第11話「第三の被害者」

 恵一とフェイトが向かった現場は、リアスサン警察庁から車で二十分の所にある東商店街だった。

 普段は大勢の人で賑わいを見せるはずの場所はテープで封鎖され、その周囲をテレビ局のクルーが囲んでいる。

 ここまでは事件が起きた際いつも見る光景だったが、マイクを突き付けて来るリポーターをかわして現場に入った恵一はそのあまりの異様さに息を飲んだ。


 一本の電柱。その十メートル程の位置に両足を切断された三十代程の女性の全裸で縛り付けられていたのだ。

 遺体はワイヤーのような物で括り付けられており、電柱はペンキを撒いたかのように赤く染められている。

 人並みの罪悪感を持っている尋常な人間の出来る所業とは思えない。

 市警の若い捜査官は、遺体の凄惨な状態に口元を押さえ、蹲っている者もいる。

 さすがに恵一も今回の状況には閉口してしまい、言葉もなかった。


「ひどい」


 ポツリと呟き、フェイトは遺体から目を背けた。

 遺体を直視出来ないのは、捜査官としては失格かもしれないが、咎める気にはなれない。

 恵一も、今回の遺体の悲惨さは一生頭から離れないだろう。


「よう」


 普段と変わらぬ調子で、磯山が声を掛けて来た。

 さすがにベテランの刑事らしく、こうした凄惨な現場も見慣れているようで平然としている。


「で、この行動の意味は」


 磯山の問い掛けに、恵一は顎先を撫でながら遺体を見上げた。


「自信を付けて、警察へ挑戦してますね。事件をショーにしている。おまけに警察庁から車で二十分の距離なんて明らかな挑発です」


「なるほど。要するに舐めてるってわけか」


「発見されたのは?」


 恵一が視線を送ると、磯山は手帳を取り出した。


「お宅らに連絡した十分前。電柱に遺体が突然現れたんだと」


「多分光学魔法で遺体をカモフラージュしていたんでしょう。ある時間になったら解除される設定にしていたんです」


 恵一が推論を口にしつつ、電柱に近付いた。

 遺体から伝い落ちてきた血は湿り気はあまりなく、既に凝固している。


「血液は固まっていますから、多分磔にされたのは深夜でしょう」


 夜の商店街に人通りとは言え、犯人は相応の危険を貸してまで、遺体を高所に縛り付けている。

 当然魔導師の技を以てしても容易な事ではない。

 恵一が推理を構築しようとした直後、磯山の声が割り込んだ。


「そろそろ下ろしていいか? あのままにしとくのはなぁ」


「どうぞ、下ろしてください。この光景は、目に焼き付けましたから」


「よし分かった。下ろしていいぞ!!」


 磯山の指示で、遺体を下ろし終えると瞬く間に鑑識官が群がり、恵一もそれに混じって足の切断面を凝視した。

 傷口の断面は非常に鋭いため魔力刃による傷と考えられる。

 傷口には凝固した血液が多量にこびり付いているが、首元が切り裂かれている事から直接の死因は頸動脈切断による失血死のようだ。

 こちらの傷の付近にも凝固した血液がべったりと付いている。


「身体全体と切断面から魔力が検出されました」


 恵一が顔を上げると、一人の鑑識官が手を上げていた。

 彼の手には、手のひらサイズの残留魔力測定機がある。

 恵一は鑑識官の隣に移動して、手元の測定器を覗き込んだ。


「それでどうなんですか」


「サンプルを持ってきて照合しました。簡易検査ですが、先の二件と一致しました。より詳細な検査は検死の際に行いますが間違いないでしょう」


「同一犯って事か」


 恵一が振り返ると、磯山が背後に立っていた。

 思いがけず苦虫を噛み潰してしまったような、そんな表情をしている。


「あんたの推理だと血に思い入れがあるんだったな」


 捜査の初期に作られたプロファイリングが外れるのはそれほど珍しくない。

 情報を仕入れる度に修正して精度を上げていくものだ。

 プロファイリングは万能の超能力などではない。プロファイラーなら行動分析の有用性と同時にそれを心得ている。

 だがプロファイリングへの理解が薄ければそうはいかない。


 磯山は、恵一への懐疑心を強めている。

 これは磯山に非がある事ではない。

 むしろ彼はプロファイリングを好意的に見てくれていた。

 連続する事件と糸口を掴めない焦燥から、信頼が揺らいでいるのだろう。

 その気配を察したのか、現場から数歩離れていたフェイトが恵一と磯山の間に割って入る。


「足を切断して血を抜いたんじゃないですか?」


 フェイトのフォローは嬉しかったが、恵一は首を横に振る。


「いや。だとしたら電柱についている大量の血痕はないはずだ」


 今までの事件では血液は全て抜かれ、さらに遺体にも血痕は残っていなかった。

 だが今回は遺体に流血の痕が見られており、電信柱にも大量の血痕が付いている事から犯人は、被害者の血を抜き切らず足を切断した直後に、電信柱にワイヤーで縛った事になる。


「問題は、これを一人で出来るかでしょう」


 いくら魔導師でも一人で今回の演出をするのは容易でない。

 以前から恵一は、共犯者の可能性も視野に入れていた。

 今までの遺体の状態から見て、被害者を殺している主犯格が一人。

 そして主犯格の仲間は、光学魔法が使える事から軍隊経験のある人間で、その人物が遺体の処理を担当しているはずだ。

 恵一は現状持っている素材で、練り上がったプロファイリングを磯山に伝え始める。


「犯人は二人組か、それ以上」


「複数犯なのか?」


 恵一のプロファイリングに磯山は、素直な反応を見せる。

 どうやらまだある程度の信頼はしてくれるようだ。

 一先ずの安堵を覚えつつ恵一は、続けた。


「被害者を殺害したと言えるのは、支配者タイプの主犯格。そして彼に支配された人間が遺体の処理を行っている。遺体の遺棄には光学魔法が使われているから軍隊経験のある魔導師かもしれないな。となると魔導師が最低二人……かなり厄介だ」


