第25話 百香部隊
午前三時に協会の屋上から大きく翼を広げて夜空に飛び立つ。
屋上まで見送りに来たシオンには、もう俺の姿が見えない……振り向かずに仙香の住む北連峰の山頂へ急ぐ。
街並みは瞬く間に変わってゆくけどここには何十年も何百年も変わらない景色がある。連なる山の稜線と手が届きそうな満天の星空。
西はインディゴ、南は藍錆、東がアザーブルーに変わった。さぁ、夜明けだ。
山小屋のドアが開いて灯りが洩れると仙香の声がした。
「京君、屋根の上は冷えますから早く下りていらっしゃい。ほほほ」
仙香がニコニコと部屋で迎え小さい頃のように二人で一つしかないソファーに並んで座った。
「立派な翼が生えましたねぇ。青は藍より出でて藍より青しです。ほほ、師は追い越される事に喜びを感じるものですねぇ。ほほほ。虹彩京は卒業ですか?」
「そうなるね。国の戯言はプロキオンに任せて俺は事を治めることに専念するよ」
柔らかな笑みを浮かべていた仙香の顔に影が差したのはなぜ?
「ほぉー。君は王や父を、民や私達を許しますか?」
「誰かを責める心算はないよ」
「この国の民は平和に酔いしれ私たちの警告に気付きもしません。気付いても何の警戒もしませんねぇ。海洋生物が何度現れてもビーチで遊び戦争が起きると聞いても国に詰め寄る事も無い。ほほほ。街が荒れても見て見ぬ振りをし軍人も警察も危機感というものが皆無ですよ。なぜ君は救うのですか?」
優しい口調で問う仙香は悲しみの満ちた表情に変わった。
「俺は香神の子。香国の国民を愛し守るのが大義。それだけだよ」
「大義ですか。私達は人から逃げて知らず知らずのうちに冷えて捻じれてしまったのかも知れませんねぇ」
仙香が俺の頭を抱えてモシャモシャの髭面で頬擦りしてくる。懐かしい。
仙香は冷えてなどいない誰よりも優しく強い百香だ。
「仙香、百香の使命は香子と共に民を守り国を統治する事だ。百香が心乱せば俺が抑える。共に生きよう」
「ほほ、嬉しいですねぇ。しかしまだ弱く小さな君に私達に抗う事が出来るでしょうか?」
俺には顔を見せずに張り付いている仙香の重く細胞を蝕む気香を感じる。もう、誰であろうが俺を止める事は出来ない。
仙香がすっと離れた。
「百香の気香を嗅ぎ分けますか? お見事ですねぇ」
「仙香の指導で俺は自分の気を抑えるのが非常に上手い。ふふ。百香部隊が揃って出迎えご苦労様」
湧出るように現れ四人並んで片膝を着き胸に手を当て頭を下げる百香部隊が懐かしい。顔をあげて仙香が言う。
「伝説の百香・香子三世様、無礼をお許しください。我ら百香部隊は全身全霊で香子様の命に従いお守り致します」
「ふふ。話がある」
仙香とリゲルが電子レンジで温めた食べ物とジュースと酒をテーブルの上に並べるのはなんでなの? 朝から宴会する心算か! 酒を飲みながら日登が言う。
「香子様、年長の儂からお話ししてもよろしいでしょうか。今、香国と隣国との間に二千キロメートル程の距離があるのはご存知ですね」
勝手に喋ってるし。
「本当は三百年前には隣接する二つの国があったそうです。北側と東側はフォレストという国で領土が広く緑が溢れ太古の大型哺乳類と共存する格別の地でした。一方、西側の進国は科学や工業に優れ人の為に先進の生活を重視するフォレストとは対照的な国でした。やがてフォレスト国の住民の多くは暖衣飽食に憧れ国を捨て進国に移り住み、結果領土を広げようと進国は侵略戦争を……」
校長と同じで年長者の話しは長い。プロキオンの話しも長かったか?
「……香国も当然に争いに巻き込まれましたが香子二世様が百香と共に国を守り現在に至ります。戦禍でフォレスト国の大型生物は狂気と化し当時の進国の技術を破壊し両国とも滅びました。それ以来、大型生物を恐れ北の地には悪魔が住むと言われ、西の地には落延びた進国の技術者が地中に住むと言われて香国は勿論、他国もその地に関わる者はいないと伝え聞いています」
やっと終わった。
(滅びし者が暖衣飽食を乱す)って言いたかったのか?
でも、口伝は信憑性に欠けるでしょ。
「日登は俺が何者か分ってるの?」
「翼の生えた伝説の百香は事変を治め国を統治する者だと伝えられています」
「俺は百香じゃない。転生する香子は一世も三世も同じ者だよ。俺は翼を焼かれた時に仙香に記憶を封じられてしまったけどね」
仙香の悪戯っ子みたいな黒く丸い瞳が俺を見つめて言う。
「神殿で倒れたのはそうゆう事でしたか。俄かには信じられませんが確かに翼を焼かれる幼子が余りにも不憫で全て忘れるように強く念じてしまいましたよ。ほほ」
「後遺障害で俺は寒気がするよ。ふふ。まぁ、いいよ。それより日登の話しは違ってる。フォレスト国は当時では有り得ない科学技術を持った国だった被害を被ったのは進国だ」
「なんとそうでございますか。儂の父から聞いた話でしたが……」
日登の言葉は尻切れて目玉だけが右上に動いた。言い訳を考えてる?
