最終話「吸血殺人事件の結末」
「先輩!!」
ぼんやりとした意識の中でフェイトの悲鳴が耳をつんざくと、彼女が上体を抱き起こしてくれる。
状況が未だ飲み込めない中、腹と背中に張り付く生温かい感触が何とも嫌に思え、恵一は腹にこびり付いたそれを右手で拭い取った。
正体が気になって手を見ると何故か真っ赤に染まっている。
「なんだ。この赤いの……」
先程襲われた感覚と今自分が置かれている状態、そして腹と背中から出る赤い何か。
「撃たれた……のか」
ようやく自身がどんな状況に居るかを把握出来た。
背後から撃たれたのだ、とすればライリーに撃たれた訳ではない。
恵一を抱き締め、泣きじゃくっているフェイトがそんな事をするはずもない。
「武器を捨てて投降しろ。新巻恵一」
聞き覚えのある声に恵一が小屋の入口を見つめる。
そこに居たのは、硝煙の上がる自動拳銃を持った警察庁長官ラルフ・カートマンの姿だった。
さらに
「長官……あなた、さすがですよ」
恵一の口から出たのは恨み事ではなく、敵への賛辞であった。
恐らく先程追跡してきたSUVはおとり。
わざと倒させる事で追手を振り切ったと安堵させて、警戒を解く為の罠だ。
そして別働隊としてラルフ本人が直接別荘に来る。
完全にしてやられた。
読み誤った。
指一本にすら力が入らず、抵抗は難しい。
出来る事があるとすれば懇願するぐらいだ。
「フェイトは逃がしてくれ、関係ない……僕が脅して、無理やり協力させた」
「先輩!?」
彼女にだけは、逃げて欲しい。
敗北を受け入れるにしても、彼女だけは失いたくない。
「いやです!!」
悲鳴のような声を上げて、フェイトは恵一を抱き締める腕に強く力を込めた。
「私は離れない!!」
――だけどフェイト。震えてるじゃないか。
きっと死の恐怖にだ。
まだ十九歳の女の子にとって、この状況がどれほどの恐怖かは想像に容易い。
けれども恵一を放しはしないし、絶対に逃げもしない。
フェイトから鋼鉄のように固い意思が華奢な腕から伝わってくる。
「先輩。私は、私の意思でここに居るんです。ここで逃げたら自分の気持ちに嘘ついた事になります。だから離れません。ラルフ長官、撃ちたいなら私ごと撃ちなさい」
「馬鹿言うな……フェイト、逃げろ……」
「逃げません。パートナーなんだから。生きるも死ぬも一緒です」
微笑みを浮かべ、フェイトは恵一の額に、掌を乗せた。
柔らかく暖かい体温に吸われていく様に痛みが遠のいていく。
フェイトは、恵一を胸に抱くと、そっと瞳を閉じた。
「先輩。あなたとコンビを組めてよかった」
二人から目を逸らしたラルフは、痛みを堪えるような声色で特殊部隊に指示を下した。
「両名とも射殺しろ」
短機関銃の銃口が一斉に恵一とフェイトに向けられる。
フェイトを庇ってやりたいのだが恵一の身体は、動こうとはしなかった。
懸命に手を伸ばしてフェイトの頬に触れる。
フェイトは微笑みながら、恵一の頭を撫でた。
掌の心地よさと温もりが恵一を満たしていく。
――この子と一緒に死ねるなら、いいか。
「待ちなさい!」
突如上がった聞き覚えのある、そして切望していた声に、夢うつつだった恵一は現実へと戻され、フェイトと共に顔を上げた。
「課長!!」
フェイトが嬉々として叫ぶと河内は、ラルフの後頭部に銃を突き付けた状態で手を振った。
「河内か……」
ラルフが吐き捨てるように言うと、小屋の中にジャック率いる図書館に来ていた捜査官全員と、そして優子が銃を構えて踏み込んで来た。
優子の姿を見つけた事に、恵一は頬を緩ませた。
「優子……怪我平気なの?」
「平気。それよりも恵一は大丈夫?」
「すごく痛い……」
優子は、恵一に柔和な笑みを返したが、すぐさま白刃の如き眼光をラルフに突き付けた。
河内や他の仲間も同様で、特に河内のそれは今まで見た事ない程の切れ味を伴っていた。
「ここまでです。大人しく武器を捨てなさい」
「この私に銃口を向けるか、河内!」
ラルフの怒号が飛ぶが河内は一切怯む事無く、引き金に指を掛け続けている。
「あなたは変わってしまった。昔のあなたは息子であろうと罪を裁ける人だったのに」
「恩義を忘れたか? 貴様を警察官として教育し、相棒として貴様の命を幾度となく助けた。そんな私に銃を向けるのか?」
「ええ、昔のあなたは尊敬できる刑事だった。でも今は違う。残念ですよ、先輩」
「構わん。魔法犯罪課の全員を射殺しろ」
ラルフの指示が飛ぶが隊員達は、互いに顔を見合わせるばかりで従おうとはしない。彼等もこの状況に迷いを抱いたのだろう。
「何をしている? こいつらは反逆者だ。撃ち殺せ!」
再三の指示にも特殊部隊員達が動く気配はまったくない。
彼等も誰が悪なのかを理解したのだ。
全てを失ったラルフの姿が哀れに思えて、恵一が諭す様に発した。
「分からないんですか。もう誰もあなたをリーダーと思っていない」
「黙れ!! いいから撃ち殺せ!!」
