第26話 それぞれの苦悩
夏季休暇が終わっても登校しないで部屋でゴロゴロと過ごしていたらオメガも帰らずにずっと部屋にいる。
何かあると踏んだのかセダムも入浸りでせっせと食事を作りオメガの服を縫う。
「仕事に行かないと悪事が露見するよ」
「私は京君のお世話係ですから事務仕事は二の次でいいのですよ。今は風邪で学校をお休みって事になってますから看病ですよ。それにオメガ君のお世話を誰がするのですか?」
「あぁねぇー。でもーぉ、朝から永遠と食べ物を並べられても困るよ」
「君もオメガ君も食を疎かにしますから多めに用意しているだけです満腹なら寝て下さい。背が延びますよ。ふふ」
「充分寝てますぅ。背が伸びる前に肥満になるよ」
オメガもすっかり隈が取れて気香を揺らす事も無くなった。遊んでやるなんて事は出来ないけど寄り添うだけで安心してくれる。俺と揃いの作務衣も良く似合う。
「どなたも顔を出しませんがどうしたのですか?」
「それぞれ忙しいのぉ」
〝香子様、日登でございます。今夜、慈愛邸に集合します〟
頭の中に日登の声が響いた。百香部隊がやっと来る。
「一人で何を笑っているのですか?」
「山根は終わりだ。今日からダスティー・ミラーに転身。愛梨に似た声がずっと俺を癒していた。有難う、セダン。ふふ」
セダムの目に涙が溢れて頬を伝う。
縫っていたオメガの作務衣で顔を拭いたぁぁぁ。
「コウ君は私の事を覚えていたのですね……小さな君はセダムと口が回らずにセダン、セダンって。ふふ。ミラーさんの話しを聞いた時には不審に思いあれこれ確認したのですが私には絡繰りが分りませんでした」
「いろいろ思い出したんだ。ふふ。愛梨から俺の事は何て聞いてるの?」
首を傾げてセダムが言う。
「聞くも何も翼の生えた伝説の百香で慈愛さんと姉の子供でしょ?」
「俺は香神の子。シリウスと愛梨の子に転生した。正確に言えばシリウスの精子に俺が入り着床させた」
セダムが俺の額に手を当てた。
「お熱はありませんね」
子供しか信じないのはどうしてなの?
「だから母さんとは呼ばずに愛梨と言うのですか?」
「そう。俺は千年を生きる者。シリウスも愛梨も父上のお告げで生まれる前から知っていた筈なんだけど……俺は翼を焼かれて記憶を失くしてた」
セダムの眉間に皺が寄った。
「お告げと言えば姉も慈愛さんも妊娠する前に面白い夢を見たから百香が生まれるって笑ってましたけど? あーっ、私は一度コウ君に『チンデンがない』って言われた事が……」
セダムは尻切れ言葉で何か考え始めた。
愛梨もシリウスも馬鹿だったのかぁ?
「それでも姉から生まれたのなら姉の子である事には変わりませんね。あの日、私が君の服を届けに行かなければ国王に見つかる事もなかったのに……」
やっぱり気に病んでた。
「違うよ。あの日はラベンダーが来るのが分かって『セダンが来た』って燥いだ俺が勝手にドームから飛び出したんだ。セダムには戻れないけどミラーは独身だから奥さんに再婚して貰って」
「元妻も理解してくれていますから喜びます。しかし慈愛さんにも頼まれていますしプロ君とコウ君が宮廷に戻るまではお世話をさせて下さいませんか?」
「家族と宮廷に来ないの?」
「私と妻は宮廷とは無縁です。場違いで気が重いですよ。ふふ」
「そうか……夜には慈愛邸に百香部隊が到着するから沢山食べ物を用意してミラーもサポートをお願い」
「慈愛邸までは時間が掛かりますね。高速列車をチャーターしますか?」
「大丈夫。修一がジェットカーで迎えに来るよ」
あきらはプロキオンを鍛え、修一はジェットカーの免許を取った。蓮と泰斗はシオンと共に大御所理事長の不正の証拠を集めてる。繚乱の指導で幹部達は必死に気香術を訓練中。協力体制は万全だ。
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慈愛邸で百香の到着を待つ間にシオンには簡単にプロキオンが兄だと紹介しあきらとプロキオンの闘剣修行の成果をみる。
「プロキオンは弱いなぁ。あきらの訓練にならないじゃないかぁ」
「右近さんが強すぎるんだよ。俺が普通なの! 文句があるならコウが相手をしてやれよ」
「やってもいいけどぉー、プロキオンが強くならなきゃ意味ないでしょ」
プロキオンの中型剣に俺の気香を纏わせて戦わせたらいい勝負になった。
負けず嫌いのあきらが俺の剣にもやってくれと言う。
「あきらには無理だよ」
「やってみなくちゃ分からないだろ!」
あきらが持った剣に気香を纏わせると顔を顰めて剣を落としブルッと手を振る。
「痛っ、無理」
「プロキオンは弱いけど気香量は二六〇ある。二連の血筋で小さい頃に俺の気香を四六時中喰らって慣れてるから大丈夫なのぉー」
「だから調香戦でも武舞台から落ちなかったのかぁ」
「あきら! 余計な事を……」
ほら見ろ。シオンが俺を睨んでる。面倒臭い説明を誰がするの!