「支配って洗脳でもされているのか?」


「そう言っていいでしょう。秩序型の犯人には、人を操る事に天才的な技能を発揮する者もいる。彼等もとても優れたプロファイラーなんです」


 磯山は、相槌を打ちながら頭を掻き毟った。


「そして部下が捕まってもトカゲのしっぽ切りか。賢いな」


「こういう犯人は、ある種のカリスマ性を持っているんです。取調べをする捜査官が犯人の魅力に取り込まれるというケースもありますから、今回の犯人もそれに近い物を持っているのかもしれない」


 恵一が過去の犯罪例を挙げると、磯山は深く溜息をついた。それから二人の間に沈黙が流れる中、口火を切ったのはフェイトだった。


「足は見つかっていますか?」


「付近を捜索したが見つからない。足が戦利品って事はないか」


 磯山の問いを受けて、恵一は顎に触れた。


「なんで戦利品が足に? 何の理由がある」


 恵一が思案する間に、鑑識官が磯山に声を掛けた。


「磯山さん」


「なんだ?」


「被害者の口内に免許証が」


「なんだと……舐めた真似しやがって。捕まえてみろってか!!」


 鑑識官は遺体の口を開いて血に塗れた免許証を取り出し、指で血を拭い取った。


「身元は分かりますか?」


「名前はリーア・カティス。三十五歳」


「血液型は?」


「免許証によれば……AB型です。詳細は検死に回した時に分かるでしょうが、公的な記録です。間違いはないでしょう」


 被害者の唯一の接点と思われていた物が失われた。

 血液型の一致は単なる偶然だったのか?

 この事実に一番の落胆を覚えたのは恵一自身であった。


「残留魔力は同じ。血液型は偶然だったのか……」


「とにかく色々と調べたい。運んでいいか?」


「何か分かれば知らせてください」


 磯山と別れた恵一とフェイトは、警察庁に戻る事にした。

 河内への報告も兼ねて、散らかってしまった頭の中を一旦整理したかったのだ。

 警察庁の正面入口前にある駐車場に車を止めて、恵一とフェイトは並んで入口まで歩いて行く。

 すると入口の前で警備の制服警官と年老いた女性が押し問答しているのが目に入った。

 その光景が気になって恵一は歩みを速めた。


「お願いします。娘も、娘も」


「いや、私には権限がなくて、担当者も今席を外しておりますので」


 困り顔の制服警官が恵一を見つけるや、助けを借りたいのだろう、懇願するような視線をぶつけて来た。

 恵一にとっても、写真と新聞の切り抜きを手にして必死に食らい下がる老女の姿が印象的だったので、老女の元に駆け付けた。


「どうしました?」


 恵一が声を掛けると、老女は制服警官から離れ、恵一の傍に寄って来た。

 老女の行動を警戒してか、制服警官も近付こうとする。恵一は、笑顔を浮かべながら掌で彼を制止した。


「あなた刑事さん?」


 切迫した語調の老女だが、普段は思慮深く慈愛に満ちた人柄なのだろうと確信させる耳心地の良い声をしている。

 恵一も出来得る限り穏やかな口調で、老女に声を掛けた。


「はい。魔法犯罪課の新巻警部補です。どうされました?」


「今起きている、あの連続殺人。血を抜かれて、男の人と女の子が殺されている。あの事件の担当刑事の人に会いたいんです」


 この老女は、恵一に会いたくて、警察庁まで出向いてきたという事になる。

 実際に事件を担当しているのはミラード市警なのだが、テレビでは警察庁と魔法犯罪科の介入が大きく取沙汰されている。

 ここに来たのもそれが原因だろう。


「私がその事件を担当している刑事の一人です」


「まぁあなたが?」


「それでどのようなご用件で?」


「娘の事件を再捜査してほしいんです、この子、ほら」


 老女は、手に持っていた写真と新聞の切り抜きを恵一に手渡した。

 写真には三十代に見える女性と、雰囲気が若干異なる物の老女と思しき女性が並んで写っており、二人は笑顔を浮かべている。

 新聞の切り抜きの方は、殺人事件に関する記事で、そこには女性の顔写真が載っていた。


「十年前の事件。被害者はエミラ・クルト、三十四歳。死因は、頸動脈からの失血死」


「手口が同じでしょう。今起きている殺人事件と同じ」


 記事には森林の奥からエミラ・クルトと言う女性の遺体が発見されたと記載されている。

 エミラ・クルトの死因は、頸動脈を切断された事による失血死。

 さらに恵一の目を引いたのは、彼女が死後腕を切断されたらしく、遺体には両腕がなかったという記述だ。


「まだ未解決なんです。他にも同時期に起きた未解決事件を私調べたの」


「こんなに」


 恵一が老女から渡された新聞の切り抜きは実に十数枚に上った。

 事件が起きたのは全て違う土地でリアスサン全国に亘っている。

 いずれの事件も十年前から三年前までの範囲で起こっており、全ての事件の被害者は三十代の女性で、遺体の一部が切断されて紛失していた。


「全部未解決なの。私、遺族の方達に会いに行ったわ。みんな未だに苦しんでいる」


 恵一が記事を読んでいると、後ろから眺めていたフェイトが声を上げた。


「まるで人体収集してるみたい」


 フェイトの発言に恵一は、思いがけず振り返った。

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