第22話「共犯者」
フェイトの自宅から車で三時間程、首都のはずれの路地裏に位置するドラゴニア第七図書館は、年季の入った白い石造りの外観をしている。
恵一が警察にない古い資料を探す時に使う場所だ。
外観とは異なり、内装は掃除が行き届いており、清潔な印象を与える。
受付のカウンターには、マジックウッドの鉢が一つだけ置かれており、アリナの資料室とは違い、悪臭ではなく仄かな心地よい香りが鼻を撫でた。
書棚に入れられた本も古い物から最新の物までラインナップは揃っていて、早朝であるのも手伝って人の気配は全くない。
恵一とフェイトは、受付カウンター近くのテーブルに付き、十年前から現在までライリー・カーマインが関わったと思われる事件記事の載った新聞を見ていた。
「やっぱり。ここまでは手が回らないか」
「やっぱりって、ここならあると?」
「うん。大手の図書館なら新聞を回収してるかもしれないけど、ここは知る人ぞ知る場所だから」
恵一は、誰も居ない受付カウンターを指差した。
ここの司書は、午前中の利用者が殆ど居ないせいか、開館すると同時にコーヒーを飲みに行くのが日課である。
そのまま昼食まで済ませるので、帰ってくるのは昼過ぎだ。
「落ちついて調べものが出来るからお気に入りなんだ」
口を動かしながら恵一は、新聞に目を通し続けている。
ライリー・カーマインが関与したと思われる事件記事は、恵一が既に入手した事件記録を外しても実に二十を超える。
「これは、あくまでも僕の予想だけど……」
「何か分かりましたか?」
「もう人一人分のパーツが揃っていてもおかしくないと思うよ」
遺体が見つかっている物だけでも二十以上。発覚していない事件も考慮すれば、既にライリー・カーマインが遺体の収集を終えていると結論付けても性急ではない。
そしてもう一つ検証すべきは、ライリーの転勤場所と事件の発生場所と発生時期が一致するかどうかである。
フェイトは、河内から受け取った資料を机に広げた。
「あとは、これがライリーの転勤場所と合うかですね」
「だね」
数十件に及ぶ事件記事とライリーの転勤先の情報。
ライリーは、竜原・ルーカル・竜宮・ボリンスキー・カトワーラ等々大きな都市を三十二回も転勤している。
そして未解決事件の記事に書かれている発生場所とライリーの転勤場所。
これに事件の発生時期とライリーが住んでいた時期を照らし合わせてみると――
「一致するね。一件残らず全て」
殺人事件の発生場所と発生時期。ライリーの転勤記録。これらが全て重なるというのは偶然ではありえない。
しかしこの検証は、あくまで状況証拠だ。
裁判で腕のいい弁護士が付けば、いくらでも言い逃れ出来てしまう。
この状態では検察も起訴を渋るだろう事は想像に容易かったし、何より恵一の無実を晴らし、ラルフ・カートマンの不正を暴く切り札には物足りない。
とは言え、恵一とフェイトの推理を裏付けするには、十分な根拠である。
「これからどうします?」
「遺体を使って母親を再現するつもりなら、隠し場所があるはずだ」
「そこを探すんですか?」
「同時にそれは犯行場所でもあるはず。今のところ被害者は、全て発見場所とは違う場所で殺害されている。人目に付かなくて安全な場所」
「自宅はどうでしょうか?」
考える素振りすら見せずに、恵一は、これを否定した。
「自宅は危険すぎる。どれだけ巧妙に隠しても靭帯ひとり分のパーツだ。家を訪ねてきた人に遺体を見られる可能性がある。警察に目を付けられたら真っ先に創作される場所でもあるし、僕なら自宅に保存しない。普段人気のない様な場所がベストだよ」
一昨日、ライリーの罠で彼の家に突入した際もそうだ。
もしも遺体を自宅に隠していたら強引に恵一達が家宅捜索をした場合、遺体が見つかる恐れがある。
ライリーは、罠を仕掛けるにしても、そこまでのリスクを冒さないはずだ。
「確かにそうですね。ライリーは十年以上に亘って犯行を続けている。それだけ長期間保存出来る場所――」
「遺体を保存するなら電源が必要だね。彼は属性魔法が使えないって資料にあった。氷属性の魔法が使えないなら巨大な冷凍庫が必要だ」
「つまり電源があって人が来ない場所ですか……」
「……ある。そういう場所が」
「え、なんですか?」
フェイトが身を乗り出すと、得意げに恵一は言った。
「別荘さ。官房長のね」
「リリー・エヴァンですか?」
「ライリーと官房長の関係と、彼女の僕たちへの対応を考えれば、遺体の隠し場所や殺害場所の提供も、いとわないだろう」
「そうか。先輩や私を殺そうとしたのはエヴァン官房長だった。ラルフ長官以上に積極的に犯行にかかわっている可能性は高いですね」
「別荘は人里離れている場合、食料の確保が面倒だからね。大きい冷蔵庫もあるはずだ。そもそも遺体保存用に色々と改装している可能性もある。そしてそこは多分ライリーが母親と過ごした事のある思い出の場所」
ライリーの母親への執着は異常だ。
きっと彼が母親のパーツを保存するなら、母親との最も楽しい思い出がある場所を選ぶのではないか。
「エリー・カーマインは家族仲は悪かったらしいが、ライリーへの対応を見てもリリーとだけは、仲が良かったはず。人気に付かない別荘地なんかを密会場所にして、一緒の時間を過ごしていたかもしれない」
「そして、エリー・カーマインと一緒にライリー・カーマインも別荘で過ごしていたって事でしょうか?」
