第23話「ストライクバレット」

「フェイト……」


 頼もしい相棒の姿に、恵一は自嘲の笑みを浮かべる。

 心のどこかでフェイトの事を守るべき後輩と見ていた。

 不慣れな事ばかりなのだから助けてあげなければならないと。


 そんな自分の勝手な思い込みが今は、恥ずかしくてしょうがない。

 フェイト・リーンベイルの事を信じよう。

 そして真の相棒だと認めよう。


「まったく君は――」


 恵一は、左手を懐に入れて魔法弾のケースを取り出すと緑色に光る魔法弾を六発掴んでフェイトに差し出した。


「これを使って」


「これは?」


「風の魔法弾。衝撃力だけ強めた僕の特注品だ。直撃しても死にはしない」


「先輩……」


「頼むよ、相棒」


「はい!!」


 フェイトは、笑顔で頷くと風魔弾を受け取って自身の魔法銃に装填した。


「援護する」


 恵一は、氷結弾を再装填して、隊員の頭上に二発放った。

 着弾点である天井から氷塊が広がり、一瞬ではあるが隊員達の気を逸らせるのに成功する。

 それを合図にフェイトが上半身だけ出して、視界に入った特殊部隊の隊員二名に目掛けて風魔弾を発砲した。

 着弾と同時に隊員二名の身体は大きく後方に吹き飛び、壁に叩き付けられる。


 二名をノックアウト。恵一が顔を出して残った相手の数を確かめるとまだ十人以上。

 非殺傷弾はフェイトの持っている風魔弾の四発しか残りはない。

 殺傷性の通常弾や魔法弾を足したとしても、残弾はせいぜい二十発程度。


「数が多すぎます! すごい魔法弾的なの調合してないんですか!?」


「なくはないけど彼等を殺すわけにはいかない。実弾は、怪我させるから威嚇以外に使えないし」


「そんな」


「ここまでか……なんて映画みたいな台詞を言う日が来るなんてね」


「かっこつけてる場合ですか!? それとも余裕?」


「いやまったく余裕ないよ。さて、どうしようか」


 この状況を打開出来るカードは手札にない。

 けれど、心のどこかで現状を楽しんでいる恵一が居た。

 フェイトも苦笑の中に少々嬉々とした色が混じっている。

 この相棒とならどのような苦境だって乗り越えられるはずだ。


「恵一!!」


 特殊部隊の銃声に紛れて聞き馴染んだ声に呼ばれる。

 それと共に重い銃声が轟き、特殊部隊員たちの悲鳴が上がった。

 恵一がカウンターから身を乗り出して周囲を警戒すると、


「無事か!?」


 同僚のジャック・スミスが魔法犯罪課の職員六名を引き連れて魔法銃を構えていた。

 図書館の入り口付近にはうめき声を上げて倒れている特殊部隊の姿がある。

 ジャックたちは特殊部隊とは反対側の裏口から図書館に入ってきたようで、魔法銃を構えたまま特殊部隊に近付き手錠をかけていく。

 思いもよらぬ人物の登場にさすがの恵一も度肝を抜かれ、並行していた。


「ジャック!? どうしてここに?」


「課長の命令だ。ラルフ長官の命令で特殊部隊が動いてるって、察知したんだ」


 ジャックが入口から顔を出し、外を確認すると路地裏の左右から特殊部隊がそれぞれ五名ずつ図書館へ迫ってきている。


「よく聞け恵一。俺達は連中をここで足止めする。裏口から進んだ表通りに車があるから――」


 言いながらジャックが恵一に鍵を投げ渡した。


「それを使ってライリーを追え」


 たった七名で特殊部隊の相手をする。その提案はあまりに危険すぎるものだった。

 しかし迷っている時間はない。即断しなければ全員が犠牲になるだけだ。

 ライリーの犯行を証明し、ラルフの関与を裏付けなければこの場に居る全員が犯罪者。

 まともな裁判も受けられず、口封じをされるだろう。

 ここで迷い、ジャックの提案に異論をはさむ事こそがこの場で一番の愚行だ。


「今度酒奢る」


「そういう縁起でもねぇ台詞吐くな。俺みたいな役は映画じゃ大抵死ぬだろ」


「お前は、映画に出られる面してないだろ」


「うるせー。早く行け」


「ああ。あとでな」


「おう」


 死ぬなよとは言わない。

 別れの言葉も交わさない。

 また会えると信じている相手に向けるべき言葉なんてない。


 恵一がフェイトを連れて図書館の裏口から人二人が何とか通れる狭い路地を抜け、幅六メートル程の通りに出た。

 早朝であるのも手伝ってか、人の気配はなく、恵一が視線を振ると通りの向かい側に黒いセダンと青い軽自動車が駐車してある。

 恵一がキーレスキーのボタンを押し、ロックの外れた黒いセダンにフェイトと乗り込み、エンジンをかけた


「先輩……みなさんは?」


 不安げに声を上げるパートナーに恵一は無理矢理に笑みを作り出し、


「みんななら大丈夫だよ」


 自分にも言い聞かせるようにしてアクセルを踏み込んだ。


「これからどうします?」


 意図を汲んでくれたのか、フェイトが指示を仰いでくる。


「課長から連絡は?」


 恵一が聞くと同時に着信音が鳴り、


「噂をすれば、ですね」


 フェイトは、携帯を耳に当てた。