日登に代わって酔いが回り赤い顔をした昴が身を乗り出した。
「昔の話しはどうでもいいけど今は国民も国王も百香が嫌いなんだよ。現代は立派な軍隊だってあるんだぞ。ほっとけばいいだろ? あはは、転生だってぇー。コウ君。ははは」
「昴、海洋生物を浜辺に派遣するな。危ない」
「バレタかぁー、あははははは。死にそうだったから慌てて回収して看病が大変だったんだぁ。俺のペットなのにコウ君はやり過ぎじゃないの?」
「加減したのに死んだと思ってショックを受けたのは俺の方だよ」
「だってさぁ、俺はコウ君と話した事が無かったから挨拶代りだよぉ。伝説の百香様はあれで何歩ですか?」
「だから百香じゃないって言ってるでしょ。〇.一%くらい! ちなみに百香は自分の気香量を知らないから教えてやる。仙香は二百八十万、日登は百四十万、リゲルは八十五万、昴は十万だ。有り余る気香は悪戯する為にある訳じゃない!」
酔いが醒めたのか酔っていなかったのか昴のヘラヘラが止まった。
修一より六歳上って言ってたから二八の若い昴には再教育が必須でしょ。
西を荒らしたリゲルはどんな人?
「私は昴君とは違いますよ。西を荒らしたのは慈愛様とプロキオン君です。先日は毒入りコーヒーを教えて頂き有難うございました。香子様の気香量は幾つなのですか?」
「俺は星で例えるならクエーサー。全てを呑込みエネルギーに変える。その量は……莫大としか言いようがない」
落着いた感じの四十歳代リゲルは姿勢も良くて他の三人程は酔ってない。一人くらい真面な人が居るもんだ。リゲルに尋ねてみる。
「リゲルはどうなの?」
「私も国王に任せるに一票です。我らはポイズだけに宮廷を追われたのではありません。ポイズが蒔いた種を国民が育てたのです。我らは恐れられ平和な世で百香が宮廷暮らしをするのはどうなのかと疑義を懐いた民意に追われたのです」
根深い。仲良く酒を酌み交わす仙香も日登も同じかな? 香守が創造した百香は香子に群がる性なんですけどぉー……これも時代か?
「コウ君、俺のお土産の南国フルーツを食べなさい」
酔っ払いが緑と黄色の塊を差し出した。
「昴、それはどうやって食べるの?」
「アボガドは半分に切って種を取って皮を剥くんだ。スターフルーツは角を少し落として輪切りにすると星形だぞ」
しょーがないから気香で小さいフルーツナイフを作る。
「なんだそれ! 貸せ」
うゎあ! 眼を輝かせた酔っ払いに取られた。ついでにフルーツを切れ!
持ち逃げ……ふふふ。甘い。ベッド付近まで追いかけて投げ飛ばす。あゃ、飛び過ぎた……お帰り。
テーブルの上に落ちそうな昴をリゲルが蹴飛ばしベッドに激突し粗大ゴミと化した……俺のせいじゃない!
テーブルに着きリゲルに礼を言う。
「有難う」
「どういたしまして。ふふ」
リゲルが機嫌よく笑うと仙香が立ち上がり壊れたベッドで転がる昴を救助?
「昴君は悪ふざけが過ぎますよ! 早くフルーツを剥いてコウ君に食べさせて下さい。コウ君は生活能力が欠如しているのですからナイフなど持たせたら指が無くなってしまいますよ。ほほほ、困ったものです。私のベッドが無くなってしまったではないですか北連峰は冷えるのに年寄に……」
説教ついでに俺の悪口か!
クスクス笑ってリゲルがスコーンをくれるから有難く頂戴して安全地帯で食す。
「香子様、久しぶりに集まったので皆嬉しいのです。仙香様まで燥いでしまって君のせいですよ。ふふ」
「俺? 国防する心算が無いのなら東西南北に居ない方がいいでしょ。リゲルは街にいつ来るの?」
「君は思い切った事をいいますね。はは」
「確かに平和ボケした国民は百香がここで国防している事もその力も忘れてる。俺も百香部隊の意を汲んで暫く国防軍に任せる事にするよ。百香が家族と身を置くのにドームで囲われた慈愛邸は打って付けなんだ。最も夜遊びに繁華街を希望なら香人協会に部屋を用意するけど。ふふふ」
リゲルの返答は無かった。それでも山小屋に居る全員が聞いていた。
「日登はタヌキ寝入りが下手だ。ふふ。俺は中央で皆を待ってるよ」
オッドアイを呼んで消える。
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