の気香オーロラが覆う。うーん、夜空なら綺麗だったかも。青空広範に亘る赤色と緑色の薄幕状の光は不吉な前兆っぽくて不気味。

 赤く燃え落下するデブリが次々と気香中で淡いブルーの塊に変り停止する。ふふ。共に墓場軌道まで飛ぼう。


 皆が飛んでるとあきらは言った……大翼を広げデブリを取り込みながらゆっくり上昇して行けるのは翼を持った俺だけ。

 人の身は絶えられるだろうか? もうすぐ大気圏を超える。

 止めるわけには行かない。


 衛星軌道上をビュンビュン飛んでいるデブリも俺の気香中で止まれ。少々の空きが出来れば衝突も終わる。

 神が下界で宇宙ゴミ産業廃棄物処理業をしたらぼろ儲けだよねぇ。


 必要最低限の処理で同期軌道を抜け墓場軌道まで到達したら気香を解く。

 ゴミに宇宙を彷徨わせてもいけない……この青い地球がゴミに覆われ見えなくなる日が来るのかも。


 これで民は救われるか? プロキオンや百香が国と宮廷を立て直せるか? 

 蜜人が、シオンが笑って暮らせるか……考えてもしょうがない。時間もない。


 ドームの天辺で気香を解く……。


******************************


 眩しいほどの純白。階段も天井も柱もつるんと白いここは父上が創った神界の神殿。神座に父上が座り両脇に香守と蜜守が座る。下手に人型オッドアイの姿もある。

 片膝を着き胸に片手を当て戻りの挨拶。


「香国に未来を描けず申し訳ありませんでした」

「大事変は治めた。もう良い。は・は・は。昇天する姿は恰好良かったのぅ」


 父上の肌色は白緑。怒っていないし喜んでもいない。


 ふらふらと神殿を出て草原の大樹に寄掛りグラスを持つと長い鼻面が頬を突いた。


「香人の御子よ、お帰りなさい」


 純白の鬣に翼を持った天馬の挨拶。気に入った者しか受け入れぬ神界の厄介者は俺の漆黒の翼を気に入り時折姿を現す。


「マルカブ、ただ今。いつも綺麗だね」

「意気が無い。香神の命を果たし何を想う?」

「何も。少し疲れただけ」


「笑止。御子が疲れるとは何事か? 一望千里の草原と大樹。小川の辺には色とりどりの花が咲き乱れ蝶が舞い矮性の草花は地面を埋め尽くしている。己が生み出す美しき空間は健在ではないか?」


 それでも疲れただけなんだ……蜜守と香守が来た。


「お褒めに預かり光栄だよ。もう、お帰り」


 マルカブは空を駆け上がり白い蹄鉄型の軌跡を残す。


 姿を現した蜜守と香守は黙ってフルーツと木の実が乗った皿を俺の前に置いた。 香守が俺の髪を整え、蜜守が大翼を繕う。また神界での永い時が始まる。

 グラスを置き掌に料理の皿を出してみる。


「雑炊……食べてみて」


 香守が恐る恐るスプーンで掬い口に運ぶと手で頬を抑えた。


「なんと柔らかく美味ですね」

「シオンが風邪をひいた時に作ってくれた人間の家庭料理。魚や野菜の出汁で米を煮て卵を入れるんだって……宮廷料理とも宅配弁当とも違う。ふふ」


 香守から皿を奪って蜜守がモリモリ食べ始めた。美味しいでしょ。

 あれ? 止めた。


「香守! 御子様を苛めては成らぬ!」


 へっ? 蜜守が皿を放り投げ俺の頬を撫でた……途端に眼の前に水が溢れ蜜守の顔が見えなくなった。


 大事変を治めた。香子の寿命がちょっと早く尽きただけの事だった。


 三世が見た下界は宮廷住まいのこれまでとは違ってたんだ。

 あきらや修一、シオン、セダムにも沢山叱られて記憶を無くした俺は仙香と昴のお蔭でそれも人の愛情なんだと知った。

 生徒会長の大野と御厨の掛け合いも思い出すと笑える。


 泰斗は天真爛漫でチャーミング、蓮は真面目で優しかった。繚乱はキング代行をしっかり熟した。

 皆に会わずに終わってしまった。俺は大切な人達を簡単に手放した。

 オメガは苦しみから解放されるか? 蜜守の髪は香らない。


 馬鹿か、遅い……助けたんだ……手放したんじゃない。デブリを何十年も掛けて処理するのは国益にならない。


 何が国益だ! 大義なんか糞喰らえ!


 蜜守の膝に顔を埋めればふわふわで心地いい。


 

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