「母親と叔母とライリーで過ごす秘密の時間。子供にとっては輝くように特別な時間だったろうし、大人になっても綺麗な思い出として残っていても不思議じゃない」
そんなプロファイリングから導き出した恵一の予測に、合点が行ったのか。
フェイトは手を叩いて感嘆の声を上げた。
「そっか!! それなら母親を蘇生させる場所としても納得行きますね。じゃあどうします?」
「課長に調べてもらおう。前に君が調べた時は何も出なかったから現在はカーマインの名義では所有してない可能性が高い。多分リリー・エヴァン名義でも」
「じゃあどうやって見つけるんですか?」
「今は偽名で所有してるはずだけど、ライリーが子供の頃からそうだったとは思えない。以前カーマイン家のいずれかの名義で持っていて、今は別の人間に売られた物件が候補だ」
「その別荘を買った人間がライリーかリリーの偽名って事ですね。私、電話します」
「お願い。僕は、病院にライリーが出勤しているかを聞く」
フェイトが席を立つのを見送ってから恵一は、リアスサン総合病院に電話を掛けた。
「すいません。ライリー・カーマイン先生はいらっしゃいますか?」
恵一の質問に答えたのは、女性の声だった。
「本日は休暇を取られています。誠に申し訳ありません」
「ありがとうございます。それでは」
休暇を取っているという事は、ライリーが別荘に行く可能性が高い。
恵一が電話を切るとフェイトも河内への報告が終わったのか、テーブルに戻ってきた。
「今課長に聞いたら調べてくれるって言ってました」
「ありがとうフェイト。ライリーは今日休暇を取ったそうだ。遺体は集め終わっている可能性が高い。だったら残るのは……とにかく止めよう」
「はい」
恵一とフェイトが図書館から出ようとした時、二人の視界に入口のマホガニーのドアを破ってなだれ込んでくる黒い集団の姿が映った。
恵一が目を凝らすと彼等は、黒い戦闘服に身を包んで
彼等がラルフ長官の差し向けた特殊部隊である事を恵一は即座に理解した。
恵一は、フェイトの身体を抱き、受付カウンターに飛び込むと、身体を丸めて姿勢を低くする。
同時に無数の破裂音が頭上で響き、大量の木片が雪のように降り注いだ。
「こんなに早く……」
「先輩! このままじゃ!?」
恵一は、震える両腕でフェイトをより強く抱き締めた。
自分が女性に触れる恐怖など捨ててしまえ。
彼女を守るためなら耐えられるから。
「大丈夫! 絶対守るから!」
恵一は、懐に手を入れ、魔法銃を取り出す。
本来仲間である彼等に銃を向けるのは、気が引けたが、ラルフの指示を受けて動いている彼等に犯罪者と思われている恵一からの説得は無意味。
殺さない程度に相手を倒していくしかない。
恵一は、カウンターに身を隠したまま、銃だけ出して適当な位置に射撃する。
とりあえずこちらも銃を持っているのだと、威嚇する意味が強かったが相手の銃声が止む事はない。
このままではじり貧。何か策を弄せないかと恵一が脳をフル回転させていると、
「撃ち方やめ!」
突如野太い男性の声が上がり、一斉に銃声が止んだ。
「君達を殺したいわけじゃない。投降すれば命は奪わない」
この人数相手に戦うのは無謀だが、ライリーが成そうとしている事を止める義務がある。
しかし、その義務にフェイトを巻き込む権利はない。
「すまないが飲めない! ただフェイトは逃がしてやってほしい! 彼女は関係ないんだ!」
「先輩!? 私も先輩の要求は飲めません」
フェイトは、恵一の胸を押して突き放すと、何かを決意した表情でホルスターから銃を抜いた。
何を意味するか分からないわけがない。
けれど彼女の決断を許容する事は、出来なかった。
「もうここまでだ。約束したろう? 危なくなったら逃げるって」
「何で逃げないといけないんですか?」
「君を危険に巻き込むわけには――」
「先輩は、何時になったら私をパートナーと認めてくれるんですか? いつなったら相棒と認めてくれるんですか!?」
「認めてないわけじゃない。ただ――」
「ただなんですか? 付き合いは短いかも知れないけど、私は、先輩の事が大好きです! 人としても刑事としてもパートナーとしても!! 大好きで大好きでたまらない人を危ない場所に置いていけると思いますか!?」
「フェイト……」
「絶対に守るって言ってくれてうれしかった。でもね、私もあなたを守りたいんだよ? 私は逃げない。あなたのパートナーだから、守られるばっかりで終わりたくなんかない」
フェイトの気持ちを受け止めてやりたい。でも恵一にとってもフェイトは大切な相棒だ。
だからこそ、三度も相棒の傷付く姿なんか見たくなかった。
「フェイト、気持ちは嬉しいけど」
「嬉しいけど何?」
「僕は、君の傷付く姿を見たくない」
「先輩。初めて名前を呼んでくれた時、言ってくれたよね。僕を信じてって。私にあなたを信じさせておいて、なのにあなたは、私の事は信じてくれないの?」
「そういうわけじゃ」
「それに――」
フェイトは魔法銃を抜いてカウンターから上半身を出し、一発発砲してすぐに姿勢をかがめた。
「これで共犯者ですね。先輩」
フェイトの微笑が恵一の中に揺蕩っていた一切の恐怖を溶かしていった。
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