第21話「再会と再開」
「先輩!!」
フェイトは、恵一の胸に飛び込もうと、地面を蹴ったが、すぐ様我に返って踏み止まった。
「フェイト?」
「無事でよかったです……」
きっと抱き締めてくれようとした。
再会の喜びを抑えきれなくて抱き締めたかったのだろう。
けれど女性が苦手な恵一を気遣い、自分の衝動を懸命に殺している。
「フェイト。心配かけてごめんね」
恵一は、小刻みに震える右手をフェイトの左肩に置いた。
その精一杯は、細やかすぎるものだったが、フェイトは物足りなそうにする事なく、満面の笑顔を返してくれる。
「さぁどうぞ入ってください。散らかってますけど」
恵一と河内は、フェイトに招かれるまま、彼女の自室に足を踏み入れた。
部屋の間取りは一ルームだったが、恵一と河内が入っても余裕があり、一人住まいにはやや広い印象を与える。
引っ越して来たばかりなのか、部屋には未開封の段ボールがいくつか積まれており、三人は部屋の中央に置かれた座卓についた。
「そうだ」
最初に口火を切ったのは河内である。
懐に手を入れるとそこからホルスターごと、魔法銃を取り出して座卓の上に置いた。
恵一が魔法銃から河内に視線を移すと彼は頷いている。
ホルスターから銃を抜いて確認すると、取り調べの際に押収された恵一が愛用している魔法銃であった。
魔法銃は、職員一人一人の手の形に合わせてウッドグリップの形状が調整されている。
人の物を使うと微妙な違和感があるので、自分愛用の銃が返ってきたのはありがたい。
「ありがとうございます。持ち出すの大変だったでしょう?」
「なんのなんの。あとこれもあったんだ」
河内は、手のひらサイズの小振りな金属ケースをテーブルに置いた。
恵一が自宅で調合した魔法弾を入れているケースである。
中を開けると、恵一がこれまで趣味で調合した各種属性弾が収められていた。
「持って行きなさい。必ず必要になる」
河内の笑みに、恵一は頷き答えた。
「ありがとうございます」
「あと服ね。制服じゃ目立つから着替えて」
河内が言い終えるとフェイトが茶色のジャケットと黒いシャツ、ジーンズを手渡して来た。
目立たないようにするにしても、かなり地味な服装のセンスは、恐らく河内の選択だろうと考え、恵一から思わず笑みが零れる。
「どうも」
「あとこれ最後に。ライリー・カーマインの資料だ」
河内が座卓に置いた資料を恵一は手に取り、目を通し始めた。
これによればライリーは娼婦のシングルマザー『エリー・カーマイン』に育てられていた。
父親に関しては記述がなく、養育費の支払い記録もない。
エリーは、父親について公言した事はなく、また職業柄、誰も父親の正体に関心を寄せなかったという。
エリーの実家は、裕福であったが、両親との軋轢から援助を受けられる状況でもなかった。
しかし七歳の頃、エリーが病死。
エリーの妹であるリリー・カーマインに引き取られた。
だが、既にそのころからライリーは、小動物や犬猫を殺し始めるようになったという。
リリーが彼の異変に気が付いたのは、引き取ってから一年後。
それからメンタルクリニックに十八歳になるまで入退院を繰り返していたが、十八歳になって以降の記録は前に見た通りの物だ。
「母親の死が彼を変えた。それがストレス要因だ。医者になったのも――」
最愛の母親の死と言う重圧がライリーをシリアルキラーへと変貌させた。
その事実を告げるとフェイトは目を伏せた。
「母親を生き返らせる為にですか?」
「エリー・カーマインを再現するために必要な理想のパーツを集めているんだ」
「でも先輩。死者蘇生なんて出来るわけが――」
死者蘇生の魔法は、魔法という技術が誕生して以来、現在に至るまで研究が進められてきたが未だ成功例は、存在していない。
「魔法という概念が生まれてから万人が目指し、挫折した道だ」
恵一が事件のファイルに触れつつ、自分の言葉を噛み締めていると、河内は、何かを懐かしむように天井を見上げた。
「恐らく長官は、彼の存在を知らなかったんだと思う。知っていればきっと彼女と結婚し、ライリーを育てたはずだ」
「ライリーは大人になってから長官に会いに行って自分が息子だと告げたんでしょうか?」
「多分フェイトの推理通りだ。ライリーは母親には懐いていたんでしょう。そして母親の死の責任を父親になすりつけてもいる。彼が手口の割に遺体の捨て方とかどこか抜けた部分があるのは、わざとでしょう」