如何に叫んでみた所で誰も反応はしない。虚しく沈黙が流れるだけである。
河内がラルフの肩に手を置いた。
心底に持っていたのだろう、旧友への慈愛が双眸に満ちている。
「あなたはむしろ誇るべきだ。自らの部下が、自分で善悪を判断出来る優秀な部下である事を。そんな人間を多く育んだ、あなたがここまでにした警察と言う組織を」
河内が言い終えるとラルフの身体から一気に力が抜け、膝を付いた。
彼が折れた事に恵一は安堵の息を漏らす。
後はライリーを捕えるだけ。
そう思い、ライリーを見やると彼の表情からあらゆる色が消え失せていた。
「誰にも邪魔させない。そうだ、これ以上誰にもさせない」
ライリーの足元から光が広がると魔法陣が輝き出した。
「母さんと僕がまた一緒になれる。そこに貴様は必要ない」
ライリーが手を振るとメスの形状をした無数の光刃が空間を支配し、それがある一点を目指して飛翔する。
狙い澄ますのは項垂れるラルフ・カートマンだ。
「先輩!!」
高地の声が届くよりも速く数十の光刃は、ラルフの身体を貫いていた。
「ライリー……すまなかったな」
ライリーを見つめながらラルフは、愛おしげに笑みを湛えたまま、仰向けに倒れ込んだ。
光刃が消え失せ、傷口から血が噴き出す父親をライリーは一瞥しただけだった。
「母さんを殺したくせに」
吐き捨てる様に言うとライリーは腕を振るった。と、その瞬間足元の魔法陣がより一層輝きを増して光が〝母親〟に集束していく。
相当量の魔力は、全てライリーによって制御された物。
殺人者とならなければ医師としてどれほどの人を救えただろう。だがどんな魔法の才に優れようと死者蘇生に成功した例は、確認されていない。
だから恵一は、目の前で起こった光景を受け入れる事が出来なかった。
〝母親〟の、エリーの身体が痙攣を始めた。
最初は魔力の流入に伴う現象かと思ったが、その域を越える動きをエリーは見せている。
「母さん」
ライリーがその場にしゃがみながら呼び掛けると、エリーの腕が上がり、ライリーの顔に触れようとする。
「死者蘇生を本当に……そんな事ある訳が」
驚嘆の声を恵一が漏らすとエリーの両腕がライリーの首を掴んだ。咄嗟の事で姿勢を崩したライリーにエリーは、馬乗りになる。
それはもがき、逃れるべく抵抗するライリーの物か、首を絞めているエリーの腕から発せられているのかは分からないが、骨の軋む不快な音が恵一の耳にまで届いた。
「母さん! どうして! 苦しいよ!!」
涙で顔を濡らし、困惑の色を強めるライリーの問い掛けにエリーが答える事はない。
「母さあああん、なんでえええええ!! ああああああああああ!!」
エリーの縫い付けられた唇が笑みを湛えると、ライリーの首元に一層深く彼女の指が食い込んだ。
「母さん。どうして?」
パキッと乾いた音が響き、ライリーの動きが止まった。
息子の遺骸を見下ろすエリーは、満足そうな笑みを浮かべたまま脱力すると。まるで抱き締めるかの様にライリーに覆い被さり、もう二度と動く事はなかった。
状況を咀嚼出来ないのだろう。フェイトは、力の抜けた声で恵一を呼んだ。
「先輩」
「終わったんだ」
「こんな、こんな終わり方って……」
「こんなものさ。連続殺人犯の最後なんて」
事件の終結を噛み締める恵一を突如激痛が襲った。
撃たれた腹を見ると先程よりも出血の量が増している。
弾は貫通しているが、この調子で出血し続ければ助からない。
冷静に状況を分析する恵一の頭は何故か冴えていた。
「先輩!!」
フェイトの呼び掛ける声は、何とも心地がよい。
「先輩しっかりして!!」
浮遊感に包まれていた恵一の意識は、やがて白い闇に呑まれていった。
事件解決から一ヶ月後――
警察庁長官と官房長による殺人事件の隠蔽工作。
警察史上最大の不祥事は、メディアの格好の標的となり、国民の警察への信用は地に落ちた。
だが圧力に屈せず事件を追い続けた新巻恵一とフェイト・リーンベイルは、一躍時の人となった。
フェイト・リーンベイルは、槙村優子とコンビを組み、新人教育を受ける運びとなった。
凄惨な事件へ懸命に立ち向かっている。
新巻恵一は、一時意識不明の重体に陥ったが奇跡的に生還。
現在は、フェイトの見舞いを楽しみにしながら、一秒でも早く仕事に復帰するべくリハビリに励んでいる。
何故なら今回の事件での活躍とフェイトたっての希望で恵一が復帰した際には、フェイトと正式にパートナーを組む事が決まっていたからだ。
だから二人は、例え苦難の道でも互いに一人で歩み続ける。
「先輩!」
「やぁフェイト。嬉しいけど、昨日も来たじゃないか。退院はまだ先だよ?」
「だって……」
「ん?」
「毎日でも会いたいんです!!」
もう一度、二人並んで歩ける、その日を目指して。
クリミナルマギア ~魔法犯罪行動分析官~ 澤松那函(なはこ) @nahakotaro
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