第24話「別荘」
襲撃を躱してから四十分ほど後、恵一をフェイトを乗せた車は森の中を走っていた。
周囲は、リアスサンに原生する杉や檜の木々で埋め尽くされ、日の光は枝に遮られて殆ど差し込まず、薄暗い。
道も舗装されておらず、タイヤが小石を踏み付ける度、ロデオマシンの様に車体が激しく上下する。
恵一が車酔いになりかけた頃、古びた木造の小屋が恵一の視界に入った。
ここがリリー・エヴァン官房長の所有している別荘なのだろう。
車から降りて恵一とフェイトは小屋に近付いた。
別荘は、一階建ての小さな家屋で、木製の外壁は腐食が進んでおり、シロアリが群がっている。
恵一は魔法銃を取り出し、入口の扉に歩み寄る。
フェイトに視線で合図を送り、彼女にも魔法銃を構えさせた。
恵一は、扉の右側、フェイトは左側に陣取る。
扉を開けようとフェイトがドアノブに手を掛けるが鍵が掛っているのか開かなかった。
恵一は、扉の前に移動すると渾身の力を込めて扉を蹴破り、屋内に入った。
「動くな」
小屋の中で見つけた人影に恵一は、銃を構えた。
上下黒のスーツ姿の男は、背を向けたまま手を上げる
恵一が目だけ動かして室内を見回すと、家具は椅子の一つさえ置かれておらず、代わりに床一面に幾何学的な魔法陣が刻み込まれ、青い燐光を放っている。
魔法陣の中心に寝かされている女性が一人横たわっていた。
「優秀だね。侮っていた」
男は、微笑みながら振り返り、顔を見せた。
その顔を見間違うはずもない。
ライリー・カーマイン。
――遂に追い詰めた。
待望の瞬間に、恵一は顔を綻ばせる。
「ライリー。全て分かったよ」
「なにがだい?」
「あなたが何を成そうとしていたか。何のために三十人以上の命を奪ったのか」
「そうか。本当にすごいな、君は。そうだよ、彼女が僕の」
ライリーが視線を落とした先、そこにあるモノを注視した恵一の背筋を温い悪寒が撫でた。
顔は、鼻や瞼に唇、耳等各種パーツが縫い付けられており、手足に胴体。あらゆる人体の部位が縫合されて、形作られた一人の女性であった。
「紹介するよ。僕の母さん、エリー・カーマインだ」
ライリーは、幼少期を懐かしむ様な顔で〝母親〟を見つめた。
「どうしてこんな事……」
凶行の成果を目撃し、ついに理解し難いのだろう。フェイトは震える声で呟いた。
亡くなった母親を作る。
常軌を逸した行動だが、ライリーにとってはそうではない。
恵一は、プロファイラーとしての所見を改めてフェイトに伝えた。
「母親を亡くしたのがストレス要因となり、幼少期の彼を壊した。それが彼の全てを変えたんだ。父親を恨み、周りの人間を利用する。そんな怪物に変えてしまったんだよ」
「僕の精神分析かい。面白い、続けてくれ」
「いいや、終わりだ。君はシリアルキラー、ここで逮捕する」
「終わりか……」
ライリーは顔を手で覆い、高笑いを始めた。
「確かに終わりだ。もう終わった。やっと出来たんだ。完全な母さんが。見てくれ、あの頃の母さんそのままだ!」
「それはあなたのお母さんじゃありません! あなたが殺した人達です!!」
フェイトの怒号が響くと、ライリーの瞳から涙が零れ出した。
「君に何が分かる!! 僕は、母さんを何より愛していた。悲しい時は、抱き締めてくれて、優しく僕の頭を撫ででくれた……撫でてくれた! もう一度でいいからそうして欲しかったんだ!!」
泣き喚くライリーの膝が折れ、床に手をついた。
止め処なく溢れ出る落涙を目の当たりにして、フェイトの浮かべる感情から怒りが失せ、母を失った男への憐みが滲んだ。
「でも……でも!」
「ああ、君の言う通りだ。僕のした事は間違っている。取り返しのつかない事をしてしまった。償わなければ」
ライリーは、縋る様な視線を送り、フェイトに手を伸ばした。
その様は、救済を求める少年の姿にも見える。
「止められなかったんだ。母さんに会いたくて。僕は……母さんに」
憐みから同情にフェイトの表情が変わった瞬間、真っすぐに向けていた銃口が僅かに下がった。
「フェイト油断しちゃだめだ」
「え?」
我に返った様に、フェイトが恵一を見つめた。
それを横目に確認して、恵一はライリーから視線を離す事無く語った。
「彼はそんな事毛ほども思っちゃいない。情に訴えて僕達が隙を見せたらすぐにでも殺すつもりだ。彼のようなシリアルキラーは、そうやって人を操って生きて来た。彼の言葉感情の一切全てを信じるな。僕だけを信じろ」
恵一が言い終えるや否やライリーは立ち上がって、笑みを見せた。
凶行を犯す者が浮かべる、歪み切って矯正しようのない狂気特有の笑顔。
ライリーが心底から浮かべる本当の笑みだった。
「君は一筋縄じゃいかないな。面白い男だ。君は最初から僕に目を付けていた。どうしてだ」
「プロファイリングと勘だよ」
「そんな不確かな物を信じたのかい?」
「生憎どっちも外した事がないんでね。証拠はなくてもお前が犯人だと確信してた。そして遺体という決定的証拠も見つけた。これで確実に裁判まで持ち込めるさ」
「恐れ入る。君は強敵だったよ、新巻刑事。今度ゆっくり話そう」
「こちらとしても望むところだ。プロファイラーの立場からすれば、君には研究対象として興味がある。さぁ行こうか」
恵一は、上着の左ポケットから蒼く明滅する光の筋が所々に入った黒い手錠を取り出した。
封印手錠と呼ばれる特殊な手錠で、これを掛けられた魔導師は、体内の魔力を無力化され、一切の魔法行使が不可能となる。
ライリーに封印手錠を掛けようとした瞬間、恵一の背中を中心に燃え上がるような感覚が広がった。
体内の中を突き進む堪え難い熱と違和感。
やがて身体中の力が意思に反して抜け切って、床に吸い込まれた。
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