「どういう事、恵一君」
首を捻る河内に、恵一は尋ねた。
「ライリーは母親の死の責任を父親に転嫁しているんです。そして彼の愛情を試してる。彼が自分のためにどこまで出来るのか。どこまでするのかを試しながら苦しめているんです」
「そうか。長官は――」
「自責の念から彼を守る事にした」
言い終えた恵一がフェイトと河内の様子を窺った。
フェイトはもちろん、河内ですらライリーの生い立ちに同情を抱いている様に見えた。
確かに連続殺人鬼となった理由は悲しい物である。
でも人を殺すという行為をした人間に共感を覚えるのは、警察官の仕事ではない。
彼等を捕まえる事、真実を明らかにする事こそが警察官の使命だ。
「ところでこの資料は、どうやって?」
恵一が疑問に思っていた事を尋ねると、河内は飄々と破顔した。
「ああ、手を回して資料を手に入れたよ」
「どうやって?」
純粋な好奇心から聞き返すと、河内の眼光が刀剣の切っ先が如く鋭い光を放った。
「企業秘密。教えたら僕達の関係もここまでになるけど、それでいいなら」
「いえ結構です。それとなく想像して補完します」
――この人に逆らうのだけはやめよう。
自らに固く誓う恵一であった。
「先輩、これからどうするんですか?」
フェイトの言う通り、このまま手をこまねいて見ているのでは、脱走した意味もない。
今後の方針を決めようと恵一は、顎を撫で始めて、それから思い付くまま、声にした。
「そうだな。ライリーの目的は理想のパーツを集めて母親を作る事だ。なら、まずはそれがどこまで進んでいるか調べよう」
恵一が言い終えると、頷き聞いていたフェイトが河内に向き直った。
「課長。事件記録は入手出来なかったんですか?」
「いやーお金足りな……えっとそこまでは手が回らなかったかな」
想像の余地もなく河内がどうやってライリー・カーマインの資料を入手したかを察した恵一だったが、あえて触れずフェイトを見やった。
「僕は図書館に行くよ。心当たりがある」
「なんのために?」
「課長の資料を見てごらん。ライリーの転勤場所と今発覚している事件の被害者の住んでいた場所が一致している。もしも類似した未解決事件の起きた場所全てと、ライリーの転勤場所が同じだったら? 残留魔力と合わせれば、これ以上言い逃れは出来ない。裁判でも有利な証拠になる」
恵一が立ち上がると、フェイトがズボンの裾を握り締めてくる。
「一人で行くんですか?」
「これ以上迷惑は、掛けられない」
「先輩と一緒に居たいんです」
フェイトは、恵一を活かせまいと立ち塞がり、撃たれた左腕を抑える。
何重にも巻かれた包帯が痛々しい。
さらにその包帯の下には、あの時の恐怖が刻み込まれているのだろう。抱き締めれば折れそうな、華奢な身体が震えている。
「危険なのは分かっています」
碧い瞳に宿る決意は、
「でも私は先輩のパートナーです」
「フェイト、だけど」
「何かあったら自分の身ぐらい守ります。だから一緒に行かせてください」
「危ないよ。警察は、僕を追って来る。脱走犯には容赦しないはずだ」
「なら余計に一人より二人ですよ」
事がここに至ると絶対譲らない性分の頑固な少女だ。
いつまで押し問答してもフェイトが答えを変える事はないだろう。
そしてフェイト・リーンベイルが居てくれれば、ライリーやラルフを相手にしても負ける気がしなかった。
「ありがとう。でもこれは約束して。危なくなったら逃げるって」
「一緒に行っていいんですね?」
「うん。行こうフェイト」
「……はい!!」
フェイトは、まるで子犬の様に懐っこい笑顔を見せながら首を縦に振った。
「二人とも気を付けて。私も出来る限りの事はする。何かあれば連絡ちょうだいね」
河内の表情には、信頼と不安が入り混じっている。
部下思いの人だから、心配でたまらないはずだ。
恵一は、河内の憂いを払拭しようと出せる限りの力強い声を上げた。
「はい。課長も気を付けてください」
「無理だけはしないで」
「課長もお気を付けて」
河内が去ると、恵一は受け取った服に着替え、フェイトと共に目当ての場所へ行く事となった。
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