「はい、フェイトです。はい、分かりました。私達も向かいます。課長も気を付けて」


 簡単なやり取りだけで電話を終えると、フェイトは恵一に視線を送った。


「場所分かりました。ここから北に三時間程、ユーリーンの別荘地にリリー官房長所有が余裕していた別荘があるそうです」


 ユーリーンは、首都ドラゴニアに程近い観光地で、風光明媚な美しい自然が残る土地だ。

 土地代が安いため、一般家庭が小さい別荘を建てる人気の土地でもある。


「今も官房長名義で?」


 恵一が助手席のフェイトを横目に見ると、フェイトの手の中で携帯の着信音が鳴った。


「メールかい?」


「ええ。課長から。この記録によると官房長が三十四年前に購入して、二十年前に売却したそうです。その後二年の間に四度売却され、今はエルツ・ブラックという女性が所有していますが……」


「偽名って事?」


「公的記録には存在しないようです。ライリーの犯行計画に使うため、複数回売買して痕跡を消そうとしたんでしょう。官房長はライリーの殺人計画を最初から手伝っていたんだ……」


「行こう。ライリーと被害者の遺体、どちらもそこに居るんだ」


 恵一は、フェイトから聞いた別荘地に向かって車を走らせた。

 二時間もすると窓から見える景色から都会の喧騒は消え失せ、広がるのはがたがたの舗装の田舎道と多種多様な作物を植えられた畑の群れである。

 事件の捜査でなければ心の和む牧歌的な光景だが、ライリー・カーマインが別荘で何をしているかを考え始めると募るのは焦燥ばかりだ。


「フェイト少し飛ばすよ」

「はい」


 恵一は、より強くアクセルを踏み込む。

 周りには車や人影はなく多少速度を出しても安全であろう、そんな事を考えていると突如フロントガラスにひびが入った。


「なんだ!?」


「先輩!! 後ろです!!」


 後方から黒塗りのSUVが三台並んで恵一達を追いかけて来ている。

 警察の特殊部隊の使っている専用車両だ。


「どうしてここが!? まさかジャックさん達!」


「いや、このスピードで飛ばしているのにそう簡単に追いつけるとは思えない。恐らくは別働隊だ」


「どうしてここが?」


「課長がラルフ長官の特殊部隊の動きにそうしたように長官もこっちの動きを読んでるのさ。確かに僕でもバックアッププランとして別働隊を送る」


 ラルフ・カートマンも、伊達に現場から警察庁長官まで上り詰めた男ではない。

 ライリーを逮捕しようと画策している恵一達の動きを完全に読み、手を打っている。


 さらに厄介なのは、向こうが特殊な改造のされたSUVという点だ。

 対するこちらは警察所有の覆面パトカーとは言え、ただの乗用車。


 機動性と馬力は、圧倒的にあちらが上。

 ここまで距離を詰められたら追い付かれるのも時間の問題だ。


「フェイト、撃ち返して!」


「了解」


 フェイトは、手回しハンドルを回して窓を開けると、上半身を外に出して狙いを定める。


「タイヤを狙って」


 フェイトが発砲した通常弾は一直線に飛翔し、中央を走るSUVのタイヤを捉えたるも弾丸のみが火花を散らして破裂した。


「防弾タイヤです!」


 足回りを撃って止める事は不可能。

 こうなると怪我人を出す覚悟で車体そのものを破壊るしかない。


「ハンドル変わって」


「ちょ、ちょっと先輩!」


 慌ててハンドルを持つフェイトを余所に恵一は、運転席側の窓ガラスを開け、窓枠に腰掛けて上半身を車外に出した。

 狙うのは中央を走る車両。


 恵一は、魔法銃に白く輝く魔法弾を装填した。

 ストライクバレット。

 対物破壊用の魔法弾で特別の許可を得て、恵一が個人的に製造したものだ。

 危険故に許可を得ても気軽に製造出来るものではなく弾は一発。外す事は出来ない。

 だが恵一は、射撃に関しては困難な状況程、楽しんでしまう傾向にあった。


「行け!」


 力強く囁くと恵一は引き金を絞った。

 放たれたストライクバレットは、白銀の輝きを放つ光弾となって、一切のブレもなく中央を走るSUVのボンネットを食い破る。

 着弾時の強大な衝撃波は閃光となって車体が包み込み、SUVの車体をスポンジでもあるかの様に軽々と跳ね上げた。


 数瞬重力から解放されたSUVの車体は、すぐさま質量を取り戻し、並走している二台のSUVのボンネットの上に降り注いだ。

 金属同士が擦り合い、軋む音が周囲一帯を覆う様に支配して、三台分のスクラップが白煙を上げながら絡み合って前衛アートの世界を作り出す。


「すごい威力。さっきもこれ使えばよかったんじゃ?」


 フェイトの質問に恵一は、困り顔になった。


「生身相手にこれ使ったら死んじゃうよ」


「結局使ってるじゃないですか!?」


「魔法戦を想定したあの車体に守られてるから……一応ね」


 まぁ死ぬ様な事はないだろう、と自分に言い聞かせながら恵一は、車内に戻ってフェイトとハンドルを代わり、アクセルを先程よりも強く踏んだ。

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