「おい、隠してる事をちゃんと説明しろ。コウって香子の事だろ? 武舞台ってなんだ?」
きたぁー。責任を取れとあきらを見て言う。
「シオンにはあきらが説明するよ」
「やだよ。俺は可愛いオメガの面倒をみるから修一が説明するよ」
「僕に振らないでよー。コウが自分でしなさい」
俺に戻って来た。
部屋に入りシオンの髪を指で梳かしながらチマチマと説明を済ませた。
「サラセニアさんも修一さんも知ってるのになんで俺だけ知らないんだ?」
「話す機会がなかったから」
「嘘付け。一ヵ月以上も経ってるだろ」
床に座るオッドアイを撫でシオンがふて腐れた。
プロキオンが頭を掻いて言う。
「シオン君、矢田は事情を知らないから先走って怪我までさせて……いろいろ悪かったね。ところでコウはさっきから何をしてるの?」
「プロキオン、髪を梳かしてる他に何に見えるの?」
プロキオンが呆れ皆は笑う。なんでオメガは怒ってるの? あきらの手を離れトコトコ走り俺の足に張り付いた。焼きもちかぁー! 可愛いオメガを抱えて寝る。
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機械ワックスの香りがする。慈愛邸には仙香夫妻と娘夫婦、日登夫妻と息子夫婦と孫夫婦が二組、リゲル夫妻と娘と息子が到着していた。リゲルの娘も百香だ!
夕方寝から目覚めて起上るとオメガも起きて膝に乗った。ほら、お祖父ちゃんとお母さんが来たよ。誘拐される訳でもないのにオメガは俺の腕にしがみついた。
「マリアさんとオメガ君がお世話になっていたそうですねぇ。ご迷惑をお掛けしました。これからは私もオメガ君の力に成れますねぇ。ほほほ」
「なにも迷惑な事はないよ。オメガは可愛い。あきらもオメガを気に入ってるよ」
オメガが頷いた。ふふ。マリアの隈も取れたじゃないか。
見ろ、オメガ。マリアが嬉しそうに笑ってる。見ないのか!
「昴は?」
「昴君は何を考えているのかお返事がありませんねぇ。西はメカ恐竜が出たそうですよ」
家族と一緒に食事の用意を手伝っている器械ワックスの元が振り向いて言う。
「古代生物かと思ったらメカでした。十区の端で出くわして小型が一体だけでしたから倒して隠してから来ました」
偵察機かも? リゲルが居なかったら宮廷を襲ったとか?
食事の用意も一段落付いてシオンがバケットとクラムチャウダーとサラダを持って来てくれた。
あきらと修一は「お出で」とオメガを呼びあきらの膝に座らせ修一が「あーん」とスプーンを出す。パクッと食べた……可愛い。
もぐもぐ口を動かすオメガの頬をくにょくにょあきらが撫で回す……変人至福の時。オメガが嬉しそうだから小さい時の俺と同じだ。ふふ。
「シオン、食べたら昴のところに行ってくるよ」
「俺も行く」
「オッドアイに頼んでみたら?」
シオンがオッドアイを見るとプイと横を向いた。ふふ。
「移せる特質があればねぇ」
向こうで食事中のリゲルと娘が噴き出した? こっち来た?
「私はリゲルの娘のスピカといいます。移しますか?」
「香子様、スピカの特質は移す事で小さな人形や物に気香を乗せて香蜜人を移します。移されたら身体が死ねば戻れなくなりますし小さな人形が死ねばやがて身体も死ぬようですがどうしますか?」
「スピカさん、お願いします」
シオンが即答。が、スピカの手にある布人形に移されたら困る。
シオンの五八六蜜香で小さな紫苑をトップにしたペンダントを作って渡す。
「移すならこれにして。してないとは思うけどその人形に移したらすぐ死ぬ」
「そうですか。長い時間移した事はありませんがソンブレロ家の文献をもとにお父様で練習しました」
「百香なら防御すれば簡単には壊れないけど弱い素材に移せば数十cmの落下で死んでしまう事もあるし何もしないのに数日で死ぬ事もある。本来は有形化した気香とセットで使うものなんだ」
「スピカは香子様と番ですか?」
リゲルが眼を丸くした。
「番? と、言うより通常は移さない。大事変の時に瀕死に陥った勇者を救う為にある力なんだ。俺の気香に移せば気香の補充をして共に生きられる。勇者は百香かもしれないし共に大事変を治める香蜜人かもしれない」
今度はスピカが眼を輝かせた。
「お父様とも離れ百香だと隠して暮らすのも大変でしたが私の特質は何の為にあるのか分からなくて怖かったんです。幸せな力で良かった……有難うございます」
幸せな力か。ふふ。
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