第12話「真実への糸口」

 突然の行動に恵一を驚き見るフェイトだったが、そんな事はお構いなしに、恵一は笑みを浮かべた。


「そうか。そうなんだ。そういう事か」


 一人で盛り上がる恵一を尻目に、フェイトは呆気に取られている。

 老女もおずおずと声を掛けて来た。


「あの……お願いします。再捜査を」


「分かりました。再捜査します」


 恵一が告げると老女は、晴天みたいな笑顔を見せた。


「本当ですか!?」


「ええ。それにあなたのお陰で点が線で繋がりました」


 恵一の感謝の意図を理解出来ないのか、老女は首を傾げた。

 恵一は、子供の様に生き生きとした笑顔でフェイトを手招きする。


「行こうリーンベイル巡査。クルトさんありがとうございます。君、彼女を誰かに送らせて」


「は、はぁ」


 警官は戸惑いの声を上げたが、恵一からして見れば、それに見合う働きをあの老女はしてくれたのだ。

 自宅まで送るぐらいやらなければ申し訳が立たない。

 そして魔法犯罪課のオフィスに戻る否や、恵一は歓喜に震えながら言った。


「巡査やっと分かったよ!」


「何が、ですか?」


 困惑の色を強めるフェイトに恵一は焦れたような声を出す。


「君が言ったじゃないか!」


「私、何を言いました?」


 フェイトは、泣きそうな顔をしている。

 どうやら恵一の怒りを買ったと思い込んでいるらしい。

 実際には事件の糸口を教えてくれた事に感謝しているのだが、彼女がそれを知る由もない。


「さっき言ったろ。あのお婆さんに。記事を見て」


「人体収集?」


 ようやく正解に辿り着いたフェイトの鼻先に、恵一は人差し指を突き付けた。


「正解!! この新聞記事。取られたパーツは、眼と耳と唇とか、それに手だ。今回の事件は血液と両足」


 フェイトも合点が行ったのか、手を叩いた。


「そっか、犯人は!」


「そう、犯人の狙いは、人間一人分のパーツを集める事」


 恵一は、自分のデスクに新聞の切り抜きを置き、今捜査している殺人事件の資料を広げた。


「被害者はトーマス・キンバリーを除いて全て女性だ。そして女性達の年齢も血液を取られたユーリ・ランド以外は、三十代で統一されている。それと被害者は全員容姿が似ている。みんなスマートな美人だ。犯人にとって理想のパーツを持つ女性が被害者になっている」


「でも男性の被害者は?」


「彼が盗られたのは血液だ。容姿には関係ない。だけど何らかの問題が生じて血液がダメになったのか、血が足りなかったのもしれない。そして同じ血液型の女性を殺した」


「じゃあもしかして犯人は」


「君の想像通りだ」


 フェイトは、資料を見つめながら、犯人への強い嫌悪感を滲ませた。


「自分が完璧と思う人間を作るまで殺人をやめない……という事ですね」


「足りないパーツは、これを見るに腎臓、肝臓、脾臓以外の臓器。頭部さえ、眼や耳なんか細かく分けてパーツを取っているから、それ以外にもたくさんある。まだ全然揃ってないよ」


「何人が犠牲になるか見当も付きませんよ?」


 この犯人は、基本的に一人から一つのパーツしか盗まないらしい。

 自分の理想通りのパーツを吟味している証拠だ。

 一刻も早く逮捕しなければ、確実に犠牲者数は警察庁創立以来、最大のレベルに膨れ上がるだろう。


「類似の事件を探そう。死因は頸動脈切断による失血死。遺体の部位が欠損していた事件だ」


「はい」


 恵一とフェイトは、その足で資料室へ向かい、アリナに類似した事件記録の検索を頼んだ。

 ところが彼女から返って来たのは信じがたい答えだった。


「――ないね」


 アリナは、両手を上げて溜息をつく。

 予想だにしない現実を受け入れられずに、恵一が受付カウンターを激しく叩いた。


「そんな馬鹿な事が!! 紙の資料がないまではまだ分かるけど、デジタルデータまでないわけが!」


 恵一は、思わず声を荒げてしまった。

 今までアリナにこんな態度を取った事はない。

 アリナも今まで経験した事のない恵一の怒号に驚いたのか、俯いてしまった。


「ない物は……ないもん」


 見兼ねたフェイトがアリナの肩をそっと撫でる。

 熱気が冷めて来た恵一は、友人に八つ当たりをした自分が恥ずかしくなり、アリナから視線を逸らした。


「ごめん。怒鳴って」


「ううん。びっくりしただけ」


 アリナが眼鏡を直しながら笑顔を浮かべると、恵一は無言で頷き、ワックスの効いたフローリングの床に腰を落とした。


「類似した事件が無いのはともかく、どうしてこの記事の事件まで資料が無いんだ」


 類似した事件記録がない以上に問題なのは、エミナ・クルト始め、他の被害者達の事件資料が存在していない事だった。

 警察庁が扱った全事件が保管されているのが資料室。

 十年前から起きている事件なら、確実に捜査資料が存在しているはずだ。

 だが捜査資料の一切が存在していない。

 アリナは、眉間にしわを寄せながら眼鏡を外すと、つるを咥えた。


「分からない。今まで起きた全ての事件記録が登録されているはずだけど。昔の事件だと穴抜けもあるし。稀だけど事件記録が無くなる場合もある」


「でもアリナ」


「稀、だね」


 事件記録がひとりでに歩いて無くなるという事はあり得ない。

 考え得る可能性はただ一つ。


「誰かが意図的に資料を持ち出した」


 恵一が言うと同時に、恵一とフェイトの視線がアリナに注がれた。


「私!? 私じゃないって。なんで私がそげん事するの」


「金に目が眩んで?」


 冗談めいた口調で恵一が疑惑の眼差しを向けると、アリナは顔の前で激しく手を左右に振った。


「しないって!! 資料室に入れるの私だけじゃないし、それにデジタルデータの改ざんなんて、私パソコン苦手だもん」


「分かってるよアリナ。冗談だよ」


「まったくもう。まぁ……恵一の言う通り、金に目が眩んだ人が居たのかもしれないけどね」


 アリナの言うように、資料室に入れるのは彼女だけではない。

 多くの捜査官が出入りしている為、庁内どころか警察関係者全員が容疑者となり得る。

 さらに犯人からの賄賂によって資料を持ち出した警察官が居ないとも限らない。


「警察官を買収出来る財力か、権力の持ち主か、あるいは――」


 恵一がさらなる可能性の提示をしようとした時、フェイトがはつらつとした声で割り込んで来た。


「わかりました先輩。犯人は貧乏な警官をお金で釣るお金持ちですね」


 的を外していない物の、どこかピントのずれたフェイトの推理に、資料室の空気が若干和んだ。

 けれどもフェイトは、場の雰囲気に耐え兼ねたのか、顔を真っ赤に染めて俯いた。


「ないですね。すいません」


「いやいや、僕の予想は、犯人には警察内部にも協力者が居るかもしれないって事」


 恵一も疑いたくはなかったが、この状況を見るに内部犯の可能性が濃厚だった。

 警察庁や資料室には大量の防犯カメラが設置されている。

 警察内部に入り込んで大量の資料を持ち出すというのは、現職の警察官以外では不可能に近い行為だ。


「内部って、先輩!?」


 フェイトは、恵一の提示した可能性に同意しかねている様子である。

 その予想は本当なのか?

 確かめるようなフェイトの視線に恵一は頷いた。


「こうなってくると警察内部に、犯人の協力者が居ると考えていいかもしれない」


 もしそうなら事態は深刻だ。

 犯人側にこちらの捜査状況が筒抜けになっている可能性も考慮しなければならない。

 だがこれは同時に事態を好転させる鍵にもなり得た。

 内部犯を特定して事情を聴き出せれば、主犯格に近付くチャンスになる。


「警察に協力者がいるとして、主犯格との関係は友人か家族……」


 恵一が推理を述べながらフェイトとアリナに尋ねるような視線を交互に向けると、フェイトが上着の左ポケットから愛用の手帳を取り出した。


「二人の家族構成は調べましたが、警察官は居ないです。とすると友人か恋人でしょうけど、交友関係を洗った時にも、何も出ませんでした」


 犯人と内部犯には一切の繋がりが認められない。

 相手がそこまで甘くない事は重々承知していたが、恵一は頭を掻きながら溜息をついた。


「どうにか糸口を掴めないかな」


 打開策を考えようとした矢先、恵一の携帯電話の着信音が響いた。

 恵一は、コートの右ポケットから携帯電話を取り出して、耳に当てる。


「もしもし。磯山さん。え――」


 電話口の磯山から告げられた内容に恵一の意識は凍り付いた。


「どうかしました?」


 フェイトが恵一の急変した態度を心配したのか、声を掛けて来る。

 恵一は携帯電話を切ってフェイトに向き直った。


「さっきの遺体から指紋が出て、ウォーマン医師と一致した」

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